英雄は押しに弱いのです
「お待たせしました。今、縄をほどきますね」
部屋にいた仲間を全員物理的に黙らせると、ワルドがこちらに向かってのしのし歩いてくる。
え? 怖い……私どうなってしまうの? 何するつもり?
ワルドは熊のような大男。少しでも力をこめれば、私の身体などひとたまりもないだろう。今更になって恐怖で震えが止まらなくなる。
「うーん、この太い指じゃやりにくいな……戻るか」
何やらぶつぶつ唱えると、ワルドの身体があっという間に別人の姿に変わる。
え? カッコいい……あれ? この人……たしかミラさまと一緒にいた……。
「大丈夫ですか? イソネです。助けに来ましたよ」
そ、そうそう、イソネさま。たしか英雄さまだとか言っていたけど、本当だったんだ……。きゃっ♡
「私は大丈夫です、それよりマゼンタが……」
ずいぶんぐったりして意識が無い様子だったし、心配だ。
「ああ、あれは偽物ですよ。中身はマルコです。ほら!」
マゼンタを見ると、そこにいたのはたしかにマルコだった。
「え? じゃあ、あそこで気を失っているのは……?」
ワルドに殴られて壁にもたれかかって気絶しているはずのマルコは、熊のようなワルドだった。もう意味がわからないんですけど。
「あはは、俺のチェンジスキルは、身体を自在に入れ替われるんですよ」
な、なんですって!? そんなことが……?
「あの、イソネさま、お願いがあるんですけど……」
「やったああああ!! あははははは!! これでもう私に欠点は無くなったのね!」
イソネさまにお願いして、マゼンタの身体と入れ替えてもらった。ふふふふ、この豊満なボディ……ちょっと邪魔だけど、これなら身体のラインが出るドレスも着れるわ……。
「いや、シアンさん、まさかずっとそのままでいるつもりなんですか?」
「そんなわけないでしょう? 明日の晩餐会までよ。それとも胸だけ大きく出来るスキルとかあるんですか?」
「えっ!? いや、残念ながら……いやまてよ、カケルくんならもしかして……?」
「ええっ!? もしかしてあてがあるのっ!? お願い紹介して!!」
「あ、いや、多分断られますよ。あの人筋金入りの絶壁マニアだから、命懸けで守ろうとするはず」
くっ、よくわからないけど、一筋縄ではいかなそうね……。
「でも、勿体ないですよ。シアンさんそのままの方が魅力的なのに……」
え? 魅力的? 私が? そんなこと言われたこと無いんですけど!? え? もしかして英雄さまに口説かれているの? そんな……もちろんOKに決まっているじゃないですか。このままお持ち帰りします?
結局、元の姿に戻ったわ。だって、英雄さまがこっちの方が良いっていうんですもの。ふふふ。
「……イソネさま、あの、御礼がしたいのですが……」
英雄さまと二人きりなんて、こんなチャンスもう絶対にない。逃すわけにはいかない。足がふらついたように見せかけて、イソネさまに抱きつく。
「シアンさんっ!? 大丈夫ですか? ポーション飲んだ方が……」
「……それなら、口移しで飲ませてください……」
「……へっ!? く、口移し?」
クククッ、どうやら押しに弱いタイプとみた!! 伊達に捜査官やってないのよ。
「……イソネさん、お待たせ……シアン? 何してるのかな~?」
ちっ、ミラさまが来やがったか……残念無念。
「ちょっと体調が悪くてイソネさまに介抱してもらっていたのです」
満更ウソでもない。恋の病に冒された私は重症患者……なんちゃって。
「はい、ヒール!! 治したわよ」
くっ、あっさり全快されてしまった。まったく、これだから天才は嫌いなのだよ、天才は。
「……なんだか元気そうですね。心配して損しました」
いやいやマゼンタ、結構ヤバかったんですからね? 今はちょっとハイになっているだけだから。まったくこれだから牛女は嫌いなのだよ、牛女は。
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「とりあえず、全員奴隷契約完了です。一網打尽にしたいので、ワルドたちには、このまま予定通り行動してもらうことにしましょう。それでいいですか?」
「わかりました。しかし、さすが英雄さま、何でも出来るのですね……」
あの……シアンさん? 近いんですけど、当たってますよ、あまり分かりませんけれど。言ったら怒りそうだから言いませんけど。
「そうよ。イソネさんはすごいんだから……」
あの……ミラさん? 対抗しないでも良いんですよ? あああ、当たってます。残酷なまでに差が浮き彫りになるから止めてあげてもらっていいですか? もったいないから言いませんけど。
「……よくわかりませんが、すごいですね」
あの……マゼンタさん? とりあえず混ざっとけみたいなの必要あります? いや別に良いんですけどね。何がとは言いませんけど、すごいですね!!
……あれ? 何の話をしようとしていたんだっけ?
「そういえば、イソネさん、黒幕の話ですけど……」
ああ、そうそう、黒幕の話だった。
「海軍大臣のネイビス……でしたっけ?」
「そうよ、国内の武闘派貴族の元締めで、他国との黒い結び付きも噂されている侯爵家当主」
眉間にしわを寄せるシアンさん。思案顔も可愛いですね、なんちゃって……。
「……ごめんなさい」
「……え? 何が?」
ということは、やはり黒の海竜は、海賊の皮を被った海軍なのか……? あるいは、WINWINの関係なのか?
とにかく思っていたより厄介そうな相手であることは間違いない。まさか取り締まる側のトップが黒幕とは出来過ぎだよ。
「念のため、シアンさんとマゼンタさんは当面姿を変えてもらいますね。無事だとばれると、また襲われるだけではなく、警戒されてしまいますから」
とにかく見かけ倒し兄弟に加えて、七武幹『絶壁のワルド』が手駒になったのは大きい。変態だけど。
「イソネさん、とっとと帰って、続きをするわよ!!」
ミラさんに手を引かれて外へ出る。
「ちょっと、ミラさま、作戦会議は?」
「……チッ、仕方ないわね。来なさい」
今……舌打ちしなかった!? ミラさん?




