新たなる決意 上位種との戦いへ
「すいません、遅くなりました」
「おお、休憩中悪かったな。少しは休めたか?」
臨時に設けられた指令室の中で、少し疲れたように微笑むティターニアさん。
「え? ま、まあそれなりに……」
思わず赤くなって言葉を濁す俺とミザリーさん。
「ん? 何かあったのか? まあいい、それより敵襲の件だが、少々厳しいかもしれない」
「もしかして、数が多いんですか?」
「……半分当たりだ。数が多くて質も高い……上位種がいる」
「なっ!? 上位種って、まさかハイオークですか?」
オークの上位種ハイオークは、討伐ランクB。数千匹に一匹の割合で誕生するオークの変異種のことだ。単体で小さな村や町なら滅ぼせる一種の災害ともいえる存在だ。
知能も高く、身体も一回り大きい。厄介なことに、ある程度の魔法耐性を持っているので、遠距離からの魔法攻撃で倒し切るのは難しいとされている。
ちなみに討伐ランクは、いわゆる冒険者の級とイコールではない。討伐ランクBの場合、B級冒険者パーティでの討伐が推奨されるということで、一対一ならば、相性もあるが、A級冒険者以上であたるのが安全だとされている。
「ああ、斥候からはそのような報告が届いている。しかも総数は500匹。控えめに言ってもちょっとした悪夢だな。中規模以上の町でも滅びそうだよ」
いつも自信に満ち溢れているティターニアさんが弱音を吐くなんて……でも無理もないか。
夕方の戦いでは、死者はゼロで一見楽勝だったように思えるけれど、実際は際どかった。オークが接近する前に倒せたからこそ被害を抑えられたけれど、今度はそうもいかない。接近戦となれば、仮に勝てたとしても相当の犠牲がでるだろう。
俺たちのメンバーだって、接近戦が出来る前衛タイプは少ない。おまけに非戦闘員を守りながらの受け身の戦い方にならざるを得ない。夜間ということも加えると明るい材料などまったく見つからないのだ。
「大丈夫ですよ。ティターニアさん。敵が500いようが1000いようが関係ありません。命令しているリーダーを抑えれば俺たちの勝ちです」
だから俺は努めて明るく振舞おう。だって希望はあるのだから。そう、俺のスキル『チェンジ』が。
ティターニアさんは、悲しそうに、そして悔しそうに顔を歪める。
「……なあ、イソネ。私は卑怯者だ。弱音を吐けば、必ずお前が動くであろうことも分かったうえで、そうしているんだからな。いつも偉そうなことをいっているくせに、肝心な時に役に立たない自分が嫌になるよ」
「そんなことないです。貴女がいなければ、おそらく前回の襲撃を防ぎきれなかったですし、俺が冷静になれたのだってそうですよ?」
「そう言ってもらえると助かるよ……私のことはいくら嫌っても罵っても恨んでも構わない。だから……頼む。力を貸してくれ。この集落を、みんなを死なせたくないんだ。勝手なことを言っているのはわかっている……本当にすまない」
「ふふっ、俺も同じですよ。誰一人死なせたくなんてないです。わかってますから。貴女が一生懸命俺のスキルを使わなくて済むように考えてくれていたことくらい。だから……そんな顔しないでください」
きっと考え尽くして、それでも届かなくて。多分俺がスキルを使うことも分かってて。それでも自分が悪者になることで少しでも俺の負担を減らそうとしてくれているんだろうな。
本当に器用なんだか不器用なんだかわからない人だよ。ありがとうございます、ティターニアさん。
「じゃあ、行ってきます。集落の守りはお願いします」
「……ちょっと待て」
一瞬、風が吹いたかと思ったら、いつの間にかティターニアさんが目の前にいて、そっと唇を重ねて離れていった。キスというには優しすぎて、彼女の温もりすら残らなかったけれど。
「……エルフのキスはお守りになるんだ。だから……必ず帰ってこい」
「はい……ありがとうございます。必ず戻ってきます。そしてみんなで旅を続けましょうね」
***
(行ってしまったか……)
イソネが出て行った扉を見つめるティターニア。
「また……彼に嘘をついてしまったな」
エルフのキスはお守りなんかじゃない。
それは生涯誓う愛の証。死ぬまで貴方を想い、愛し続けるという意思表示だ。
(すまんな、イソネ。私はこんな言い訳を用意しないと行動できない面倒な女なんだよ)
どうか無事で帰ってきてくれ。たとえどんな姿になったとしても。変わらぬ愛を誓おう。エルフは外見ではなく、その魂に惚れるのだからな。
ティターニアは席を立ち、集落を死守するべく、矢継ぎ早に指示を出し始めるのだった。
***
ティターニアさんと別れ、臨時の指令室を出ると、リズ、クルミ、路傍の花のみんなが待っていてくれた。
「みんな……行ってくるよ」
「イソネ……今度はオークになっちゃうのかしら?」
「さあな? なるべくそうならないように祈っててくれ」
いつの通りの軽口をたたくリズには本当に救われるよ。いつものように抱きしめてキスをする。
「クルミはオークになったイソネも好きだから」
「ありがとうクルミ……」
クルミのサラサラの髪とモフモフの狼耳をそっと撫でる。両手を広げて待っているので、そっと抱き上げてハグをする。
「イソネ殿、どうかご武運を。ここはしっかり守り切るから安心して欲しい」
「ベアトリスさん、みんなをよろしくお願いします。貴女にも女神が微笑みますように」
男前なベアトリスさん……だけど、やっぱりするんですね……ハグを。両手を広げて待たれてはしない訳にはいかないじゃないですか。
ベアトリスさんの強靭な肉体を抱きしめる。恋人というよりは、戦友的な抱擁だ。
「……イソネ、一つだけ約束しろ。無理だと思ったら逃げろ。いいな?」
「わかりました。必ず守ります。約束します」
抱きしめられながらそんなことを言われたら惚れちゃいますよレオナさん?
『イソネ殿……前にも言ったかもしれないが、どんな姿になっても私は貴方を……』
『はい……きっと戻ってきますよ。俺もマイナさんが大好きですから』
最後のほうは聞き取れなかったけれど、マイナさんの気持ちはちゃんと届いてますからね。抱き合いながら耳元でささやく彼女の体温が心地良い。
「イソネさん……私はオークは絶対無理なので、もしオークで戻ってきたら、すぐにチェンジしてもらいますからそのつもりで!!」
「了解です。ミラさん。その時はよろしくお願いします」
抱き着いてくるミラさんの柔らかい感触をしっかり堪能……もとい受け止める。わかってますって。俺もオークなんて絶対嫌ですし、そもそも街へ入れないですし!? うひいっ、止めて、こっそり耳を噛むの止めて!?
そして、最後は……
「……イソネさん。無事のお戻りお待ちしております。絶対戻ってきてくださいね……」
「ミザリーさん……心配しないでください。貴女を一人になんて絶対しませんから」
「っ!? イソネさん……」
胸に飛び込んでくるミザリーさんをしっかりと抱きしめる。不安な気持ちごと包んであげられたら良いのに。
「む……ミザリーの雰囲気が変わった!?」
「そうですね……怪しい」
「ふふっ、ミザリーもイソネが大好き」
「ちょ、ちょっとクルミ、ち、違うから……」
「ふーん、じゃあミザリーはイソネを好きじゃないの?」
「へ? あ、いや別に好きじゃないとは言ってない……けど」
「んふふ~、とうとうミザリーまで? やるわねイソネさん?」
勘弁してくださいミラさん!? なんか緊張感ゼロですよ?
みんなに見送られながら集落を出発する。
待ってろよ、どこのどいつがこんなことをしているのか知らないが、絶対に阻止して見せる。その企みごと、文字通り全部奪ってやるさ。
みんなを守るために。俺が明日も笑っていられるように。




