キタカゼさんへのお願いごと
「それで、結局俺は何を求められているんでしょうか? 戦力ではなく、スキルの力が必要なんですよね? もしかしてですけど、どんでもない強敵がいて、そいつに有効なのがこのスキルだけとか?」
とりあえず、一番考えたくない可能性を潰しておこう。
『あら……イソネ殿は、なかなかどうして切れ者なんですね』
え゛……当たっちゃったんですか!? マジか……なんか皆さんがにやにやしているのが怖いんですけど!?
「あの……詳しくお聞きしても?」
『ごめんなさい。私たちも詳しくは聞かされていないのです。詳細は主が直接説明するそうなので、楽しみにお待ちくださいね』
周囲が明るくなったかと錯覚するほどの笑顔の花を咲かせるキタカゼさん。いや、無理です、全然楽しみじゃないです。キタカゼさんは眺めてるだけで癒されますけどね。
「それで、その主さまとはいつお会いできるんでしょうか?」
『わかりません。とてもお忙しいお方ですので、そのうち時間が取れたら……ですね。事前に連絡が入ると思いますのでご安心を』
いやだから安心出来ませんって!? 怖いので決して口には出せないが、内心ツッコミを入れて心の平穏を保つ。出来ることならば会いたくなどないが、どうやら、その選択肢は無さそうだ。
「そうですか。では、現時点で俺に出来ることはなさそうですね……」
向こうからの連絡待ちなら、出来ることはない。別にこのままずっと連絡が来なくてもいいんですよ?
『そんなことはありません。イソネ殿にも出来ることはありますよ』
「……なんでしょう?」
『絶対に死なないでください』
再び笑顔の花を咲かすキタカゼさん。そんなの言われなくても頑張りますよ? でも彼女の目は超真剣で、とてもそんな軽口をたたける雰囲気ではない。可愛いから見惚れちゃうけどね!!
「わかりました、死なないように全力で頑張ります!!」
こうなれば、俺にできることは、せめて力強く宣言することぐらいしかない。
『ふふっ、その意気です。大丈夫、私たちが絶対に死なせませんから。ですが、もし万一のことがあれば……その時はこの世界を終わらせてお詫びをしなければ……』
ヤバいよ、キタカゼさんってば、本気で言っているよ。比喩や例えとかじゃなくて、本気でやりそうだから怖いよ!? 死ねない、絶対に死ねなくなったよ、これ。
『とはいえ、一方的に協力をお願いするのですから、困ったことや、希望があれば、遠慮なく仰ってください。主からも、なるべく協力するように言われておりますので』
うーん、大変ありがたい申し出なんだけど、すでに助けてもらっているからな……集落を守ってくれたし、カスミの目も治してくれたし……あれ……ひょっとしなくても、すでに十分すぎるじゃん! 無条件で協力しなければ恩知らずじゃん俺。
それでも、一つだけどうしてもお願いしなければならないことがある。ていうかもともとお願いしようと思っていたことだ。
「あの……実は仲間の大切な人が生死不明で、行方知れずなんですが、そういうのも……」
『人探しですね。もちろん協力しますよ。出来るだけ詳しいエピソードも含めて教えてください』
クルミの育ての親であるウルナさんの行方に関する情報は全くと言って手掛かりがなく、正直手詰まりになっていた。高ランク冒険者のキタカゼさんたちなら、より詳しい情報をギルドから入手出来るだろうし、少しでも可能性を広げたいと思っていたのだ。
『なるほど……狼獣人のウルナという女性を探せばよいのですね。わかりました、残念ながらすでに亡くなられている場合はどうしようもありませんが、生きているなら必ず見つけ出してみせましょう。後でクルミちゃんの話も聞きたいので、少しの間彼女をお借りしても?』
キタカゼさんがとても頼もしい。相談して本当によかった。
「本人は、喜んで協力すると思いますよ。でもすごい自信ですね。必ず見つけるなんて……」
『ふふっ、生きて生活しているなら、必ずどこかで網にかかります。各種ギルド、神殿など、まあ山奥で隠れ住んでいるとかならちょっと大変かもしれませんが……そもそも、イソネ殿、貴方をどうやって見つけ出したと思います? ふふふ、まあこれは秘密ですけど』
そうだよな。よく考えたら、まったく残っているはずのない俺の痕跡をどうやって追ってきたのか。チェンジスキルの事をどうやって知り得たのか。
深く考えたことはなかったけど、あらためてぞっとする。ある意味、本当に味方で良かったと思う。少なくとも今の時点では敵じゃない……はず、だよね?
『おう、イソネ、せっかくなんだから、もっと他にねえのかよ? 男なんだから、あるだろう?』
『シュヴァイン、イソネ殿は貴方のような俗物とは違うのです。ですが、エッチなお願いでなくて本当に良かったですけれど』
し、しまった。そういう手もあったのか? キタカゼさんにエッチなお願い……ごくり。後悔先に立たず、今更言い出すことなど出来るはずもなく。
『でもさ、イソネくん、遅くまで緊急会議してたよね? 何かあったんじゃないの?』
シュタルクさんの言う通り、グリモワール帝国の件は話しておいたほうがいいかもしれない。
とりあえず、今わかっていることだけでも、情報共有してもらうため、全てを話す。
『はん、要するにそのグリモワール帝国とかいう奴らが、裏で悪さしているんだな? 安心しろ、このハルクさまが潰してきてやるからな! ククク、とうとうこの眼帯を外す時が来たか……』
ハルクさんが、赤いボサボサの髪をかき上げ、眼帯に手をかける。まさか封印された力を開放するというのだろうか?
『ハルク、私たちの仕事はイソネ殿が死なないように守ることです。勝手な行動はしないように』
キタカゼさんが冷静に釘を刺す。
『ふん……わかっている』
眼帯から手を離し、再び席に着くハルクさん。どうやら、ハルクさんもキタカゼさんが怖いらしい。わかります。
『ねえ、イソネさん、これからどこへ向かうの?』
小動物みたいなハルトさんが目をキラキラさせながら顔を近づけてくる。くっ、近い、本当に可愛いな、この人。口の周りにクッキーの食べかすがついているけど、取ってあげたほうがいいのか悩む。
「えっと、予定ではポルトハーフェンに向かって、そこから船で王都を目指す予定です」
『へえ……面白そうだね。リーダー、ボクたちも一緒に行くんでしょ?』
『……そうですね。イソネ殿の迷惑にならないように、離れた場所から監視させていただきますが』
……監視されている時点で迷惑……いや、とても安心だなあ。ははは。
いろいろあったけど、ようやく旅が再開できそうだ。




