もうひとりのS級冒険者
「ようこそ、コーラル=ネイビス嬢。火急の案件とはいかに? ああ、この者たちのことは気にしなくて良い。全員関係者。信頼のおける者ばかり」
……あれ? 幻覚が通じて無い? さすがS級……恐ろしい。
バレているなら仕方ない。イリュージョンを解除して、本来の姿に戻る。
「まあ待てリッカ、コーラル嬢も正体不明な者たちが居ては話し辛いだろう。私はティターニア、ネストの冒険者ギルドでギルドマスターをやっている」
「私はレムス、同じくセバスの冒険者ギルドのギルドマスターですよ」
エルフの美女と獣人の男性はギルドマスターだったのね。そうか……この時期は、王都の総会が開かれるのでしたね。
「俺はイソネ、S級冒険者で商人です」
そして最後の青年が……なるほどS級冒険者……ってS級っ!?
「あ、あの……国内では、リッカさまが唯一のS級冒険者だと聞いておりましたが……?」
「ああ……イソネはつい先ほど、誕生したばかりのS級冒険者。それで用件は?」
そっけなく教えてくれるリッカさま。なるほど、それでギルドマスターが三人集まっていたのですね。
「はい……実は、海軍大臣である私の父の様子がおかしいのです。まるで別人のように変わってしまって。今夜の晩餐会でも、何か良からぬ動きをしているようで……背後にある陰謀を捜査していただけないでしょうか?」
ここで断られたら、もう打つ手は残っていない。お願い……。
「……断る。私は政治には興味が無い。直接このギルドに火の粉がかかってこない限りは、干渉するつもりはない」
あっさりと拒否されてしまった。わかっていたが、ここまで完璧に拒否されるとどうしようもない。でも……だからといって、諦めるなんて出来ないのよ。
「お願いしますっ!! どうかっ!! 何でもしますっ!!」
異世界から伝わったとされる伝統的な最上級のお願い『土下座』をする。額を床にすりつけて相手に無防備な頭と背中をさらけ出す。
「……顔を上げなさい」
「で、ですがっ!!」
「……私は断るが、この三人は力になってくれるらしい」
「……へ?」
思わず顔を上げると、ティターニアさまが微笑みながら手を差し出す。
「すまなかったな。元々ネイビス海軍大臣の調査はするつもりだったんだ。その話し合いをしていたら、当事者の娘がやってきたものだから、少し様子見させてもらった」
そう……だったんだ。やっぱり、何か悪いことに関わっていたのね。なんてことでしょう……。
「信じたくないかもしれないが、ネイビス海軍大臣は、このコスキスタを舞台に、大規模な人身売買と闇取引に関わっている。バックには、広域海賊団『黒の海竜』、そして、どうやらゲルマニア帝国の影がちらついているんだよね」
「そ、そんな……」
レムスさんの言葉はとても信じられるものではなかった。あの厳格で正義感が強い父が、そんなことに加担するとはとても信じられない。
「コーラルさん。ネイビス海軍大臣は、おそらく隷属の首輪か首飾りで操られている可能性が高い。大丈夫、必ず真実を明らかにして、悪い奴らだけを潰す。悪いようにはしないつもりだから」
S級冒険者のイソネさまの言葉が心に沁みる。
上辺だけではない。本気で言っているのがわかるから。
嬉しくて気が付けば、イソネさまに抱きついてしまっていた。
「あ、あの……コーラルさんっ!?」
あわわわ……どうしよう、こんなことはしたなくて、恥ずかしくて顔を上げられない。どうしようもなくて、力いっぱいしがみつく。どうせこのままだったら、顔も知らない男のところへ嫁ぐ羽目になるのだから……せめて、今だけは、このままでいさせてください。
「……イソネはいわゆる女たらしなのか?」
「リッカさん、言い方っ!?」
慌てているイソネさまはとても可愛らしい。どうしましょう。本気で好きになってしまいそう。
「はははっ、コーラル嬢、イソネに惚れるのは仕方が無いことだが、私の夫でもあるのだ。そろそろ交代してくれないかな?」
え……ティターニアさまの旦那さまだったのですね。ですが、私とて貴族の令嬢、妻がもうひとりいても気にしません。
「コーラル嬢、早めに言っておくけど、イソネくんは奥さんたくさんいるよ?」
「レムスさん、何だか話がおかしな方向に行ってますよっ!?」
た……たくさんっ!? うう……どうすれば。とりあえず結論は保留よ。今はお父さまのことを解決しないと……。
「ま、まあ、とにかく、コーラルさんは、予定通り今夜の晩餐会に出席してください。俺たちも参加しますから、ご心配なく」
詳しくは教えてもらえなかったけれど、どうやらすでに調査はかなり進んでいるらしく、今夜のうちにケリをつけるつもりなのだとか。
でも……勇気を出してギルドに来て良かった。少なくとも強力な味方がいることがわかっただけで心強い。何が出来るわけでもないけれど、サリだけは守り抜かなければ。
お父さまに関しては……イソネさまは、操られていると言ってくださったけれど、そうではない可能性だってある。私なりにしっかり覚悟を決める必要がある。
このままでは、お父さまは、完全に国家反逆罪。死罪は免れないし、おそらくは私も……。
どんな結末が待っていようとも、責任ある候爵家の令嬢として、気持ちを強く持たなければ。




