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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第四部 消失する綿貫

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九九話 拒否権なき提案

「まぁともかく、猪肉が腐るほどあるからいくらでも食べてくれ」


 軽く全員の自己紹介を済ませ、食事の時間だ。

 坊主頭の男――仁寛(じんかん)も腹を空かせているだろうし、カンジも上機嫌で食事の開始を待っている。今は細かい話よりも食事が優先である。


 今回のメニューはぼたん鍋と猪肉の串焼き。

 鍋から漂っている深みのある香り、じゅうじゅうと肉が焼ける音。嗅覚と聴覚が全力で俺たちの食欲を刺激している次第だ。


「こ、これは……その、食せるのだろうか?」


 しかし視覚が疑惑を刺激していた。

 紫色の液体がぐつぐつしている様は『毒液』にしか見えないので当然だ。料理は五感で味合うものと言われているが、その意味では不完全と言わざるを得ない。

 そこでカンジが笑顔でフォローを入れる。


「この鍋はビャクが作ったんだぜ!」


 くそっ、カンジめ……!

 俺の鍋を紫色に染め上げておきながら、よくもそんな事を……!


 カンジのせいで仁寛から怪しむような視線を向けられている……。嫌がらせを受けているのか俺の料理がアレなのか判断つきかねているようだ。

 だが、言い訳するのは名探偵らしくない。


「……うむ、なかなか悪くない味だな。ほら、仁寛も遠慮は要らないぞ」


 ここは論より証拠。率先して可食可能である事を証明するという訳だ。

 俺だけでなくカンジも美味しそうに食べ始めたという事で、仁寛も恐る恐るといった様子で紫色のスープを口に含む。


「……ははぁ、存外に美味であるな。このキノコなどは毒物にしか見えぬが……いやはや、これは拙僧の不見識であった」


 よしよし、仁寛の評価は上々だ。

 なにやら己の不見識を恥じているようだが、樹海産の未知のキノコなのだから仁寛が知らないのも当然だ。俺ですらまだ遅効性の毒を疑っているのだ。


「ほら、ラスにはこの串焼きをやろう」

「カァッ」


 ラスは俺たちほど身体が丈夫ではないので怪しい鍋は厳禁だ。

 このカラスに危ない橋を渡らせたくはないし、俺たちが倒れた時には村まで飛んでもらわなくてはならないのだ。ラスも串焼きに満足そうなので問題無いだろう。


「ところで何があったんだ? その足の怪我、()()()()()()()()()()()()?」


 ある程度腹を満たしたところで、ずっと気になっていた事を尋ねてみた。

 仁寛の容態を確認していた時の違和感。この樹海で怪我をする要因は限りないが、それが刃物による裂傷となれば話は別だ。耐久性の高い迷彩服がスパッと切り裂かれていたので、俺の見立てに間違いはないはずだろう。


「――左様。折悪くも密採者どもと鉢合わせて交戦したのだ」


 それはある程度予想していた答えだった。この樹海は多種多様な植物が生えている事から、国の許可を得ていない密採者も後を絶たない。樹海の広大さを考えれば自衛軍が侵入を防ぎ切れないのも致し方ないのだ。


 しかし、調査員の中でも仁寛が遭遇してしまった事は運が悪かった。


 国の調査機関で働いている調査員。

 彼らは数人でチームを組んで行動しているらしいが、仁寛だけは体質の影響で単独行動しているのだ。相手が複数となれば手傷を負うのも無理はない。


「辛くも返り討ちにしたが、不覚にも足をやられてしまってな。千道殿たちの助けが来なければ長くは保たなかったであろう」


 詳しく聞けば、相手は四人。しかも樹海に足を踏み入れるほどの相手だ。

 おそらく密採者たちは素人ではないはずなので、名探偵や戦闘一族ならともかく、一般的には単身で返り討ちにしただけ上出来と言えるだろう。


「そうかそうか、なんにせよ仁寛が無事で良かった。しばらくは入院が必要だろうが、それくらいで済むなら安いものだろう」


 現時点では歩くことも難しいだろうが、幸いにも後遺症が残るほどの重症には見えない。病院で安静にしていれば数カ月後には回復しているはずだろう。

 しかし、そこで仁寛は意外な事を口にする。


「千道殿が持参した保存食があれば駐屯地まで辿り着けるに相違ない。……この受けた恩、いずれ改めて返させていただく」

「仁寛、ちょっと待て。お前はこの期に及んで一人で戻るつもりなのか?」


 俺の呆れを含んだ言葉に、仁寛は大真面目な顔で迷いなく頷いた。

 仁寛の迷彩服は擦り切れているので、救助を待つことなく地を這っていたのは分かっていたが……俺たちと合流した後も単身で帰還するつもりだったとは。


 おそらく自分の体臭の事を気にしているのだろうが、まともに歩くこともできないのに俺たちを頼らないとは水臭いにも程がある。


「なんでだよ、一緒に帰ればいいじゃねぇか」


 カンジは仁寛の意図を理解していなかった。

 当人は体臭を全く気にしていないので、仁寛が遠慮する理由が純粋に分からないのだろう。この良い意味で大雑把なところは好ましい。


「拙僧はこの通り足が動かぬ故、山龍殿たちと共に参ることは難しいのだ」

「そんなのはオレが背負えばいいだけだろ」

「……それは叶わぬ。山龍殿とて拙僧を背負えば身体に悪影響を及ぼしかねん。仮に山龍殿が平気であっても、一週間は身体に臭いが残るはずであろう」

「匂いが残るって、それがなんだってんだ?」


 それはカンジにとっては純粋な疑問。

 仁寛には予想外だったのか言葉を失っているが、俺には納得がいった。


 仮にカンジの体臭が強くなっても、それを村人が気にするとは到底思えない。カンジもその事を無意識に分かっているので、仁寛の懸念が理解できないのだ。 


「というか、その様子からすると入院するつもりもないのだろう? ……ふむ、ならばカンジの家で療養したらどうだ?」

「そいつぁいいな――よし、決まりだ!」


 仁寛が答える間もなくカンジが決定した。

 流れるような展開に戸惑っている仁寛だが、独り身で家族も居ないと聞いているので特に問題は無いはずだ。ここは大人しく受け入れてもらうとしよう。

 実際のところ、あの寛容な村であれば仁寛も気兼ねなく過ごせるはずだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、百話〔魔の観光スポット〕

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