隷属の首飾り
オークの大群に勝利した俺たちだったが、喜んでいる暇も、休んでいる暇もなかった。
一刻も早くオークの血抜きをして、解体する必要があったからだ。死体を放置すれば、血の匂いを嗅ぎ付けて新たな魔物や魔獣が寄ってくるかもしれない。
騎士団、集落の人々も全員総出で解体作業をしたおかげで思ったよりも早く終わらせることができたので、今夜はオークづくしの焼肉パーティーになることだろう。
「みんな嬉しそうですね、ティターニアさん」
「ああ、オークは食肉としても美味で、魔石や皮も利用価値が高い捨てるところのない魔物だ。被害はあったが、集落にとっては、かつてない大きい収入になるだろうな。でも本当に良かったのか?」
オークの素材は、みんなとも相談して、すべて集落へ提供することにした。被害も大きく、復興の足しになればと思ったのだ。
「ええ、お金には困っていないので」
「ふふっ、実に頼もしいな。これで私もいつでもギルドを辞めることができそうだ」
ティターニアさんは、本気とも冗談とも言えない様子でくすくす笑う。
集落では、貴重な労働力を何人も失ったのだ。少しでも役立ててほしいと思っただけなんだけど、同意してくれたみんなや、騎士団の人たちにも感謝しかない。
でも、看過できない大きな問題がひとつ。
実はリーダー格のオークが、明らかに怪しい首飾りをつけていたのだ。テイマーがつけている従魔の首飾りと似ているんだけど、どこか違う。リズが鑑定をかけたらとんでもない代物だったので、現在、騎士団の駐屯地で取り扱いを協議している。
「イソネさん……これがそうですか?」
「はい、リズに鑑定してもらったら、隷属の首飾りだと分かりました」
「なっ!? 隷属の首飾りは法で使用はもちろん所持も禁じられている代物ですよ? なぜオークが……」
――――隷属の首飾り――――
ライオットさんによると、少なくともこの国では所有しているだけで死罪となるほど厳しく禁じられている品らしい。
その昔、魔物や魔獣を制御するために開発されたが、のちに人間にも有効だとわかり、事件が後を絶たなくなった結果、厳しく禁じられるようになったそうだ。
長年に渡る摘発の結果、隷属の首飾りは世界から一掃され、この世から現物はすべて消えたと思われていたのだが、どこかで密かに隠し持っていたものがいたのだろうか?
「マジか〜、そんなやべぇもんだったのかよ……イソネ、さっさとライオットに押し付けちまえ」
レオナさんの言葉に苦笑いするライオットさん。たしかに持ってるだけで死罪とか嫌なんですけど。騎士団の人たちがいてくれて良かったよ。
「しかし、イソネ殿、普通に考えれば、オークを操っている人間がいるということになるぞ」
そうなのだ。マイナさんの言う通り、背後に隷属の首飾りを使ってオークを動かしている者がいる可能性は高い。
「ちょっと待て、そうなるとまずいんじゃないのか? オークがやられたことを使役者が知れば、当然隷属の首飾りを取り戻しにくるぞ」
ベアトリスさんの懸念ももっともだ。
敵の戦力が今回倒したオークで終わりならいいのだけど、そうでないなら、またこの集落が襲われることになる。それに首飾りが一つだけなんて楽観的な推測も捨てたほうがいいかもしれない。考えようによっては、オークにも使えるぐらい沢山所持している、あるいは、考えたくはないが、最悪の場合、首飾りを製造できる技術を持っていることも可能性としてはあるのだから。
「フランツ、この件、早急にライオネルとゴッドフリートに伝えるんだ。思っていたより深刻な事態かもしれん」
「はっ、すぐに早馬を飛ばします。ティターニア殿」
騎士団の隊長フランツは、すぐにポルトハーフェンの領主ライオネルと騎士団長ゴッドフリートに連絡すべく、最も足の速い馬竜と夜目が利く騎士を出発させる。今からなら、今夜中にはポルトハーフェンに事態が伝わり、明日の朝には増援が到着するはずだ。
***
そのころ、大森林の中にある、とある施設では、ある男が部下から聞き捨てならない報告を受けていた。
「……なに? オークの一部が戻ってきていないだと……」
声を発したのは、身長180cmを超える長身に引き締まった肉体を持つ白髪の美青年。瞳は赤く爛々と光り、その視線は氷のように冷たい。
「はい、戻ってくるように指示を出したのですが、反応がありません」
「ちっ、だから低能な魔物は使えないと言ったではないか!」
「し、しかし、オークは駒としては非常に優秀――――」
「黙れ! とにかく例のブツが万一外部に漏れたら一大事だ。仕方がない……俺が出よう」
「ツ、ツヴァイさまが直接出るのですか?」
「当たり前だ。万一のことがあれば、貴様に責任を取ってもらうからな?」
「ひっ!? か、かしこまりました。すぐに準備いたします」
出てゆく部下を忌々し気に睨みつけながら、脇に控える少女に声をかける。
「カスミ、お前も来い。俺のためにしっかり働けよ?」
「…………はい。ツヴァイさま」
無表情に頷く少女の首には、首飾りが怪しい光を放っていた。
***
夕食を終えた集落では、慌ただしく騎士団が走り回っている。夜戦に備え、集落の至る所に明りの魔道具を設置しているのだ。
俺たちも手持ちの魔道具は提供させてもらった。明かりは夜目が利かない人族にとっては、生死を分ける重要なポイントになるからだ。
再度の敵襲を警戒して、落とし穴の拡張や修復、防護柵の補強など、迎え撃つための準備も同時にすすめている。
「とにかく朝までの勝負となる。もし敵が来るとすれば今夜の可能性が高い。明日以降であれば騎士団が増援されるから、なるべく来てくれない方が助かるのだがな。今のうちに交代でしっかり休んで体力を回復しておくように」
ティターニアさんが臨時で指揮官となり、副官がフランツ隊長ということで命令系統を一本化した。幸い俺たちと同じくネストから来た冒険者パーティとポルトハーフェンから来た商隊の護衛も加わったので、全体的な戦力は増加している。もちろん夜間の戦いとなれば、魔物が有利なので、状況が好転したとまでは言えないけれど。
「じゃあ……イソネさん行きましょうか?」
とりあえず、俺とミザリーさんが休憩に入る。他意はない。単なるじゃんけんの結果だからね? 単なる休憩のはずなのに、そんな赤い顔して誘われたら勘違いしそうになりますよ!?
ちょっと気まずい雰囲気で、二人は馬車へと向かうのだった。




