港町でテンプレ発生 パクスでも事件発生?
「先程はすいませんでした。ポルトハーフェン騎士団のライオットです」
灰色の髪の青年騎士が頭を下げる。
いや、ライオットさん、貴方が謝る必要はないと思いますよ? 口には出せませんが。
「ネスト冒険者ギルドマスターのティターニアだ。騎士団がこんな所で何をしているんだ?」
いやあ、ティターニアさんが居てくれて良かった。頼りにしてます。
「おお……やはり貴女が噂の……ネストの妖精ティターニア殿でしたか」
「ふふふ、そうか。ポルトハーフェンにもしっかり私の魅力が伝わっているようだな」
満更でもないご様子のティターニアさん。
「はい、騎士団にも憧れている者が大勢おります。もちろん私もそのひとりですが」
ライオットさんがギルドマスターを見る目は崇拝に近いものを感じさせる。わかるわ〜、ティターニアさんって慣れないタイプの美女だからね。
「ふふっ、それは光栄なことだな。それで? 盗賊団の調査または討伐といったところかな?」
「はい、その通りです。ポルトハーフェンでも問題になっていて、領主から騎士団に討伐命令が出たのですが……」
「……丁度ネストから私たちがやって来たという訳だな」
「はい、その通りです。よくぞ御無事で」
「ああ、その盗賊団ならすでに討伐済みだ。安心するように領主に伝えてくれ」
「……へ? そうなんですか?」
驚きに目を見開くライオット。
「ここにいる彼らが討伐してくれてな。極めて優秀な冒険者たちなんだ。私も全幅の信頼を置いている」
「ティターニア殿にそこまで言わせるとは……しかし安心しました。これで商人たちも街道を利用できるようになるでしょうから」
「ふむ、だが妙だな。たしかに多少影響があったとは思うが、ポルトハーフェンにとってはネストとの交易など微々たるものだろう? わざわざ騎士団を動かす理由には足りないと思うが……何かあったのか?」
確かに騎士団が動くとなれば余程の事態だ。本来であれば、冒険者にでも依頼する程度の案件だよね?
「さすがですね。実は……ポルトハーフェンから現在船を出せないのです。そこで、やむを得ず陸路でネストを経由してアルヘイスを抜けるルートを使おうということになったのですが、ここへきての盗賊団騒ぎですから。至急街道の安全を確保するように騎士団に厳命が出されたのですよ」
やれやれといった風に肩をすくめるライオットさん。
「むむ、それが事実なら大変な事態だな。たしかポルトハーフェンは、荷物の8割は船を使っていたはず。一体なにがあったのだ?」
「……出たんですよ。クラーケンが」
「なっ!? クラーケンだと? 伝説クラスの化け物じゃないか……」
「はい、今のところ襲われたのは海上の船だけですが、倒そうにも船で近づけば沈められるし、今のところ離れて行ってくれるのを待つしかない状況ですね」
クラーケンはおなじみの巨大イカの魔物だ。Sランクの魔物とされているけれど、海で戦うとなれば、SSランクともいわれるほど。まともに戦って勝てる相手ではない。この世界では、一種の自然災害と位置付けられていて、倒すというよりも、殆どの場合、過ぎ去るのを待つという消極的な方法を取らざるを得ない。
例外的に、異世界の英雄や勇者などが討伐することもあるが、そんな数十年に一度しか現れない存在がたまたまこの国にいるはずもなく。
え? 俺? いや俺は単なる転生者だからね!? 異世界人枠じゃないですよ?
「まあ、とにかくそんな状況なんで、もし王都へ行くのでしたら、アルヘイスの山岳ルートのほうが確実かもしれませんよ?」
そう言ってライオットさんは、騎士団の駐屯地へ戻っていった。クラーケンが居なくなるまでの間は、商人たちの護衛が主な仕事になりそうだと愚痴をこぼしながら。
「やれやれ、どうしましょうか? 俺たちは特に急いでいるわけではないですけど、ティターニアさんは王都で総会があるんですよね? 間に合いそうですか?」
「そうだな……総会までにはまだ1月ほどあるから、最悪ポルトハーフェンで2週間待ってからルート変更しても十分間に合う。私はイソネたちの判断に従うよ」
「うーん、みんなはどう思う?」
「私は予定通りポルトハーフェンに行くべきだと思うわよ? 荷馬車の荷物も売らないとどのみち山越えなんて出来ないし、もしかしたら、すぐにクラーケンがいなくなるかもしれないしね」
確かにリズの言う通り、荷物を売る必要があるのだから、どちらにしても行かないという選択肢はないか。しばらく滞在して駄目そうなら山越えルートに変更すればいいんだし。道中も、騎士団が護衛につく以上、普段より格段に安全なはずだ。
「よし、じゃあ今夜はこのパクスで野営して、明日は予定通りポルトハーフェンに行こう」
「そうこなくっちゃ! ふふふ、船が止まっているなら物資が不足し始めるのは必定。いつもより高く売れそうね」
悪そうなリズの笑顔も、俺には天使の微笑みに見える。彼女の喜びは俺の喜びだからね。
それに、ポルトハーフェンといえば、海鮮料理があるんだよな。内陸や山奥では食べられなかったから、密かに楽しみにしていたんだよね。あ……でもクラーケンがいるから漁が出来ないのか。ダメじゃん!?
「イソネ……喜んだり、落ち込んだり忙しい。大丈夫?」
心配してくれるクルミを抱きしめる。
「大丈夫さ。ポルトハーフェンに着いたら、クルミにもいろんなもの買ってやるからな。港町だから、美味しいものや珍しい外国のものまで揃ってるんだぞ」
「うん、楽しみ」
クルミの笑顔を守るためなら、なんでも出来る。本当にそう思うんだ。
もっと強くならないと。少なくとも大切な人を守れるぐらい強くなりたい。
「マイナさん、レオナさん、ベアトリスさん、ミザリーさん、ミラさん、お願いします。俺はもっと強くなりたいんです」
路傍の花のみんなに頭を下げて特訓をお願いする。いつまでもチェンジスキル頼りじゃだめなんだ。それでは突発的な事態に対処できない。
「イソネ殿、頭を上げてください。私たちはもう仲間なのですから、喜んで協力しますよ」
「マイナさん……」
「マイナ、それは違うぜ。俺たちは仲間なんかじゃない。もはや家族だろ?」
「家族か……そうかもしれないな」
「ふえっ!? か、家族!? まだちょっと早いのでは?」
「そうね。そのうちイソネさんとは家族になるのですから、間違いではないですね」
レオナさん……ありがとうございます。ミザリーさん、ミラさん、多分そういう意味じゃないと思いますよ? え? 違うよね?
「ふふふ、水臭いぞイソネ。私とイソネも家族だからな。私の技と経験から学ぶことも多いだろう。みっちり鍛えてやるぞ」
ティターニアさん……いつ家族になったのか知りませんでしたが、ありがとうございます。
野営の準備を始めた俺たちだったが、突然クルミが声を上げる。
「……助けを求める匂い!? イソネ!」
「ああ、どっちだ? クルミ」
「集落の方。急がないと……」
「路傍の花行くぞ!」
「イソネ、私も行くわよ?」
「ふふっ、もちろん私も行こう」
全員で集落に向かう。大事でなければ良いのだけれどと祈りながら。




