魔眼のヤミ
リアン殿下の命を受け、冒険者ギルドへ急ぐ。
くっ、私が付いていながら、何たる有様だ。まさか連中がここまで直接的な行動に出るとは思っていなかった。完全に読み違えた。少々敵を買いかぶり過ぎていたのかもしれない……。
皇帝陛下の勅命を受けての作戦ということで、少なくとも作戦中は仕掛けてこないと踏んでいたのだが……まさか……皇帝陛下もろとも暗殺するつもりか……?
考えすぎ……いや、ここまで大胆な計画を実行するのであれば、当然そこまで考えているはず。
となると……ここを凌いだとしても……帝国は……荒れるな。
なまじ殿下が優秀であったが故に焦ったのだろうが、愚かな連中だ。
今夜、何が起ころうとも、この命に代えても、殿下は守り抜く。必ず。
……ここがこの街の冒険者ギルドか。まるで宮廷のような豪華さだな。
さすがに王族・貴族御用達だけあって、冒険者のレベルも高い……ゴロツキのような連中が一人もいないな……いや、いることはいるが、こいつらはおそらく海賊団所属の冒険者だろう……さもありなん。
今回の依頼は、殿下の命がかかっている。おそらく海賊団……場合によっては、この国の海軍ともやり合う羽目になる。正直なところ、難易度はA級、A級冒険者でなければ、難しいかもしれない。
運よく上級冒険者が見つかると良いのだが、B級ならば、人数が欲しいところだな。
「ようこそコルキスタの冒険者ギルドへ!!」
男ならば一目で骨抜きにされそうな容姿端麗さと、あざといまでの深い切れ込みの制服。女の私ですら、視線が誘導されそうになってしまう。これは危険な場所だな。
「……とある貴人の警護を頼みたいのだが、最高ランクの冒険者を紹介してほしい。もちろん報酬は言い値でかまわない」
「か、かしこまりました。ですが、有名どころはほとんど契約済みですので、ご期待に沿えるかどうか……」
まあ、そうだろうな。ここは世界屈指の静養地。高ランク冒険者も多く別荘を構えている土地だが、高ランクともなれば、仕事の選り好みが出来る立場、仮に手が空いていたとしても、受けてもらえるかはわからない。
「とりあえず頼む」
「では、調べてまいります。しばらくお待ちください」
丁寧に礼をして席を立つ受付嬢。くっ……谷間を見せるのは私に対する嫌味なのか? 言っておくが、隠密として任務をこなすのにそんなものは邪魔でしかない。
さて……待っている間に、鑑定を始めるか……。
私の鑑定眼は、いわゆるスキルではなく、いわゆる生まれつきの魔眼だ。それゆえ警戒されることなく、調査を行うことが出来る。額にある第三の眼、それが魔眼の正体。
私はこの異形の眼のせいで、迫害され、殺されるところを殿下に救われた。だからこそ、この眼は殿下のためだけに使うと決めているし、知っているのは殿下だけだ。
額に巻いた特殊な素材で出来た布は、第三の眼の視野を妨げない特注品だ。
第三の眼を開くと見えている景色が変わる。
両目を閉じて意識を額に集中させると、強い個体ほど、赤が強くなり、弱いと青く見える。
強い弱いの基準は、私だ。戦闘特化タイプではないが、それなりには戦える自負はある。私を基準にするのは厳しいかもしれないが、少なくとも同等の力がなくては話にならない。せめて特殊なスキルや魔法を使えるならば話は別だけれども。
……やはり、そう簡単には見つからないか……。
赤はもちろんだが、同等レベルの黄色すら数えるほどだ。他に居なければ、声をかけてみようと一応リストアップしておく。強さとは、冒険者ランクだけで測れないことは良く知っている。そもそもA級まで上り詰めるような連中は、新人の頃から突き抜けている。単に経験と実績が足りないだけなのだからな。
「イソネ、ほらもっとくっ付いて良いんだぞ?」
……チッ、ギルド内で堂々とイチャイチャか……まったく羨まし……いや、けしからん。
――――って、な、何だとっ!?
チラリと見てみれば、イチャつきながらやってきた男女の集団、全員真っ赤じゃないか……!?
特に真ん中の男……あんな化け物……初めて見たぞ。
実は赤が上限を突破すると紫色になるのだが、あの男はそれすら超えて、もはや黒に近い紫だ。
自然と体の芯が震える。生物としての圧倒的な差に怯えているのだろう。
慌てて鑑定眼を閉じる。このまま直視していたら動けなくなってしまうから。
――――見つけた。圧倒的な力を持った者たちを。
どんな手を使ってでも良い。なんとしても彼らを雇いたい。もしかしたら冒険者でないかもしれないが、そんなことは些細な問題だ。
チャンスは一度きり、失敗は許されない。こういった場合、ほとんど第一印象で決まると言っても過言ではない。出し惜しみはしない。最初から切り札を使う。
――――『ジャンピング・トルネード・スライディング土下座っ!!』
私は助走をつけて宙を舞う。難しいのは、空中姿勢もさることながら、着地のタイミングと、角度だ。
着地姿勢が乱れたり、頭の向きが僅かでもずれていたら、印象は最悪、いわば諸刃の剣と言えるであろう大技だ。
「お願いしますっ!! どうか、どうか話だけでも聞いていただけませんかっ!!」
スライディングによって、擦り切れた膝が痛むが、我ながら完璧な着地と角度だ。すでに切り札は使ってしまった。頼む。話だけでも……。
額を床に擦り付けながら、祈るような気持ちで、返答を待つヤミであった。




