激戦のあとで
「うわーん! 良かったああああ! 無事でよかったああああ……」
「……心配した。良かった。ううう……うわーん」
青髪の美少女リズと銀髪のもふもふ天使クルミが泣きながら抱き着くのは、残念ながら俺ではなく、ティターニアさんだ。
「ああ、さすがの私も今度ばかりは死を覚悟したがな。はははっ」
「まったく無茶するんですから……えいっ!」
「いだだだだ!? や、止めろリズ、悪かった、もう無茶はしないと約束するから!?」
「……本当ですか? 次はもっと恥ずかしいことしますからね?」
「……なんか怖いんだが!?」
戦慄するティターニアさんとジト目でにらむリズ。それをハラハラしながら見ているクルミ。
(ああ、良かった。またこの場所へ戻って来れたんだな……)
「なんだ? ずいぶんと淋しそうな面しやがって? ほれ、俺が慰めてやるぞ」
後ろからレオナさんが腕を回して抱きしめてくれる。うはっ、疲れ切った心と身体に彼女の体温と柔らかい感触が染み渡る。たぶん今の俺、結構情けない顔してる自覚がある。
「イソネさん! 良かった、お帰りなさい」
ミザリーさんが正面から抱き着いてくる。なんか別人のように積極的になったような……ようやく彼女にとって内側の人間になれたのかな? だとしたら嬉しい。
「イソネ、また強くなったようだな? 頼もしい限りだ」
ベアトリスさんが、頭をガシガシ撫でまわす。ちょっと痛いけど気持ちいい。どうでもいいけど、肩に腕を回されると、体が密着していろいろと感触が……
前後に加えて、サイドからの攻撃も追加されてノックダウン寸前だ。
「あら、ちょっと出遅れたわ。うんうん、私好みのいい男になって戻ってきたわね。ご褒美よ」
ミラさんは、スキあり! とばかりに、キスをして、ティターニアさんを治療するために離れていった。
「あ、こら! なにやってるんだミラ! まったく……お、お帰りなさい、イソネ殿」
マイナさんもやってきたが、レオナさんに後ろから抱きしめられ、前からはミザリーさん。そしてベアトリスさんに肩を抱かれて頭を撫でられている状態では、入る隙間が無いのだろう。微妙な表情で固まってしまった。
でも、思い直したように俺の手を取って、両手できゅっと握ってくれた。なんか掌から想いが伝わってくるようで、こそばゆくて温かい。
「ふーん……イソネさんの大切なひとたちって……ふーん……」
「ち、違っ!? いや違わないけど、違うんだ、待ってくれカスミ!」
ちょっと不機嫌そうに立ち去ろうとするカスミを必死に呼び止める。
「ふーん、イソネ、また女の子増やしたんだって? ふーん……」
「ひぃっ!? り、リズ、い、いや、彼女は別にそんなんじゃ……あっ!?」
本格的にご機嫌斜めになって走り去るカスミ。
「イソネ、女の子いじめたら駄目だよ?」
「あ、あああ……クルミ、違うんだ、いじめてなんか……」
「くくく、大変そうだな、イソネ、っていだあああああ!?」
ミラさんに治癒魔法で治療を受けながら、ティターニアさんが面白そうに笑う。
つられて他のみんなも笑いだす。良かった。誰一人欠けることなく朝を迎えられることが、たまらなく嬉しくて、ありがたいよ。
当たり前だと思っていたことが、当たり前なんかじゃないってことが、今回はっきりとわかったんだ。これからは、もっと素直になってみようかな。
だって伝える機会を永遠に失って後悔するより、きっと何倍もマシなことだと思うからね。
『へえ……あの、イソネっていうやつも、なかなかやるじゃねえか。まるで主みたいだな』
遠目で様子を眺めていたシュヴァインが感心したようにつぶやく。
『シュヴァイン……死にたいようですね? この世界に王さまに近しいものなど存在しません。比較するなど万死に値しますよ? ですが、今夜は気分が良いので、聞かなかったことにしましょう。以後気をつけなさい』
殺されると覚悟していたシュヴァインだったが、意外にも許されてしまい拍子抜けする。
『な、なあ、シュタルク、どうなってやがる?』
『ああ、さっきキタカゼさん主に呼ばれて行ったみたいだから、そのせいじゃないかな? 別人みたいにご機嫌になって帰ってきたし』
『……さすが主、半端ない』
珍しくニコニコしながら頬杖をつき、時折にやにや思い出し笑いしているキタカゼ。
『氷の翼』のメンバーたちは、顔を見合わせて苦笑いする他なかった。
***
「な、なんだと!? それでは、今回の侵攻は、帝国が裏で糸を引いているってことなのか?」
騎士団のフランツ隊長が、あまりの事態に顔色を変える。
もう真夜中を過ぎていて、疲れているし、本当は早く寝た方がいいんだけど、最低限の情報の共有は必要と考えて、主だったメンバーで緊急のミーティングをしている。
共有すべき情報の内容は、主に俺がチェンジスキルによって敵の指揮官であるツヴァイの記憶から得たものだ。
「はい、グリモワール帝国は、このコーナン王国だけでなく、大陸の支配を本気で計画しているようです」
グリモワール帝国は、コーナン王国のはるか東にある異民族国家のひとつだったが、30年ほど前、現在の皇帝が王座に就いてから、一気に国土を拡大し、周辺国家を吸収しながら巨大な帝国へと変貌していった新興の大国だ。
謎多き国家であり、圧倒的な武力を背景に拡大路線を隠そうともしていなかったのは事実だが、まさかそこまでの野望をもっていたなど、この場にいる誰も想像だにしていなかった。
「しかし、イソネ、グリモワールと我が国とは、国境も接していないのだぞ?」
ティターニアさんの疑問ももっともだ。グリモワールとコーナン王国の間には、少なくとも2か国、カルムとリベルテが存在する。いや、正確には、していた。
「……すでにリベルテは落ちました。次の標的はカルム。このままでは落とされるのも時間の問題でしょう……」
その場にいた全員が言葉を失う。俺だって信じられない、いや信じたくないが、事実だ。
だが、隠しても何の解決にもならない。せめていち早く情報を共有して、対策を準備をしなければ、この国もいずれ呑み込まれてしまう。いや、現在進行形で侵攻作戦は進められているのだから。




