ミザリーさんとドキドキ休憩タイム
ミザリーさんと二人で馬車に入り横になる。荷馬車の方には高級布団と寝床が用意してあって、休憩用に使えるのだ。ただし、狭いし一つしかないから、一緒の布団に入るんだけどね!? え? 何これ、天国? 冗談はさておき、実際、これじゃあ寝れないよ!? だってドキドキしちゃうし。
とりあえず、お互い背中を向けて横になる。なんか、ミザリーさんの体温とか、息遣いが感じられて、かえって意識してしまうけれど。
考えてみたら、ミザリーさんと二人きりって初めてかもしれないな。どこか孤高の雰囲気があって、人付き合いをなるべく避けているような印象がある。世間話とかもあまりしないしね。
駄目だ、無言だとかえって変な空気になっちゃうよ。思い切ってミザリーさんに声をかける。
「ミザリーさん、起きてます?」
「ひ、ひゃい!? 起きてますけど」
声が裏返るミザリーさんが可笑しくて可愛くて。思わずくすっとしてしまう。
「あ、あああ、酷いですイソネさん!? なんで笑うんですか!?」
駄目だ……むくれたミザリーさんもまた可愛くて、にやにやが止まらない。ごめんなさい。
でもおかげですっかり緊張がほぐれた気がする。まさか、ミザリーさん、それを狙って? いやいやそれはさすがにないか。
「すいません。悪気は全くなかったんですよ」
「むう……じゃあ……どうして?」
え? 困ったな……それ言わないとダメなやつですかね?
「えっと……可愛かったから……です」
「ふえっ!? か、かか可愛い!?」
真っ赤になって叫ぶミザリーさん。やばい、失礼なこと言っちゃったかもしれない。
「す、すいません。変なこと言って!?」
「……変なこと?」
今度はジト目でにらむミザリーさん。もうなんでも可愛いですね。勘弁してください。
「え? あ、いや、可愛いのが変ということではなくて、えっと……」
「ぷっ、くすくすくす。分かってます。ありがとうイソネさん」
ミザリーさんも大分緊張がほぐれたようで、見惚れるような笑みを零す。普段無表情な女性だけに、ギャップで思わずドキッとしてしまうよ。
それにしてもやばっ、うっかり至近距離で向き合ってしまった。新緑のような綺麗な髪が頬にかかって妙に艶っぽい。赤い宝石のような瞳が熱を帯びているようでドキドキが止まらない。彼女から目が離せない。
「…………イソネさん、実は私、男性が怖いんです。もっと言えば憎いんですよ」
「……ミザリーさん?」
突然の告白に、頭から冷や水をかけられたように冷静になる。言われてみれば、普段の言動や行動に納得できる部分もあった。ひとりで舞い上がって恥ずかしくなるよ。まったくね。
「私の母は貴族だった父に騙されて捨てられたんです。それでも母は、父にも立場があるから仕方なかったのよって、恨み言一つ言わずに私を育ててくれました。そんな母も村を襲ってきた人狩りの連中から私を逃がすために囮になって……今は生きているのか、死んでいるのかもわかりません……」
「…………」
「だから、私は冒険者になって母の情報を探しているんです。絶望的なのは分かってるんですけど、私まで諦めちゃったらそこで終わりですから。でも父には感謝しているんですよ? 魔法の才能は父譲りらしいので。会ったこともなければ顔も知らない人ですけれど……」
「ミザリーさん……」
「あ、ごめんなさい。突然こんな話されても迷惑ですよね……」
「そんなことないです。話してくれてありがとうございます」
何か俺にできることはあるだろうか? せめて一緒にお母さんを探してあげることぐらいしか思いつかないよ。俺の都合で彼女を連れまわしていることを申し訳なく思ってしまう。
そんな俺の表情を見ていたミザリーさんが少し悪戯っぽく微笑む。
「でもね……男性が怖くて憎いってずっと思っていたけれど、最近少しだけ変わったのです」
「え? そうなんですか?」
「名前は言えないんですが、一生懸命で、自分より他人を助けようと頑張ってて、ちょっとエッチで、身体がころころ変わっちゃう男の人に最近出逢いまして……」
ミザリーさん……それって完全に俺ですよね!? 身体ころころ変わる人ほかにいないですもんね!?
「で、その男の子はちっとも怖くないし、優しいし、そばにいるとドキドキするし……こんな感情初めてだからよく分からないんですけれど、イソネさんはその男の子にどうすれば良いと……思いますか?」
心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。いつの間にか繋いでいた指先からミザリーさんの温もりと熱が伝わってくる。俺はどうしたいんだろう? 最近よくわからなくなってきた。
リズは絶対に守りたいし大好きだ。クルミだって。マイナさんも気になるし、最近はレオナさんやベアトリスさん、ミラさんも積極的だし、ティターニアさんにも押されっぱなしだ。あれ? 冷静に考えたらとんでもない状況なんですけど……どうすんの俺!?
「ごめんなさい……困らせるつもりはないのです。でも……その手が空いている時だけでいいので、受け止めてくれませんか?」
懐に潜りこんできたミザリーさんが俺の胸に顔を埋める。小動物のような小さくて細い身体をそっと抱きしめる。折れないように壊れないように。こんな俺でも支えになれるなら、喜んで手を貸してあげたい。都合がいい考えだけれど、そう思ってしまったんだ。
「イソネさん……」
桃色の唇から目が離せない。あと少し、あと少し動いたら重なりそうな二人の距離。邪魔が入らない二人だけの世界。
『敵襲! 敵襲!』
終わりは唐突にやってくる。ほっとした? ちょっと残念? 複雑な淡い思いはきっとここに置き去りにされてしまうのだろう。
「ミザリーさん、俺たちも行きましょうか……え?」
重なった柔らかい唇の感触に一瞬頭が真っ白になる。
「イソネさん、魔族ってね、とっても一途か、その逆か。両極端な種族なんです」
「は、はい……」
「ふふっ、私はどちらだと思います? いいえ……どっちの私が好きですか。イソネさん?」
そう言って背を向けるミザリーさんは、やっぱり年上のお姉さんなんだなって思ったよ。




