オーク襲来
クルミの匂い感知に従い、集落に駆けつける。
頭を潰されて殺されている男性の死体があちこちに転がっており、遠くで助けを求めて叫ぶ女性の悲鳴が聞こえてくる。
「くそっ、間に合わなかったか!?」
だけど、まだ生きている人や、隠れていたり、逃げている人たちもいる。クルミのおかげで助かる命もあるんだ。立ち止っている暇はない。
「ミラとリズは怪我人の治療を頼む。ベアトリスは村人を守れ。レオナ、イソネ殿は攫われた女性を追ってくれ。私とミザリーは集落に残ったオークどもを駆逐するぞ」
マイナさんが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「私は、イソネたちをフォローしよう」
ティターニアさんと一緒に、女性を攫ったオークを追いかける。
『ウインドウェスティオー』
ティターニアさんが使った風の中級魔法によって、俺たちは身にまとった風により飛ぶように移動を開始する。
「これは凄いですね!?」
「おおお、まるで空を飛んでるみたいだぜ」
魔法は、自分自身に使うのと、他人に使うのでは難易度が違う。ましてや3人同時となると相当な練度と魔力が必要となる。さすがは凄腕ギルドマスターだ。
俺の索敵スキルによって、オークの位置はしっかり捉えてはいるが、攫った女性を連れているので下手に刺激はできない。弓矢や魔法攻撃などは、もちろん使えない。
「焦る必要はない。奴らの巣に到着するまで我慢しろ」
経験豊富なティターニアさんやレオナさんがいてくれて本当に良かった。カッと熱くなっていた頭と心が冷静になってゆくのが分かる。
オークは雄しか存在しない種族で、他種族の雌を攫って子を産ませるという迷惑極まりない魔物だ。特にエルフの女性はオークにとって最高の苗床となるため、いわば天敵といっていい関係となっている。つまり――――
「イソネ……奴らは存在する価値も無いクソだ。一匹残らず駆逐するぞ」
「は、はい、了解です」
鬼の形相でオークを睨みつけるティターニアさんがヤバい。オークなんかよりはるかに怖いですよ。
「俺も同感だな。今までオークの被害にあった女性を沢山見てきた。絶対に許さねえ……」
レオナさんも修羅の形相で同じように睨みつける。まるで視線で殺せるならそうしたいとでもいうように。
きっと2人ともオークに嫌な思い出があるのだろう。友人や、もしかすると家族が被害にあった可能性もある。
俺はオークと出会うのは初めてだけど、記憶にの中にはしっかりある。凄惨としか言いようがない酷い記憶がね。
だけど今なら間に合う。女性たちが被害に遭う前に助け出すんだ。必ず。
「いいか、オークどもは、巣穴に入るときに必ず女性たちを一度手放す。その時を狙うぞ」
オーク単体の討伐ランクはD。今の俺ならばおそらく手こずることはない。加えて今はレオナさんも、ティターニアさんもいるのだから。
とにかく人質となっている女性の安全を最優先に考えないといけない。
幸いと言うべきか、最悪と言うべきか。オークの巣穴は、集落からそれほど離れていない大森林の辺縁部にあった。
これ……俺たちがやってくるのが一日遅かったら、集落は全滅していたかもしれない。
「イソネ、レオナ、女性たちは私が風魔法で守るから、オークを確実に仕留めろ」
小声でささやくティターニアさんの言葉に黙って頷く。
俺は統率スキルを発動し、レオナさんとティターニアさんの能力値を引き上げる。
「今だ、行け!」
ティターニアさんの合図で、まず俺が強脚を使って一気にオークの集団に接近すると、女性たちとオークの間をティターニアさんの風の刃が吹き抜けて、オークの腕を切り落とす。
オークは全部で5匹、飛び出した俺は、雄たけびを上げながらオークの注意を引くのが役目だ。
オークたちは、俺の存在に気付くと棍棒を手に動き出す。2メートル級の巨体が一斉に向かってくる迫力は中々のものだけど、耐性スキルのせいか、たくさん修羅場を潜ってきたせいなのか、正直なんとも思わなくなっている。
(レオナさん、ティターニアさん。女性たちは頼みましたよ……)
俺が注意を集めている間に、二人が女性たちの元へ辿り着く。これでひとまず安心だ。
さて、まずは『睡眠』を発動。効果は一瞬だけど、戦闘時の一瞬は命取りだよ。
続けて『ファイアーボール』を連射して、意識を失いガラ空きとなったオークの顔面にぶつける。倒すのが目的ではなく、あくまで目を焼いて視界を奪うのが狙いだ。
『ぐわあああああ!?』
目を焼かれてのたうちまわるオークたち。
だが、一匹だけ完全に視界を奪えなかったみたいで、棍棒を手にそのまま突っ込んできた。
『見切り』発動。
オークの動きが一瞬スローモーションのようになり、紙一重で棍棒を躱した俺はオークの懐に入ってミスリルのロングソードで心臓を一突きにする。
『剛力』発動。
絶命したオークを持ち上げて、のたうち回っているオークにぶん投げてダメージを与える。オークどもは飛んできた死体を敵だと勘違いしてめちゃくちゃに攻撃しているが、残念それはお前らの仲間だよ。
目が見えない状態で武器を振り回せば、当然味方に当たり、また敵と勘違いした同士討ちが始まる。
こうなれば、あとは俺とレオナさんが背後から次々と止めを刺すだけの簡単なお仕事だ。オークを全滅させるのにさほど時間は掛からなかった。
「見事だったぞ、イソネ。よくやった」
「ああ、さすがイソネだ。ほとんど俺の活躍する場面がなかったぜ」
満面の笑みを浮かべるティターニアさんと、苦笑いのレオナさん。
攫われた女性たちも、ようやく助かったのだとわかるとみんな安心したのか泣き出してしまう。そりゃあ怖かっただろう。家族を殺された人もいるだろうし、素直には喜べないけれど。
念のため巣穴のそばで索敵を発動する。もしかしたら、他にもオークが残っているかもしれないからね。
「!?……ティターニアさん、レオナさん、今すぐ彼女たちを連れて逃げてください。騎士団にも知らせてください、急いで!!」
頭が真っ白になる。
索敵のゾーンに現れた無数の敵影。百……いや二百はある。
俺たち3人だけなら、もしかしたら切り抜けられる可能性はあるかもしれない。でも戦えない女性たちを守りながらは無理だ。それにこの大群がもし集落へ向かったら……間違いなく大勢の人たちが命を落とす。もしかしたら仲間の誰かが犠牲になるかもしれない。
駄目だ……俺は逃げるわけにはいかない。俺が、俺がやらないと……
「何をしている。一緒に逃げるぞイソネ」
「でもティターニアさん、敵が多すぎる。それに俺のスキルなら――――」
「駄目だ! 仲間を信じろ。お前のスキルは確かに強力だが、あくまで最後の手段だ。行くぞ!」
「は、はい、わかりました」
すでに先行しているレオナさんと女性たちを追いかける。
そうだ。俺は何を弱気になっていたんだ。強くなるって誓ったのに、すぐまたスキルに頼ろうとしているじゃないか。こんなんじゃいつまでたっても、強くなんかなれっこない。
冷静になれば、集落には騎士団もいることに今更気付いて恥ずかしくなる。
とにかく今は、一刻も早く仲間たちと合流しなければ。




