出航 次なる寄港地へ
今朝は幸い好天に恵まれ、どうやら予定通り出航出来ると船長から連絡をもらう。
ここセバスに滞在したのは、二日程度に過ぎないのだけれど、すっかり愛着が湧いてしまった。少しだけネスタの町に雰囲気が似ているからだろうか?
「英雄イソネ殿、最後まで世話になりっぱなしだったな。また寄ってくれ」
領主で町長のグラッドさんが見送りに来てくれる。ライトニングと結婚するなら、俺の義理の叔父さんになるんだよね。
「こちらこそ、お世話になりました! 必ず顔を出すようにします!」
「おう、ライトニングを頼んだぞ」
「任せてください!」
拳と拳をぶつけ合う。
「イソネさま、助けてくれてありがとう。僕、頑張ります!!」
アズライトの力でテイマーとしての才能が開花したトーラ少年の頭を撫でる。
「頑張れよトーラ、トンネルの開通楽しみにしているよ」
他にも少なくない町の人々が見送りに集まってくれている。
「イソネ、美女がお前に用があるみたいだぞ! ムフフ……」
ティターニアさんの案内でやってきたのは、猫耳の獣人女性。誰だ? 全く知らないんですけど……!? ええっ、こんなきれいな人、忘れるわけないよね?
「初めまして、冒険者ギルドのサブギルドマスター、リナリーです」
ああ、昨日、ティターニアさんが言っていた女性だ。良かった……心臓に悪いよ。
「初めまして、イソネです。昨日はお騒がせしてしまってすいませんでした……」
「ふふっ、良いのですよ、おかげでずっと欲しかったものが手に入ったのですから」
ずっと欲しかったもの……レムスさんのことかな? 肉食獣のような眼が少しだけ怖い。
「それで、俺に何か?」
しばらくは離れ離れになるんだから、レムスさんの所へいった方がいいんじゃないかな? 余計なお世話かもしれないけど。
「もし、レムスが旅先で浮気をしそうになったら、半殺しにしても構いませんので、阻止してください。こんなこと、英雄さまにしか頼めなくて……」
いやいや、普通は英雄に頼まないんじゃないの? 何? 英雄って便利屋とか探偵なんだっけ? 正直御守りみたいで気が進まないな。ここはきっぱりと断ろう。レムスさんを信じて欲しいと伝えるんだ。
「どうかお願いします……私にできることなら何でもしますから」
「……わかりました。俺にできる範囲で全力を尽くすと約束しますよ」
うん、わかってた。俺が女性の頼みを断れるはずがないって……。違うからね? 別に何でもしますっていわれたからじゃないからね?
「わあっ!? 本当ですか!? ありがとうございます~! 何も出来ませんけれど、モフって良いですから。この辺とか気持ちいいですよ?」 」
くっ、英雄を馬鹿にしないでほしい。それじゃあまるでモフるためにお願いを聞いたみたいじゃないか……。
「うわあ……めっちゃもふもふしてる!! もふもふ! もふもふ!」
「……イソネ、ずいぶんご機嫌だな? そんなにリナリーの大事なところが気持ちいいのか?」
しまった……つい夢中でモフってしまった。ティターニアさん、言い方っ!!
「ふふっ、まあ安心しろリナリー、あいつはモテるが女好きじゃあない。ずっと女に興味がないのかと心配していたぐらいだからな」
まあそうだったのかもしれないけれど、それは単に貴女に一途だっただけなのでは?
「……ティターニア、貴女に言われたくはないけれど、たしかにそうだわ。でも私が心配しているのは、向こうからちょっかいかけられたらってこと。レムスは無駄にモテるから……」
え……もしかして、半殺しにするのって、レムスさんじゃなくて、相手の女性!?
「ふふふ、お前は本当にレムスが好きなんだな。安心しろ、女は全部イソネが引き付ける」
「たしかにそれなら安心だわ!!」
「ええええ!! 俺ですか?」
「……他に誰がいるんだ?」
「……お願いしますにゃん♡」
「任せてください。俺がいる限り、他の女性には指一本触れさせませんから!!」
くっ、いくらなんでも、猫耳美女が、にゃんは反則だろう……不意打ち効果でOKしちゃったよ……。
安心したのか、レムスさんのもとへ走ってゆくリナリーさん。
「……イソネ、お前は本当に可愛いやつだにゃん♡」
ぐはあっ!? ティターニアさんのギャップにゃんキタあああああ!!
駄目だ……破壊力があり過ぎる。膝が震えて立っていられないよ。
「まったく仕方のない奴だ。ほら、おぶってやる」
か弱い……いやか弱くはないけど、女性におんぶされている英雄って一体……。
「おおーい、イソネくん……何をしているんだい?」
レムスさん!? また間が悪いことで。彼にだけは見られたくなかったんだけど……。
「レムス、見て分からないのか? 公然とイチャついているだけだ。早く慣れるんだな」
「ぐはあっ!?」
固まっているレムスさんを置いて船の一番高い場所へと登ってゆくティターニアさん。
「ティタ―ニアさん……ここ空中なんですけど……?」
風魔法の足場を登り、二人でマストの上にある物見やぐらへと降り立つ。
「今のうちに眺めておけ。これが最後になるかもしれないのだからな……」
「……はい、そうですね」
戻って来るつもりではあるけれど、この先どうなるかわからない。トラキアへ行くことになれば、簡単には戻ってこれない。いや、戻れないかもしれないのだから。
眼下に広がるセバスの町並みをしっかりと記憶におさめる。
「ティターニアさん……綺麗ですね」
「それは町のことか? それとも私に言ってくれているのかな」
海風になびくブロンドが朝日を浴びてキラキラと輝いている。
「もちろん、どちらもですよ。次はどこでしたっけ?」
「ふふっ、次は修道院の町『メイド』だ」
……修道院だったらシスターとかの方が良いんじゃないの? でも、そうか! 次がいよいよメイドなんだね。
「イソネ、物思いにふけっている暇はないぞ。ほら、みんながここへ来たがっている。急げ」
気付けばみんながマストの下に集まり叫んでいる。慌てて吸血鬼へチェンジする。
「はいはい、お姫様方、今から攫いに行きますからね」




