絶体絶命 暗黒竜
マズい……下手をすると、一瞬で殺られる。
いくらチェンジがあるとはいえ、意識を飛ばされたり、一撃で殺されたら意味がない。
そして……目の前の相手は、それを簡単に実行できるバケモノだ……。
迷うな……俺が死んだらみんなはどうなる? 王都やトライデンはここから近い、今はみんなを守ることだけを考えるんだ。
――――チェンジ!!
……え? そ、そんな……チェンジが……効かない!?
そんな馬鹿な、有り得ないよ、だって邪神にだって通用したんだよ? なんでっ!? ヤバいヤバいヤバい……。
『……なんだ矮小な人間……いや吸血鬼か? 我の前に立ちふさがるか?』
うわっ、喋った!! いや……頭の中に直接言葉が響いてくる。念話のようなものか?
……とにかく、話が通じるなら可能性はある。
問答無用に攻撃するつもりなら、俺はとっくに殺されているはずなんだから。
「いや、俺はイソネ、戦う意思はありません。珍しい暗黒竜さまがいらっしゃったんで、ご挨拶をしておいたほうが良いかな~なんて?」
『……ほう? 挨拶とは殊勝なり。我はクロドラ。イソネと言ったか? 気に入った。ちょっと付き合え』
うわあ……まさかの名前持ちとは……激しくヤバい。え……何? もしかして喰われちゃうなんてことはないよね?
「あ、あの……どちらへ?」
『ん? 飲み食いに決まっているだろう? 近くに街はあるか?』
たしか近くに宿場町があったはず。王都やトライデンに連れて行くわけにはいかないからね。
「ああ……飲み食いでしたか。いや、街はありますけど、クロドラさまが街へ行ったら大混乱になると思いますよ……?」
怖い……めっちゃ怖いけど言わなければ。街が大混乱になって飲み食い出来なくなったら、俺が喰われそうだし。
『フハハッ、何を言うかと思えば。安心せよ、我は古代種の暗黒竜。人型になることなど造作もないわ』
『フハハッ、美味いっ!! 中々美味いぞっ!! おい店主、もっと酒を持ってこい、樽ごとな!! フハハハハハッ!!』
すっかりご機嫌な様子で酒と料理に舌鼓を打つクロドラさま。
その艶やかな漆黒の黒髪と地獄の炎のような魅惑的な瞳の美女。その姿を見て、この方が暗黒竜だと思う人はいないだろうね……。店主はデレッデレだし、店内のお客さんも男女問わず目が釘付けになっている。
「あの……クロドラさまはお金をお持ちで?」
次々と運ばれてくる料理の山に少しだけ心配になってくる。竜がお金を持っているイメージもないし、食べ終わったら街を焼き払えば良いとか言われても困る。
『お金? なんだそれは? 美味いのか?』
クッ、鉄板のボケか……。これはワザとなのか素で言っているのか判断できない。だが、確認することなど出来るはずもない。
「大丈夫ですよ、ここは俺がごちそうしますから、好きなだけ食べてください」
『悪いなイソネ、お小遣いが残り少ないので助かる』
……お小遣い……だと!? 竜の世界も世知辛いのか? っていうか、やっぱりワザとだった……。
その後もクロドラさまは食べ続け、飲み続ける。最初の店の在庫が尽きると、また別の店に行ってはしごする。参ったな……お金はともかく、早く王都へ行かないといけないんだけど。
「あの……クロドラさま? 俺、そろそろ……」
『ア゛ア゛!? なんだって?』
「……なんでもありません」
結局、朝方まで付き合わされてしまった……。まあ、美女と一晩お付き合い――――飲み食いしただけだけど――――できたと考えれば安い――――いや……全然安くない件。
『フハハハハハッ、久し振りに外食も悪くないな。イソネ、また付き合ってくれ!!』
そういう意味の付き合ってくれじゃなければ、喜んでOKするところなんだけどね。
あれ……結局、クロドラさまは何をしに来たんだ? まさか奢ってくれる人を探していたわけじゃないだろうし。
「クロドラさまは、何か用事でもあったのですか?」
『ん? ああ、主を迎えに王都コルドヴァへ向かっていたのだ』
……ちょっと待て、主って何? それに目的地が同じなら、最初から王都へ行けば良かったよ……。
「そ、そうですか、クロドラさまも王都へ向かっていたのですね」
『ほう……イソネ、お前も王都へ向かっていたのか? よし、奢ってもらった礼に、我の背に乗せてやろう』
マジですか!? 暗黒竜の背に乗った人間なんて、きっと俺が初めてかも?
『どうした? 安心しろ、我はいつも主たちを乗せているから慣れておるわ』
……初めてじゃありませんでした。
だが待ってほしい、今なら美女の背中に抱き着いてもOKということ。いざ搭乗開始!!
「お邪魔しまーす!!」
むふふ、このゴツゴツした肌触り、全然柔らかくない背中……変身するの早いよ!?
『しっかり掴まっていろよ? なあに王都までなら一瞬だ』
巨大な翼を広げ天空へと飛び立つ暗黒竜の姿に、宿場町は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
だが、そんなことに構っている余裕は俺には無い。
振り落とされないように掴まっているので精一杯。
雲の上まで上昇したところで、ようやく呼吸ができるようになる。
「く、クロドラさま、もう少しゆっくりでお願いします」
『フハハッ、だらしのない奴め。この程度、主なら鼻歌交じりで女といちゃついているぞ?』
嘘だろ……いや、もちろんその主もだけど、女の方もおかしいだろ?
「……あの、つかぬことを伺いますが、もしかしてクロドラさまって、カケルくんを知ってます?」
『知っているも何も、我が敬愛する主そのひとである。何だ、お前は主の知り合いだったのか?』
なるほどね……道理で。そう言えば召喚獣にはチェンジは効かないって言ってたっけ。その時点で気付くべきだったよ。
でも、待てよ。なんでカケルくんが王都にいるんだ?
「でもカケルくん、何で王都にいるんですか?」
『我も詳しくは知らんが、なんでも縁談だとか言っていたな。さすがは我が主、世界征服も近い!!』
え? まさか……マイナさんたちが王宮に呼ばれたのって……?
「クロドラさま、なるべく急いでくれませんか?」
そんなはずないとは思いたいけど、嫌な予感が拭えない。
『……まったく、ゆっくりにしろと言ったり、急げと言ったり注文の多い奴だな……掴まっていろ』
放たれた黒い弾丸のように、音速をはるかに超えたスピードで飛翔するクロドラであった。




