英雄VS英雄 前編
「失礼します!!」
奥の広間に入ると、そこにはサラサラのブロンドにブルートパーズの瞳の美丈夫――――おそらくは国王陛下――――とその陛下が霞んで見えるほどの存在感を放つ友人――――紛うこと無き英雄――――カケルくん、そしてコーラルがいる。
「イソネさまあ!!」
コーラルが涙目で抱きついてくる。
「ゴメンね心配かけて」
「イソネさま……マイナさまとミラさまが……!!」
「……うん、わかってる」
「ごめんなさい。何とかしようと思ったんですけど……」
「ありがとう、コーラル 。あとは俺がなんとかするしかない。大丈夫だから」
ぎゅっと抱きしめて頭を撫でると、コーラルは不安げな表情を浮かべながらも渋々席に戻る。
「ほう……そなたがイソネ殿か。英雄さまとコーラルから話は聞いた。数々の偉業には心から感謝している。後日正式な場でそなたの功績を称え、十二分に報いるつもりだ」
「ありがとうございます。国民として当然のことをしたまでです」
「うむ。聞いた通りの好青年だな。マイナとミラの件はすまなかったな。だが、コーラルのことは宜しく頼むぞ。なんと言っても親友の愛娘なのだからな」
もうすべて終わった話だとでもいうように笑う陛下の言葉が、鋭利なナイフのように突き刺さる。
けど……はいそうですかと大人しく引き下がる訳にはいかない。
「やあイソネくん、ちょっとばかり遅かったかもな」
面白そうに様子を見ていたカケルくんがここでようやく声を上げる。
久しぶりに聞くカケルくんの声は相変わらず人を魅了する優しい声色なんだけど、なんだか少しだけ引っかかることを言う。
「え? 遅かったって……どういう意味……?」
「いやぁ実はさ、イソネくんの婚約者だから断るつもりだったんだけど、会ってみたらどうしても嫁に欲しくなったんだ。でも安心してくれ、必ず幸せにするから」
そう言って無邪気に微笑むカケルくんに全身の血が沸騰しそうになる。
衝動のまま飛びかかりたくなるけど、駄目だ、冷静になれ。頭を冷やすんだ。
カケルくんは恩人だ。目先のことで精いっぱいの俺なんかとは違う。世界を救ってきた本物の英雄なんだ。
でも……でもさ……欲しくなった?
何だよそれ!? マイナさんもミラさんもモノじゃないんだよ。
たしかにカケルくんなら幸せに出来るかもしれない。
俺よりはるかに強いし、優しいし、魅力的だし。
勝てる要素なんて一つも無いけど。
他にもたくさんのお嫁さんがいるじゃないかっていうのも、ブーメランになるから言えないけど。
でも……そんなこと言われて、はい宜しくお願いします、なんて言えるわけない。
「……だ」
「ん? 何だい?」
「……嫌だって言ったんだ!!」
「……へえ、そうか……わかった。たしかにイソネくんにもチャンスが無いのは不公平だな。よし、イソネくんが俺に指一本でも触れられたら諦めるよ。いいよね王さま?」
「む……まあ良かろう。そんなことが出来るなら……だが」
国王陛下も渋々認めるしかない。どのみちカケルくん次第なのだから、選択肢など初めからコーナン王国側には無いのだろうけど。
舐めやがって、なんて欠片も思わない。むしろもっと舐めて欲しい。侮って欲しい。カケルくんの強さを知っているなら、それはほとんど不可能と同義だってわかるから。油断してくれるなら願ったりだ。手段なんか選んでいられない。最初が勝負だ……用心されたら……そこで可能性は潰えてしまうだろうから。
「……制限時間は?」
「そうだな……無制限で良いよ。イソネくんが動けなくなるまで思う存分。あ、そうそう、俺は一切のスキルも魔法も使わないし、攻撃もしないから安心して」
カケルくん、君は本当に……優しいよね……残酷なまでに。
「……俺は助かるけど、そんな条件で良いの?」
「もちろん。イソネくんには納得して祝福してもらいたいからね」
くっ、余裕か。
「じゃあ、いつでもどうぞ」
カケルくんが両手を広げた瞬間――――
――――っ!? か、カハッ……い、息が出来ない!? 身体の震えが止まらない。全身から嫌な汗が噴き出してくる。
これが……カケルくんのプレッシャー!? いや……違う、対峙しただけでこれなんだ……。
いや、待ってくれ、こんなの無理だよ……触れる以前の問題だ。情けないけど指一本動かせない。
わかっていたけど……ここまで差があったのか。
「……どうしたイソネくん。君の力はそんなものか? 積み上げた想いはその程度なのか?」
ため息をついて後ろを向くカケルくん。
っ!? 舐めるなっ!!
プレッシャーが緩んだ瞬間に全てをかける。ただビビっていたわけじゃあない。このチャンスを待っていたんだ。
ダメージが通らないのはわかっている。けど、触れるだけなら……チェンジ!!
クラーケンの触手を使った包囲攻撃だ。いくらカケルくんでも……!!
「……遅いな。あくびが出るよ……くぁ……」
「ぐふッ!?」
あくびの振動で吹き飛ばされ壁に激突する。
う、ウソだろ……!? 振り返ることもなく、あくびでこの威力……。
俺……フルパワーだったんだけどな。
心が折れそうだ……いや……自分ためならとっくに折れてる。
思い出せ……俺はいつだって弱かったじゃないか。それでも必死に何とか喰らいついてきた。圧倒的な死の恐怖に比べればなんてことないよ……衝撃のおかげで震えが止まってる。俺は……まだ……やれる。
「うおぉおおおおおお!!!」
集中しろ勇気を燃やせ。ハートは燃えたぎるように熱く、頭は氷のように冷静に。
「へえ……やるね、イソネくん。拍手を送るよ」
「ぐはっ!?」
拍手の衝撃派で吹き飛ばされる。
くそっ……俺は……こんなにも弱かったのか? いや、わかってるさ、カケルくんが強すぎるんだってことは。でも……近づくことすら出来ないのかよ……。
……手足の感覚が無い、全身がバラバラになったような激痛で息が出来ない。
動け……頼むよ。まだ……諦めたくないんだよ。俺はまだ……戦えるんだ!!




