優しき熊獣人ベアトリス
「実は、折り入ってイソネさんたちに相談したい件があるのですが……」
シャロさんによると、最近ポルトハーフェンからの荷が届かなくなっているらしい。
荷が奪われているので、盗賊の仕業だと考えられるそうだ。
ポルトハーフェンは、この辺りで1番大きい港街で、俺たちの次の目的地でもある。
大森林を迂回して王都に向かうには、ポルトハーフェンから船に乗る必要があるのだ。
自分たちにも決して無関係ではない話に、みな眉を寄せる。
「そういえば、道具屋のおじさんも商品が入荷しないって言ってたわね」
リズの言う通り、おそらく関係があるのだろう。
「だが、シャロ、盗賊団であればギルドがすでに動いているんじゃないのか?」
マイナさんが最初に疑問に思うであろう質問を投げかける。
荷物が届かない状態を放置していては町の人々の生活にも影響が出てくる。当然ギルドが解決に動いてもおかしくはない。
「それが……何度も討伐隊が組まれているんですが、ことごとく空振りに終わっているんです」
忌々しそうに表情を歪めるシャロさん。
「まるで……討伐隊が行くことを事前に知っていたかのように……ですよね?」
俺の言葉に無言で頷くシャロさん。
まあ予想はしていた。犯罪組織がこれだけのさばるからには、必ず権力者と結び付きがあるはずだと。
「はっ、ギルドに盗賊団と繋がっている奴がいるってことか……ったく胸糞悪いぜ」
レオナさんが心底嫌な事を聞いたと吐き捨てる。
「人身売買組織の次は盗賊団か。この国も荒んでいるな」
ベアトリスさんも深いため息をつく。
「お恥ずかしい限りですが、おっしゃる通りギルド上層部の人間が関わっている可能性が高いのです。こんなことを外部の人間にしか頼めないのは悔しいのですが……」
頭を下げるシャロさん。
これはもはや、ギルドだけの問題じゃない。すでに大好きになった、この町全体の危機だ。
まあ答えは最初から決まっているけどね。
「……わかりました。まずは怪しい人物を絞り込みましょう」
クルミの匂い感知スキルがあれば、悪意をもった人間がわかる。
直接関係があるかは分からないけど、怪しい動きをしないか見張っていれば、尻尾を出すかもしれない。
***
シャロさんの協力で、さり気なくギルドの人間をクルミに調べさせたところ、怪しい……というか、真っ黒の人間が居た。
「サブギルドマスターのソウザさんが?」
心当たりがあったのか、あまり驚かないシャロさん。
「はい。クルミによれば、犯罪者組織の人間と同じか、それ以上らしいです」
つまり極悪人だということだ。
仮に今回の件と関係が無かったとしても、放置出来る人間ではない。
「でも幸い、ギルドマスターは信頼出来そうで良かったですよ」
これでギルドマスターまでグルだったら、それこそ大変なところだった。
作戦としては、沢山の荷を積んだ俺たちの馬車を囮にして、現れた盗賊を倒すというシンプルなものだ。
盗賊団の強さも規模も分からないけど、討伐隊から逃げている時点で、そこまでではないと判断した。
不意を突かれれば、分からないけど、今回盗賊団の不意を突くのはこちらだ。
ただの商人と侮ってくれれば、負けることはないだろう。
「では、私がギルドマスターに話をして来ます。ソウザの件と偽依頼の件は任せて下さい」
荷を運ぶのはお忍びの良家の若い女性ということにして、護衛はこの町に実在するE級冒険者パーティの名を借りる。
盗賊団にとっては手頃な獲物に映ることだろう。
出発は明日ということにするので、もしソウザが動くなら、今夜の可能性が高い。
***
辺りはもう日が落ちて暗くなってきた。出来れば早めに動いてくれたらいいのだけれど。
ソウザは、パーティメンバーが交代で見張っているので、動きがあれば直ぐに対応出来る。
今は待つことしか出来ないし、リズやクルミはお風呂に行って今はひとりだ。
あらためて自分の身体を見る。熊獣人となったので、以前とはかなり勝手が違う。
(この辺りの毛がめっちゃモフモフなんだよな……)
自分の身体ながら、モフモフしていて癒やされる。身体能力もさることながら、セルフモフモフが出来るのは嬉しい発見だった。
無心でモフモフしていたら、ふと視線を感じて振り返る。
「あ、ああ、何だ……その、覗くつもりはなかったんだが……」
真っ赤な顔で狼狽えるベアトリスさんが立っていた。
え? 何でそんな反応なんですか!?
「そ、そんなことするなら、言ってくれれば……わ、私で良ければ構わないぞ?」
「え? ベアトリスさん、良いんですか?」
「あ、ああ、イソネ殿には世話になっているからな!」
マジですか!? 予想外の申し出に思考が停止する。
「じ、じゃあ遠慮なく……」
ベアトリスさんのグレーの毛並みを優しくモフモフする。前から気になっていただけに感慨もひとしおだ。
「はうっ……そんなに優しくされたら……くっ……そんなところまで……」
ベアトリスさん……そんな声出されたら変な気分になってしまうんですが!?
***
「イソネ殿、これを……」
どうやらベアトリスさんは、俺に何かを渡しに来たらしい。
「ベアトリスさん、これは?」
「頭部と心臓を守る防具だ。希少なミスリルがコーティングしてあるから、魔法にもある程度耐性がある」
「え? そんな高価なもの……でもどうして俺に?」
ベアトリスさんの目が真剣なものに変わる。
「イソネ殿……またひとりで何とかするつもりだな?」
内心ドキッとした。完全に図星だったからだ。
「ふふっ、その顔は図星だったようだな? 大方、今夜盗賊団の拠点に乗り込むつもりなんだろう」
「は、ははっ、何でバレたんですかね」
「仲間を誰よりも大事にするイソネ殿が、いくら勝算が高いとはいえ、囮作戦を素直に実行するとは思えなかったからな」
「……俺ひとりなら、何とかなりますから」
「分かっているさ、止めはしない。だが油断はするな。いくらイソネ殿のスキルでも、即死したら駄目なのだろう?」
そうか……それでベアトリスさんは防具を俺に。
即死のリスクを少しでも減らすために出来ることを考えてくれたんですね。
「なっ!? 泣くな、イソネ殿。ほら、モフモフしていいから」
嬉し涙を流す俺を慰めようと、必死になる彼女の優しさにまた涙してしまう。
もちろんモフモフはしっかりするけどね。
「あ~、疲れた……って何してんだよベアトリス!?」
突然戻って来たレオナさんがモフモフしている俺たちを見て固まる。
「へ? ち、違う!? これはその……」
しどろもどろになるベアトリスさん。
「なんだよ、そういうことなら、俺も協力してやるよ! こい、イソネ」
両手を広げてカモンするレオナさん。
これは行かない訳にはいかなくなった。
両手に花ならぬ両手にモフ。
うわぁ……それぞれ違いがあって素晴らしいね。
「イソネ……ずいぶん楽しそうね……」
「イソネ……手付きがいやらしい……」
はっ!? リズ、クルミ! 違うんだ!?
「ふふっ、実は私もイソネをモフりたかったのよね!」
「クルミもモフモフする〜!」
モフりながらモフられるという、貴重な体験をさせて頂きました。はい。




