ティターニアの覚悟
大量の血を吐いて崩れ落ちるツヴァイ。
「何を企んでいたのか知らないけど、これで終わりだ」
『ぐふっ……く、ククク、終わりだと? 馬鹿め……もう……この国は終わりだよ……ゴボッ!?』
不吉な言葉を残して事切れたツヴァイ。一体どういう意味だ?
俺は慌ててツヴァイの記憶を確認する。
「……そんな……嘘だろ……」
終わりだと思っていた。オークを操っていた黒幕を倒せばこの戦いは終わるのだと信じていた。
だけど、遅かったんだ。一度出された命令は、完遂するまで自動的に継続される。
戻らなきゃ……戻って新たな命令を上書きするしかない。今の俺ならそれができるから。
「待って、お願い私も連れて行って」
カスミが精一杯の大声で懇願してくる。
「君は……わかったよカスミ、俺はイソネ、一緒に行こう」
「ありがとう……後ろに乗って。行くわよヴォルフ!」
『ウォーン!!』
嬉しそうに吠えると、ヴォルフが俺たちを乗せて立ち上がる。
『ヴォルフ、あの方向へ行ってくれ!』
『!? わかった……振り落とされないようにしっかり掴まっていろよ』
普通に狼語を話す俺に驚きながらも、疾走し始めるヴォルフ。
「す、すごい……」
ヴォルフはすべての狼の祖エンシェントウルフの血を受け継ぐ由緒正しき魔物。その力によって、草が枝が木が、懸命に場所を空けてゆくのがわかる。まるで無人のトンネルを進むがごとく、疾風のように駆け抜ける。
それにしても、まいったな……
しっかり掴まってろと言われても、ヴォルフの鞍はカスミ一人用で、後ろからカスミに抱き着くしかない。柔らかい感触と、サラサラのピンク色の髪から漂う花のようないい香りにクラクラしてしまうよ。
「……イソネさん、ちゃんと掴まっていないと落ちますよ?」
「へ? わ、わかった」
仕方ないよね? 落ちたら大変だし。今度は体をしっかり密着させる。
「へうっ!? い、イソネさん!? ち、ちょっと変なところに指が……」
真っ赤になって慌てるカスミ。
「へ? わ、ご、ごめん、カスミちっちゃいから……」
「……ちっちゃくて悪かったわね……」
明らかに落胆したような声色のカスミ。
しまった……誤解を与える言い方だった……まあ小さいのは事実だけど、俺は嫌いじゃないよ? むしろ好き……いやそんなことを言っている場合じゃなかった。
「ち、違う、体が小さいから掴む場所が……」
「……もうっ、いいわ。そのままでいいから、あまり指を動かさないでね」
そのままでいいんですね。ありがとうございます。
「そんなことより、イソネさんはヴォルフの言葉がわかるのね」
「ああ、くわしくは後で説明するけど、狼語がわかる」
「そう……聞きたいことはたくさんあるけど、今はどこに向かっているの?」
「この先にある小さな集落だ。俺の仲間たちがいる。早く戻ってオークの侵攻を止めないと……」
500体のオークとはいえ、リーダー格のハイオークは倒したし、斥候部隊の足止めもした。上手くいけば、本隊が到着する前に合流できるはずだ。
「……な、なんだよ、これ……」
集落が近くなるにつれて増え続けるオークの数。索敵スキルで把握できる範囲だけでも軽く千を超えている。
『ぐふっ……く、ククク、終わりだと? 馬鹿め……もう……この国は終わりだよ……ゴボッ!?』
ツヴァイが最後に言った言葉の意味をようやく理解する。それとともに、記憶が定着したことで、より深刻な状況の全体像がわかってしまった。
(総数……8千以上……? はははっ……ナニコレ? なんで? 何でだよ!?)
もはや、文字通り国が滅ぶレベルの災厄だ。あんな小さな集落など、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。絶望の2文字が浮かび、みんなの顔が頭をよぎる。
駄目だ、顔を上げろ、まだ終わったと決まったわけじゃない。数なんて関係ないんだ。俺が間に合いさえすればすべては終わるんだ。だから頼むよ。どうか持ちこたえていてくれ……
自分を信じて送り出してくれた仲間たち、そして今この瞬間も、俺を信じて耐えてくれているはずなんだ。
イソネとカスミを乗せたヴォルフは、一層スピードを上げて、夜の森を駆け抜けるのであった。
***
「いいか、リズとクルミは、この中に入って隠れているんだ」
ネスト冒険者ギルドマスターのティターニアが厳しい表情で二人の少女に声をかける。
緊急避難用に集落に作られているシェルターには、非戦闘員たちがすでに入って身を隠している。
「そんな……ティターニアさんはどうするんですか!?」
「すまない……私はこの戦場での指揮官だ。逃げるわけにはいかないんだよ。でも、お前たちは違う。必ず生きて、イソネが戻って来たら……迎えてやってくれ……」
「ティターニアさん。私なら戦えるわ」
リズには強力な水魔法がある。出来ることはまだあるはずと前に出る。
だが、ティターニアは、黙って首を横に振る。
「駄目だリズ、お前がクルミを守らなくてどうする」
「で、でも……」
渋るリズに優しく微笑みかけるティターニア。
「それにな……お腹の子のためにも、お前は生きろ」
「へ? そ、それって……」
「ああ、間違いない。エルフにはわかるんだよ。良かったなリズ」
「……ティターニアさん」
「クルミ、イソネをしっかり癒してやるんだぞ」
「……うん、わかった」
泣きじゃくる二人をシェルターに押し込み、入り口がわからないように隠す。
(ふふっ、格好つけたが、私とて簡単にやられるつもりは微塵もない。最後まで抗ってやるさ)
ここからは、守りながらの戦いではない。互いの生存をかけた生き残りのための戦いだ。
(覚悟しろよ……オークども)
悲壮の決意でティターニアは、最前線へと向かうのであった。




