帝位へのハードル
「という訳で、ヤミさん、ギースを連れて来たから」
降伏したギースを連れてヤミさんに報告する。勝手なことをした自覚はあるけど、優秀な副官はやはり得難いもの。
根っからの悪党というよりも、生き残るための選択をしていただけのようだったからね。
実際、リアン殿下をどうやってバレないように逃がすか苦慮していたみたいだし。
「……そうですか。それについては、私が判断することではありません。リアン殿下がお会いになるそうですので、こちらへどうぞ」
ヤミさんは至って無表情で、ギースのことをどう思っているのかは、わからない。
でも、リアン殿下か……どんな人なんだろう?
「……そなたがイソネか? ヤミから報告は受けている。期待以上の働き。さすがはS級冒険者だな。報酬は弾ませてもらうよ」
燃えるような紅い髪が西日を受けてキラキラと輝いている。アメジスト色の瞳は知的で落ち着いた輝きを――――って、ちょっと待って。
えっ!? リアン殿下って女性だったの? てっきり皇子さまだと思っていたんだけど……。
「……? どうした、私の顔に何か付いているか?」
「いえ、報酬については、お気になさらず。その資金は、帝位を取るためにお使い下さいますよう」
決して超美人さんだからじゃないからね? これはリズもちゃんと了承済みだから。
「ほう……なるほど、報酬は、私の信用ということか。承知した。だが、何もしないというのも立場上難しい……ふむ……ヤミをやろう」
「ふえっ!? で、ででで殿下っ!? な、ななな何を……」
「ハハハッ、冗談のつもりだったのだが、ヤミのこんな取り乱した様子は初めて見たぞ。ふふふ、どうやら満更でも無さそうだな、今は無理だが、考えておく」
何だか勝手に話が進んでいるような気がするけど、きっと気のせいだろう。
「それから……ギース!!」
「は、ははっ!!」
問題はリアン殿下が、ギースをどうするかだよな。実際に命を落とす可能性もあったのだから。作戦も邪魔されて、腸が煮えくり返っているだろうし。
「ギース、お前に会わせたいものがいる。入れ」
リアン殿下の合図で妙齢の女性が入ってくる。誰だろう?
「し、シンシア!? なぜお前がここに?」
「兄上のことだ、お前の婚約者を人質にでもするつもりだったのだろうが、こちらの方が上手だったということだ。将来的にお前を寝返らせる切り札として用意していたのだが、もうその必要もないようだからな」
「で、殿下……ありがとうございます……そこまで考えてくださっていたのですね……」
「ふん……当然だろう? お前のような優秀な副官はそうは得られないからな。これからも頼むぞ」
「はっ、身命をとして、必ずや殿下を帝位に……」
さすが優秀な副官ギース。涙ながらに美しい土下座を決める。うん……この世界の土下座普及率凄いな……。
ひとまず、一件落着となるかと思ったんだけど……。
「ふむ、だがギース、私が帝位につくためには、もう一つ大きなハードルがある」
「わかっております。皇配の問題ですね」
こーはいって何だろう? そこはかとなく嫌な予感がしないでもない。
「イソネさま……帝国では、女性が帝位に就く場合、あらかじめ夫、つまり皇配を定めておく必要があるのです」
ヤミさんが簡単に解説してくれる。ああ、皇配ね。
「なるほど。でも何か問題あるんですか? 皇族ともなれば、許嫁ぐらいいらっしゃるんじゃ?」
「ハハハッ、イソネ、ところがそう簡単な話ではないのだ。帝国は実力至上主義ゆえ、皇配には皇帝に匹敵する実力が要求される。私自身が強ければ問題ないのだが、私は戦闘方面はからきしだからな」
「ちなみに、今の皇帝陛下は強いんですか?」
「強い。歴代の皇帝の中でも最強との声もある。しかも、帝位最有力のギリム兄上は、その父上よりも強いかもしれん……そんな化物と戦う羽目になるのに婚約者など見つからんよ」
諦めたような、悟ったような表情で苦笑いするリアン殿下。
いくら殿下が美人でも、たしかにそんなハイリスクなら見つからなくても無理ないですね。
「ふふっ、ですが、リアン殿下、朗報です。お相手にこれ以上無い最適の人物が見つかりました」
「おおっ!! でかしたギース。して、その者はどこに?」
……おめでとうございます……と言いたいところだけど、すげえ嫌な予感がする……。ギースさん、信じてますよ?
「ハハハッ、先程から殿下とお話しているではないですか。イソネ殿ですっ!!」
くっ、ギイイスウウウゥッ!!! 俺はもういっぱいいっぱいですよ? リアン殿下素敵ですけど、めっちゃ可愛いですけど。
「ほほう……たしかに盲点だったな。うむ……顔も好みだし、強さは申し分ない。それに、ヤミもそのほうが喜ぶだろうしな、クククッ」
「でしょう? それに、『問題ない。ギリム殿下がどれほど強くても、俺には絶対に勝てないからね』とおっしゃっておりました」
ぐはぁっ!? もうやめてギース。たしかに言ったけど、一言一句再現されると恥ずかしいから止めてっ!!
「そうか、そうか、あの兄上に……気に入った。イソネ、今からお前は、私の婚約者だ」
あの……俺の意志とか関係ないんでしょうか?
「諦めろイソネ殿、リアン殿下を帝位に就けると豪語したのは他でもないお主なのだからな」
ぐっ、たしかに言いましたね。他に手段も無さそうだし。うーん。
「あの……俺、他にもたくさん婚約者いるんですけど……?」
皇配ともなれば、さすがにマズイよね?
「問題ない。むしろ強者のステータスでもあるからな。そう言う意味でもこれ以上無いほど理想的だ」
駄目でした……最後の逃げ道も塞がれてしまった……。
「……わかりました。俺で良ければ、力になります。ええ、こうなったら絶対に皇帝にしてあげますからね!!」




