真夜中のフライト
『氷の翼』の皆さんと一緒に集落へ入ってゆく。
あたり一帯激戦のあとが生々しく残っていて、早くみんなの無事を確認すべく、自然と足早になってしまう。
「フランツさん、ライオットさん!」
遠目に知り合いの姿を見つけて、思わず叫んでしまう。
「えっと……どちら様?」
あ……そういえば姿変わっていたんだったね。
「すいません、イソネです。ご無事でなによりです」
「おおっ、イソネ殿か! 良かった。こうして生きて再会できるとは正直思わなかったよ」
苦笑いのフランツ隊長。見れば全身傷だらけで、装備もボロボロ。愛剣も折れてしまったそうだ。
「リズさんたちなら、避難用シェルターにいますよ。大丈夫、全員無事です」
隊長以上にボロボロのライオットさんが笑顔で教えてくれる。とりあえず一安心だ。
「それで、ティターニアさんはどこです?」
「!? そ、それが……」
二人の表情が曇る。え? ちょっと冗談きついよ、そんな表情しないで下さいよ。
「……行方不明なんです。森の中に入っていったのは確認していたんですが、未だに戻って来ていなくて……」
良かった。いや良くはないけど、最悪の結果よりは良かった。きっと怪我をして動けないんだよ。そうに違いない。
「分かりました。俺、ちょっと探してきますね」
「あ、ああ、頼むよ。彼女がいなければ、間違いなく俺たちは全滅していただろうから」
ええ、分かりますよ。あの人はそういう人だから。
見ていなくてもわかる。きっと誰も死なせないように全力で戦ったんですよね?
(早く……早く迎えに行ってあげないとな……)
「……イソネさん……」
「ごめんねカスミ。俺ちょっと森へ行ってくるから、キタカゼさんたちと待っててくれないかな」
「……わかった」
『……イソネさん、森の中にはもうオークはいませんから、安心していってらっしゃい』
「キタカゼさん……カスミのことよろしくお願いします」
『はい、任されました』
『乗れ、エルフの匂いを探せばいいのだろう?』
「ヴォルフ……ありがとう」
『……気にするな。勇敢な戦士を早く見つけてやらないとな』
ヴォルフに跨り、真夜中の森を駆け抜ける。
『……このあたりで戦闘になったようだな。エルフとオークの匂いが強く残っている』
「ありがとう、探してみよう」
付近の木々は無残に折れて、戦闘の激しさを物語っている。
切り刻まれた無数のオークの死体。おそらくティターニアさんの風魔法でやられたのだろう。
「!? ティターニアさん!?」
全身に切り傷を受けて絶命しているハイオークを発見した。くそっ、まだいたのかよ。そして、それを一人で倒したのであろう、ティターニアさんの恐るべき実力に驚いてしまう。
「ん? これは……魔力回復ポーション?」
足元に転がっているポーションの空き瓶。この付近にいるはずだ。胸がざわつくのを抑えながら周囲を探す。
「……ウソだろ……!? なんでハイオークがここにもいるんだよ……」
並ぶように死んでいるハイオークが2体。目立った外傷が無いことから、倒したのはおそらくティターニアさんじゃない……
ハイオークの死体の前には、折れたレイピアと彼女が着ていた服の一部が残っていた。
「……ティターニアさん? どこにいるんですか? 迎えにきましたよ?」
俺の声は虚しく夜の森に吸い込まれてゆく。
『……エルフのキスはお守りになるんだ。だから……必ず帰ってこい』
唇にそっと手を触れる。もうあの時の体ではないけれど、ちゃんと残っているんですよ? 約束通り帰ってきたんですから……だから……返事をして下さいよ。ねえ、ティターニアさん。
返事は無く、あるのは目の前に転がるハイオークの死体だけ。こみ上げる衝動が抑えきれない。やりきれない想いが爆発する。
「…………んだな、お前らが! 喰ったのか!? なあ、おい! ふざんけんな! 黙って死んでんじゃねえよ!!!!」
ハイオークの死体を切り裂き、引きちぎる。全身が血まみれになるが構わない。
『……イソネ、もういい』
「うるさい! 下がってろ!」
ヴォルフの言葉にも耳を貸さずにひたすらハイオークを解体する。
「はぁ……はぁ……なんで、なんでいないんだよ……なんでだよ」
2体のハイオークの胃袋の中にティターニアさんはいなかった。ほっとした思いと同時に、もう見つけられないのではという不安が襲ってくる。
『イソネ、エルフならいたぞ』
「……なんだって? なんで早く言わないんだよ!」
『言おうと思ったのだが、黙らされたからな』
「……悪かった」
『……こっちだ、ついてこい』
ヴォルフに案内された場所には、大きな大きな木が生えていて、その根元には血まみれのティターニアさんが倒れていた。
『……エルフは、自らが死にゆくとき、なるべく大きな木の下へ向かうらしい。森の加護が受けられるように、生まれ変わってもまたエルフになれますようにとな……』
彼女の全身は酷い状態で、きっとここまで這って辿り着き、ここで力尽きたのだろう。
でもさ、なんで顔だけはそんなに綺麗なままなんだよ……まるで生きてるみたいじゃないか。
「ティターニアさん……ティターニアさん……」
言葉が出てこないよ。なんて声をかければいいんだよ。
嗚咽と涙しか出てこない。ごめんなさい。間に合わなくて……ごめんなさい。
「……涙がかかって顔がべちゃべちゃなんだが?」
「あ、ごめんなさい……今拭きますってええぇっ!?」
「どうした? そんな驚いた顔をして? おっ、今度は吸血鬼か? 本当に忙しい奴だな、イソネは」
面白そうに笑うティターニアさん。
「……ヴォルフ?」
『ん? なんだ? 我は一般論を話しただけで、死んでいるなんて言っていないぞ?』
「うわあああああ!? 紛らわしいこと言わないでよ! ヴォルフの馬鹿野郎おおお!』
『なっ!? 勝手に勘違いしたのはお前だろうが! ふん、まあいい、カスミが心配だから、我は先に帰るぞ』
そういって、ヴォルフは夜の森へ消えていった。
「なあ、イソネ」
「はい、なんですかティターニアさん」
「お前がここに来たということは、戦いは終わったんだな?」
「はい、終わりました。奇跡的に死者も出ていません。みんな無事ですよ」
「……そうか……そうか」
静かに目を閉じた彼女の目から涙が零れ落ちる。きっと張りつめていたものが切れたのだろう。
「立てそうですか?」
「いや……無理だな。魔力も切れて、両足も折れてる。すまないが、お姫様抱っこで頼む」
「はい、わかりました。痛むとは思いますけど、少し我慢してくださいね」
なるべく痛まないようにそっと体の下に両手を差し入れる。
「……イソネ、手つきがやらしい……」
「うえっ!? す、すいません!?」
「ふふっ、冗談だ。気にするな」
「ええ!? 気にしますよ! 意外と元気みたいで安心しましたけど」
「……ありがとう」
「……え?」
「帰ってきてくれてありがとう、イソネ」
「ティターニアさん……はい、しぶとく帰ってきました!」
「ふふっ、なあ、もっとよく顔を見せてくれないか?」
「え? 顔ですか? はい、これで見えます?」
「暗くて見えないな、もっと近づいてくれ」
「ええ……これ以上近づいたら……」
「構わない……ん……」
どちらともなく唇を重ね合わせる。
「イソネ、このキスは、私が幸せになるためのおまじないだ」
「だったらもう1回しときましょうか。もっと幸せになってもらいたいですからね」
「…………意外と欲張りなんだな、お前は」
再び重ねた唇は、先ほどより少しだけ甘く、時間も長めだったような気がしないでもない。
「……さあ、帰ろうかイソネ」
「はい、ティターニアさん」
(飛翔!)
背中からコウモリのような翼が生えて、空へと飛びあがる。
「……なんかどんどん人外化がすすんでいるな、イソネ?」
「……まあ、今更ですよ?」
「ふふっ、そうだったな」
森の中では気付かなかったけれど、今夜はきれいな満月だったんだな。
優しい月明かりに照らされた真夜中のフライト。
二人にとって大切な仲間たちが待つ集落を目指して、イソネは飛び続けるのであった。




