出発の朝 婚約者のスキンシップ
「ええ~、何で私たちも誘わなかったのよっ!!」
クロムウェルと宿に戻ると、リズたちにめっちゃ怒られた。
ええ……だってここ数日毎日、みんなで温泉巡りしていたような。それに今日だって温泉三昧だったじゃない……?
「それとこれとは話が別なのよ。あ~あ、イソネと温泉に入りたかったのにな……む、もしやクロムウェルと二人きりが良かったとか?」
「ほほう……私は構いませんぞ?」
わざとらしく目を光らせる敏腕執事。
冗談でもやめてくれクロムウェル、ほら、リズたちが疑いの目で見てるからっ!!
「冗談はさておき、この時間でも営業しているとっておきの貸し切り温泉がありますから、皆さまで楽しんで来てはいかがですか?」
まてまて、俺はもう温泉はお腹いっぱいなんだけど……。
「それは素晴らしい考えね。イソネ、さあ行くわよ!!」
みんなに担がれ運ばれてゆく俺。
拒否権はないらしい……温泉ゾンビになりそうだね。ははは……。
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今日は朝から忙しい。お昼には出航するので、関係各所へのあいさつに回らなければならない。短期滞在だったけれど、いろんな人々と縁が生まれたからね。なんだかすでにこの街がホームみたいな気持ちになっているんだよね。
「えっ、もうそんな時間?」
冒険者ギルドへ、ギルドマスターのリッカさんを迎えに行くと、仕事の真っ最中だった。
「大丈夫なんですか? ずいぶんお忙しそうですけど?」
「いや、丁度終わったところ。どうせ用意するものもないし……行きましょうか」
二人で冒険者ギルドを出る。
そういえば、カケルくんに会いに行くからギルドマスターを辞めるって言ってたよね。引継ぎを一日で終わらせるとは、さすが超高性能オートマタ。
それにしても、何度見ても本物の人間にしか見えない。いや、人工であっても、生命体なんだから、ある意味人間だと思っても良いのかな?
「……どうしたの? 悪いけど私は駆さまに恋い焦がれているから。諦めなさい。でも、頭に穴をあけて駆さまの記憶にアクセスさせてくれたら、揉ませてあげても良い」
じっと見ていたら、告白したわけじゃないのに振られてしまった……。え? アクセスさせたら揉んでいいの? くっ……いや待てこれは罠だ。どうせ肩を揉ませてやるとか言うんでしょう? いやいや、それ以前に頭に穴開けるとか怖すぎ無理過ぎ……。
「そ、そうなんですね、いや、結構です。それよりお願いしていた件、何かわかりましたか?」
実は、リッカさんには俺とリズの両親の情報を集めてもらっていたのだ。王都へ行くなら、山越えでなければ、必ずコルキスタを経由するはずだからね。引継ぎで忙しいのに、本当に申し訳ないです。
「ええ、色々とわかった。コルキスタにも滞在しているわ。あとで詳しく教えてあげる」
「ほ、本当ですかっ!? あ、ありがとうございます、リッカさん」
おおお、今まで全くと言って集まらなかった情報が、やっと手に入るよ。となると、王都へ行ったのは間違いないのかな? 早くリズにも聞かせてあげたいよ。
「……ところでイソネ、行く先に帝国兵が多数待ち構えているんだけど、何か心当たりは……?」
え……? 帝国兵? まだ俺の目には見えないけど、そんなこともわかるんですね……すげえ。でもそれってもしかして……。
「……心当たりが無くもないです」
「戦闘になりそう?」
「あ、いえ、大丈夫だと思います」
「……待ちくたびれたぞ、イソネ」
ギラギラとしたアメジスト色の瞳が印象的な美女……言わずと知れたリアン殿下だ。え……何で待ってたの?
「イソネさま、殿下は、宿舎に会いに行ったのに留守と聞いてずっとここで待っておられたのです。大変お可愛いのです」
「や、ヤミ、キサマ余計なことをっ!! 違うぞ、行き違いになったら面倒ゆえ……」
少し顔を赤らめるリアン殿下。あれ? このお方こんなに可愛い人だったっけ?
「あの……お待たせしたのは申し訳ないのですけど、何かあったのですか?」
実は、コーナン王国の海軍大臣であるネイビス侯爵とリアン殿下は、ひそかに同盟を結んだのだ。このコルキスタで情報と戦力を集めながら、反攻の時期を待つという話だったはずだけど……?
「……私も一緒に行くことになった。よろしくなイソネ」
え? 一緒に行くって、どこへ誰と?
「なんだその顔は? イソネ、お前と旅ができるなんて楽しみだ」
聞いてないんですけど、え、決定事項?
「むっ!? 嬉しくないのか? まったく贅沢な奴だ、もちろんヤミも一緒だ、安心しろ」
いやいやそういう問題じゃないんですけど……そうかヤミさんもって違うよっ!!
「り、リアン殿下、イソネさまが困ってらっしゃいますから~……」
真っ赤になって照れるヤミさん。まったく可愛くて困るじゃないか。
「イソネ殿、申し訳ない。殿下がどうしてもとおっしゃるので……」
申し訳なさそうに頭を下げる副官の苦労人ギース。君には苦労かけるね。でもわかるよ、俺だって、何一つ言い返せないんだからさ。ははは。
「でもリアン殿下と旅が出来るなんて嬉しいですよ。よろしくお願いします!!」
「うっ……そ、そうか……嬉しいのか。ほ、ほれ、早くしないか!! 婚約者同士ならするのだろう?」
先程よりもさらに顔を赤らめて手を差し出すリアン殿下。
はい? 何をするんでしょうか? あ、あれか!! 手の甲に口づけるやつ?
『……イソネさま、ハグですよ、ハグ。握手から抱き寄せて抱きしめる、帝国流のスキンシップです』
……全然違った。いきなりハードルが高い。帝国恐るべし。
だけど、ここまで来て断れる雰囲気ではないし、リアン殿下に恥をかかせるわけにはいかない。
細かい作法はわからないけど、手をとり、甲へ口づけると、抱き寄せてから抱きしめる。
俺は天下の公道で、衆人環視の状況で一体何をしているのだろう。
「い、イソネ……そ、そろそろ恥ずかしいのだが!?」
いかん……殿下のやわらかさと高貴な匂いをついつい堪能してしまった……。
「イソネ、お前、いつもこんなことばっかりしているのか?」
心底呆れた様子でジト目をむけてくるリッカさん。
そんなわけないでしょう……いや待て、自信が無くなってきたぞ……。




