深窓のコーラル
「お父さま、一体どうなされたのです?」
「……何のことだ? お前は決定事項に黙って従っていれば良い。下がりなさい」
「――――っ!? で、ですがっ!?」
「くどい!! 私はこれから重要な公務がある。お前は今夜の舞踏会、しっかり準備をすすめなさい」
お父さまはまったく聞く耳を持っておられない様子で、話が終わると執務室から追い出されてしまった。
やはりおかしい……。厳しくとも、あんなに優しかったお父さまが……。
「お嬢さま、お話はもう終わられたのですか?」
侍女のサリが心配そうに廊下で待っていてくれた。
サリは小さな頃から面倒を見てくれていて、唯一、心を許せる存在。
「ええ……実はね――――」
「お嬢様、場所を変えましょう。誰の耳に入るかわかりませんから」
それもそうだ。特にこの別邸には信用出来る人間が居ないのだから注意しなければ。
「実はねサリ、お父さまから、外国へ嫁げと言われたの……」
自分の部屋に戻ってから、サリに先ほどの件を話し始める。言いたいことがたくさんあって、気持ちが溢れてしまって、そんなつもりはなかったのだけど、涙が止まらなくなってしまった。
「そ、そんな……酷いことを……以前の侯爵さまでしたら絶対にそんなことを言われかったはず」
そう、サリもお父さまがおかしくなっていることを疑っている。
「やっぱりサリもそう思うでしょ? そもそも海軍大臣の娘が外国に嫁ぐなんて前例もないし、友好国ならともかく、あのゲルマニア帝国よ? 野蛮で、仮想敵国でもある国へどうして急に……」
ゲルマニアは、周辺の小国を次々と併合し、その版図を拡大し続けている。次に狙われているのは、我が国だと警鐘をならしている者も多いのに。ひょっとしたら、お父さまの変貌と何か関係があるのかしれない。弱みを握られているとか? 最近ガラの悪い連中が増えたのも気になっているのよね。
「……お嬢様はどうするおつもりなのですか? 私は、どこまでも付いてまいります」
ありがとう……私だけならともかく、サリにまで不幸な想いをして欲しくはない。だから……。
「冒険者ギルドへ行きます。そして、この国唯一のS級冒険者にこの件の調査を依頼をするのよ」
「まさか鋼鉄のリッカに依頼するおつもりですか? しかし、彼女は……」
「わかっているわ。難しい交渉になることぐらい。でも、侯爵であり、現役の大臣を捜査出来る特権を持つのは、S級冒険者だけ。それぐらいしか方法がないのも事実でしょう? それに……もう時間がないの。今夜の舞踏会で、嫁ぎ先のゲルマニア貴族とお見合いしなければならないのだから」
場合によっては、そのまま国外へ行かされる可能性だってあるのだから、今できることは全部やっておきたい。後悔はしたくないのだ。
「……かしこまりました。ならば、私がお嬢様の身代わりとなって、留守を務めましょう。具合が悪いと言い張れば、しばらくは誤魔化せるかと存じます。お嬢様は、大変恐れ入りますが、私に化けてくださいませ。衣装を着替えますか?」
「む……いいえ。スキルを使うから必要ないわ」
私のスキル『イリュージョン』は、幻覚を見せる精神干渉系スキルだ。あまりにかけ離れた姿、たとえば巨大なドラゴンのような場合は、大変だけど、背格好がほとんど同じで、知り尽くしているサリの姿に見えるようにするならば容易い。
ただし、サリのまるで大玉のメロンのようなブツは簡単には真似できない。チッ。私が小さいんじゃなくて、サリのが大きすぎるのよ。
******
別邸を出て、町の中心部を目指す。当然私がサリに化けているなんて誰も気付かない。
触られてしまうと幻覚は解けてしまうけれど、この街で有名な侯爵家の侍女に手を出す不埒な人間など、ここにはいないから安心だ。
「……ギルドマスターのリッカさまをお願いしたいのだけれど」
「申し訳ございません。ギルドマスターは、ただいま来客中でございまして……」
深々と頭を下げる受付嬢。くっ、前から気になっていたけれど、ここの制服ちょっと際どすぎるのではないかしら? 何だか谷間を見せつけられているみたいで腹立たしいんですけどっ!!
「候爵家からの火急の要件と伝えて下さい」
「わ、わかりました。少々お待ち下さい」
あまり家の威光を使いたくはなかったけれど、仕方ありません。
「お待たせいたしました。案内いたしますので、こちらへ」
良かった……どうやら会ってはもらえるみたい。
でも、話を聞いてもらえるかは別。リッカさまは、基本的に魔物退治以外の依頼は受けないと聞いている。ましてや多忙なギルドマスター。
お金は可能な限り用意したけれど、金銭や地位には全く興味を示さないらしい。
「ギルドマスター、ネイビス候爵家のサリさまをお連れしました」
「……どうぞ」
中から無感情な返答があって、扉が開かれる。
部屋の中には、リッカさまだけではなく、他にも何人かいる。そういえば来客中って言ってましたね。
人族、エルフ、獣人……全員ただ者ではない。幼少のころから社交界や軍で鍛え上げられているから、人を見る目だけは自慢できる。一体何者なのかしら。
「ようこそ、コーラル=ネイビス嬢。火急の案件とはいかに? ああ、この者たちのことは気にしなくて良い。全員関係者。信頼のおける者ばかり」
……あれ? 幻覚が通じて無い? さすがS級……恐ろしい。
バレているなら仕方ない。イリュージョンを解除して、本来の姿に戻る。
さて、どうやって話をしたら良いものかしらね。




