集落攻防戦
集落に戻ると、すでに50人ほどの騎士団が到着していて、遺体を埋めたり、けが人を治療したりしている。
俺たちが攫われた女性たちを連れているのを見ると、集落の人々はもちろん、騎士団員たちからも歓声が上がるが、残念ながら喜んでいる暇はない。
「みんな聞いてくれ。あと少しでこの集落に少なくとも2百を超えるオークの集団が攻めてくる。だが心配はいらない。幸い、ここには騎士団とB級冒険者パーティ『路傍の花』、そして一人で5匹のオークを瞬殺するネストの英雄イソネとその仲間がいる。さらには、ネスト冒険者ギルドマスターで魔法剣士の私、ティターニアまでいるのだ。たかだかオークの群れなど恐れるに足りん」
ギルドマスターの自信に満ちた演説に、いったん騒ぎかけた人々も落ち着きを取り戻す。オーク5匹を瞬殺は言い過ぎだとは思うけど、この場合は必要な誇張だ。一番怖いのは、みんながパニックを起こして収拾がつかなくなることだから。
実際、あと一時間もすれば日が沈み、暗闇が支配するようになる。今から集落を捨てて逃げたとしても、かえって危険なのだ。
戦えない人々は、一番頑丈な建物に避難してもらい、騎士団の人たちががっちりと守りを固める。
時間の関係で大規模なものは作れないが、オークがやってくる方面に簡易落とし穴をみんなで掘る。穴に足を取られて怪我でもしてくれればラッキーだし、一時的にでもスピードが落ちれば、魔法や弓矢の餌食にするチャンスが生まれるからだ。
オークはDランクの魔物だ。人間より大きく力も強い。だけど、決して俊敏とはいえないので、自由に動ける通常の戦闘ならば、さほど苦戦はしない。
しかし、今回のように守りの戦いの場合、数と勢いに押されたらお終いだ。いかに勢いを殺せるか、接近される前に数を減らせるかが勝負となる。
本来なら、対オーク戦は、複数で囲み数的有利な状況を作ったうえで少しずつ削ってゆくのが基本。今回のように数的有利が作れない、つまり敵の数の方が多い場合には、とにかく接近戦に持ち込まれるのを避けるしかないのだ。
「いいか、今回の戦いは諸君ら魔法部隊の働きにかかっているといっても過言ではない。幸い魔力回復ポーションは潤沢にある。魔力を気にせず撃ちまくれ!! 他の者は、魔法使いを守るんだ。接近させないように死守しろ」
「「「「はいっ!!!!!」」」」
「マイナ、路傍の花は遊撃隊として、弱いところを都度フォローして欲しい」
「わかった。任せてもらおう」
「イソネ、お前は連携より単騎での戦いの方が向いているだろう。好きに動いて一匹でも多く減らしてくれ。残念だが、接近戦でオークと一対一で勝てる人間などそうはいない。頼んだぞ」
「わかりました。遠距離攻撃で討ち漏らしたオークは俺に任せてください」
集落へはなるべく近寄らせないようにしないと、一気に防衛ラインが崩壊しかねない。
「来たぞ!!! オークだ!!!」
斥候役の騎士団員の声に、それぞれが配置につく。
正直早めに来てくれて良かったよ。日が暮れてからでは、ヤバかった。暗闇は恐怖心が増幅されるし、夜目が利くオークと違って、人間には間違いなく不利になるからね。
オークは怪力だが、その分知能も低い。数は多くても、連携や戦略を立ててくるわけではないのだ。
正面から姿を現したオークはおよそ200。やはり陽動や奇襲の類は心配なかったようだ。
「魔法部隊、攻撃始め!!」
隊長の合図で、騎士団の魔法部隊が、ファイヤーアローやウォーターアローといった遠距離魔法を発動する。魔法が使えず、接近戦特化のオークにはこれが一番有効だ。
俺たちも負けてはいない。リスがウォーターアローを放ち、俺がファイヤーアローでオークにダメージを与える。的が大きいので狙う必要はない。とにかく連射して、敵の数を減らすのだ。
『ファイアートルネード!!』
ミザリーさんが放つ上級火魔法の威力は、まさに災害といってもいいほどの威力だ。空気が焦げるにおいがして、オーク数匹が炎とともに空へ舞い上がる。
『ウインドスラッシュ!!』
ティターニアさんが放つ中級風魔法は、ウインドカッターの広範囲版だ。目に見えぬ刃の範囲にあったオークの体が輪切りになって崩れ落ちる。
みんな俺の統率スキルによって魔法の威力も上がっているようで、目に見えてオークの数が減ってゆく。統率スキルは、騎士団を含めて味方全員に有効なので、集団戦には絶大な効果がある。
だが、さすがに数が多い。後ろにいて無傷のオークたちが続々集落との距離を縮めてくる。
でも、備えあれば憂いなし。
『!? ブフォオオオ!?』
先頭集団のオークが落とし穴に足を取られて転倒し、後ろから来たオークもまた、前のオークにぶつかって倒れてゆく。そこへまた魔法による攻撃が降り注いでゆく。
「撃てっ!! 撃て撃て!!」
もうオークと俺たちを遮るものは何もない。これ以上接近されると危険だ。
「総員、抜剣! 盾を展開しろ、魔法使いを守れ」
騎士団は大きな盾を前に展開し防御姿勢を固める。
「ミザリー、ミラは下がれ、行くぞレオナ、ベアトリスは二人を守れ」
「「「了解リーダー!!」」」
路傍の花も動き出した。
「リズ、ベアトリスさんのところへ行ってくれ。俺は残りを殲滅するから」
「うん、わかった。無理しないでね、イソネ」
一匹たりとも近寄らせはしないさ。
『強脚』発動!! 地面が抉れるほどの踏み込みで一気にオークの懐へ飛び込むと、急所を一気に貫く。
駄目だ、一匹ずつ倒していたら間に合わない。もっと早く、まずは足を止めないと……
「うおおおおお!」
走りながら、すれ違いざまにオークの足を斬りつけてゆく。倒すよりも、まず機動力を奪うのだ。
当然オークからの攻撃も激しいが、見切りによって次々と攻撃をかわしてゆく。
「ははは、当たらなければどうということもないのだよ!」
妙なテンションで前から言ってみたかったセリフを叫んでしまう。誰も聞いてないよね!?
「イソネ! 後ろだ!」
ティターニアさんが叫ぶ。
『剛力』……発動。
背後から振り下ろされる棍棒を片手で受け止める。
『!?』
ふん、と力を入れると、棍棒がめきょっとつぶれて根元から折れる。目を見開いて驚くオークに折れた棍棒を投げつけると。数メートル吹き飛んで動かなくなる。
「す、すごい……あれがネストの英雄イソネさんの力……」
騎士団のライオットが獅子奮迅の戦いを続けるイソネに驚愕する。決して騎士団が弱いわけではないが、複数のオークを単騎で瞬殺出来るものなどそうはいない。
残るオークの数はもうそれほど多くない。しかもほとんどがイソネによって足に傷を負っている。騎士団も、数的有利な状況が作れると判断し、守勢から攻勢へと切り替える。
こうなれば、あとは時間の問題だ。
日が完全に落ちるころには、200を超えるオークは、そのすべてが屍をさらす結果となる。
集落側の被害は軽傷者のみで、死者はゼロ。まさに完勝であった。




