朝のまどろみの中で
集落に朝がやってくる。
こんなに朝日が恋しかったものか。こんなに安心するものだったのか。
昨晩、集落の住人、騎士団、冒険者や商人たち。おそらく全員がもう二度と朝を迎えられないと覚悟した。だからこそ染み渡るような喜びと感謝の気持ちが、自然と湧き上がってくるのだろう。
朝食の準備ために薪がくべられて、温かいスープの香りが漂い始めると、その匂いに誘われて、みな続々と起き始める。
イソネたちは、昨晩の激戦に加え、朝方近くまで、グリモワール帝国についての話し合いをしていたため、いまだ深い眠りの底にあった。
(むう……なぜ誇り高きエンシェントウルフであるこの我が、こんな目に遭わねばならんのだ……)
ヴォルフの視線の先には、すやすや眠るカスミとイソネたちの姿がある。巨大なモフモフである彼は、皆のベッドとして、余すところなく利用されているのだ。季節は春とはいえ、朝晩はそれなりに冷えこむ。温かいヴォルフの体は、まさに天然の高級モフモフベッドであったのだ。
(……だが、悪くない気分ではある。群れをもたぬ我にとっては、久しぶりの感覚だ……)
本来は群れを作るエンシェントウルフの彼にとって、この状況は懐かしい安らぎを感じるものだったのだろう。
短く欠伸をすると、彼もまた、微睡みに落ちてゆくのであった。
(うわあ……なんかすごいことになってる)
いち早く目覚めたのは、カスミ。イソネたちとは違い、それほど戦ったという訳でもなく、目が見えるようになったという興奮もあって、あまり眠れるような気分ではなかったのだ。その瞳に映る眩しいほどの朝日と長閑な朝の風景は、とても新鮮であると同時に、幼いころを思い起こさせる懐かしさもまた含んでいた。
けれども、彼女の目を真っ先に釘付けにしたのは、自身を助けてくれた英雄のあまりの状況、いや惨状であった。
(まったく……モテすぎるっていうのも考え物ね……)
タイプの違う美女たちに囲まれ……いや抱きつかれて身動きできなくなっている、まさにハーレムと言って良い状況。ぷくっと頬を膨らませて、そんな彼をしばし見つめるカスミ。思い立ったように、イソネのところへ移動すると、起こさないようにそっと抱き着いている女性たちを引きはがしてゆく。
(勘違いしないでね、寝苦しそうだから助けてあげただけよ?)
誰も何も言っていないのだが、言い訳をしながらイソネの隣に潜り込む。しばし寝顔を見ていたカスミだが、イソネが寒そうに体を動かすと顔を赤くしながら思い切って抱き着いてしまう。
(仕方ないじゃない。わたしのせいで風邪を引いたら大変だもの……でも、ふふっ、安心する匂い……)
せっかく目覚めたカスミだが、イソネの匂いと温もりに安心したのだろう。再び夢の中へと戻っていった。
(うーん、なんか寒いわね)
リズは若干の寒さを感じて目が覚める。どうやら寝相の悪いレオナに押し出されてしまったようだ。苦笑いを浮かべつつ、イソネの隣に戻って、彼の寝顔をのぞき込む。
(ふふっ、身体が変わっても、寝顔は変わらないのね。変なの)
くすくす笑いながら、イソネに抱き着き、その温もりと彼女が大好きな匂いを堪能する。
(あのね……大好きよ。お願いだから無理はしないように。だって貴方はパパになるんだから……)
そっとお腹をさするリズ。当たり前だが、まだ何の変化も実感もない。そっとイソネと唇を重ねる。
(でもね。もうしばらくは黙っておこうかな。だって彼にはまだ母親としてではなくて、一人の女性として見て欲しいからね)
すっかり温まったリズの瞼が重くなる。再び夢の世界の住人となるにはさほど時間を必要としなかった。
(……ウルナ……ウルナ、待って、行かないで!!)
ここしばらく見ていなかった悲しい夢を見て目が覚めるクルミ。生き別れになったまま消息不明の大切な女性を想う。
(きっと、ヴォルフとカスミの匂いがウルナとちょっとだけ似ていたから……それでかな……)
もちろんウルナの事を忘れたことなど一度もない。だけどイソネとリズに出会い、路傍の花のみんなと行動するようになってから、悲しい夢に苦しめられることは無くなっていた。最近では、ティターニアが加わり、昨晩からはカスミとヴォルフも仲間となった。
(ふふっ、イソネのおかげで私はちっともさみしくないよ。ありがとう)
クルミは大好きなイソネの顔をぺろぺろ舐める。狼獣人にとって、最高の愛情表現なのだが、普段は恥ずかしくて絶対に出来ないのだ。クルミはひとしきり舐め終わると、イソネの身体の上で丸くなる。左右がカスミとリズで埋まっているので仕方がないし、とても軽いから大丈夫なのだ。
(ねえウルナ。私はとっても幸せにしているの。ここに貴女がいたらっていつも思っているんだよ)
ウルナのことはイソネたちも気にしてくれている。町へ行けば必ず情報を集めてくれているし、あの凄腕のキタカゼさんたちにも相談してくれるって言ってた。だから待っていてね……ウルナ。
目に涙を溜めながらクルミは眠る。今度はきっといい夢をみているはずだ。だってクルミの寝顔はとても安らかで幸せそうだったから。




