九六話 栄華を誇った大都市
普段であれば新聞配達に励んでいるはずの時間帯。まだ朝日も昇らぬ時刻に、俺は樹海に向けて森を疾走していた。
この時間帯は新聞配達の仕事を思い出すが、今の俺には遭難者を救助するという使命があるので致し方ない。仕事に関してはロマルドに任せてきたので大丈夫だ。
俺は勤労意識を切り替え、共に森を疾走している同行者に話を振る。
「それにしても……カンジが『入森許可証』を持っているとは思わなかったぞ」
入森許可証。読んで字の如く、樹海への立ち入り許可を示す許可証だ。
今回の仕事に必須なので俺にも支給されているが、本来なら簡単に手に入る代物ではない。政財界に顔の効く爺さんの紹介だからこそ容易に得られたのだ。
「へへっ、親父に言ったら貰えたんだよ」
しかしカンジの答えは斜め上を行く。
まるで子供がクリスマスプレゼントで貰ったかのような言い草だ。
基本的には樹海関係の仕事に従事している者にしか入手できないはずだが、カンジの手には確かに入森許可証が握られていた。
「カァーッ、しかも無制限の許可証かよ。相棒ですら一時許可証なのによぉ」
なぜか悔しそうな声を上げているラス。
カンジはカンジでカードバトルに勝ったかのように嬉しそうなので、なんとなく俺の方まで謎の敗北感を覚えてしまう。
冷静に考えると無制限の許可証を貰ったところで使い道が無いのだが。
「カンジの父親は現職大臣の護衛だったか? コネの力とは恐ろしいな……」
「へへっ、オレは七光りだからな!」
「七光りは良い意味ではないぞ」
字面だけを見れば『虹!』という感じでプラスの意味に思えなくもないが、親の七光りとは決して他人に誇るような事ではない。
まぁしかし、カンジの力量と人柄は俺も認めている。カンジの父親は息子を甘やかしている節があるが、客観的に評価して許可証を与えた可能性もあるだろう。
「しかしそれでも、土地勘のあるカンジが協力してくれるのは素直に助かるぞ。やはり経験者が居るのは心強いからな」
本来なら俺が受けた仕事なので一人で遂行すべきなのかも知れないが、入森許可証を持つカンジが手伝ってくれるならそれに越した事はない。俺のプライドなど人命に比べれば些細な問題に過ぎないのだ。
ちなみにルカの両親も入森許可証を持っていたので、二人に協力を仰ぐという手もあったが、これはメリットよりもデメリットの方が大きいので断念した。
遭難者を捜索する算段はついているので人手は多く求めていないし、なによりルカの両親に頼むと、無軌道な娘さんが付いてきてしまう可能性があるのだ。
それでなくとも留守番に不満げだったルカ。
俺にカンジが同行するだけでも面白くなさそうだったのに、両親まで同行するとなれば『アタシも行くぞっ!』と言い出すに決まっている。
ルカの自衛能力はともかく、あのライブ感で生きる少女を同行すると樹海を刺激してしまう可能性がある。そう、特に意味もなく樹海の木を殴り倒しかねない。
それで緑化が再動してしまったら取り返しがつかないので留守番が無難だ。
なんだかんだと二人と一羽で騒ぎながら森を疾走し、空が緩やかに明るくなり始めた頃、遠方に大きな光が見えてきた。
「……あれが樹海の出入口か。思っていたよりも立派な駐屯地だな」
夜明け前にも関わらず人工的な光に満たされている駐屯地。樹海の区画は有刺鉄線で囲われている事から、出入りは自衛軍の駐屯地を抜けていくという形になる。
「カァッ、あの奥が樹海って事か。こうして見ると普通の森と変わらねぇなぁ」
「あの森の周囲だけ更地になっているから間違いない。過去に除草剤を撒いたり焼夷弾を落とした影響と聞くが……まだ草木の一本も生えてないんだな」
それは森の中にある森。
俺たちが走ってきた森、有刺鉄線で囲まれている樹海――それらの森の間は、境界線が引かれているように更地になっていた。
これは言うなれば、人類の抵抗の跡だ。
各国の中枢都市を呑み込んだ緑化。それを人々は座視していたわけではない。
国の中心が真っ先に襲われた事で反応は遅れたが、当時の人々は文明を破壊する植物に対して文明の力で抵抗していた。
除草剤、焼夷弾……そして、人も土地もまとめて殺す大量破壊兵器。各国でありとあらゆる対抗策が取られたが、しかしそれらは全て失敗に終わった。
除草剤を撒いても焼夷弾で焼き払っても、三日も経てば元通りになったのだ。
それでも樹海の範囲外には余波が届いていたので、人類の抵抗の跡として『死の大地』が境界線として残ったという訳だ。
「ここが栄華を誇った大都市とはなぁ……」
ラスはどこか寂しげな声で呟いた。
この地で散った人々を悼んでいる気持ちもあるのだろうが、ラスは人間の創造物が好きなので破壊された文明を惜しんでいる気持ちもあるのだろう。
実際、ここは世界的にも有名な大都市だった。一都市でありながら小国を凌駕する人口。世界の流行の最先端を行く文化の発祥地。
その都市の名は世界で知られ、ある面では国名よりも有名なほどだったが……今となっては、その都市の名は『樹海の代名詞』となってしまった。
「……サイタマ樹海、か」
かつての大都会は今となっては大森林だ。
俺やラスは年齢的に直接知っている世代ではないが、この光景にはラスでなくとも感傷的な気持ちになるというものだ。
「とにかく、そろそろ樹海に行くか。ラスは空から森に先行してくれ」
「カァッ」
自衛軍の駐屯地を抜けるのにカラスを肩に乗せていくわけにはいかない。
これが龍の里ならともかく、一般人が相手では変人だと誤解されてしまうのだ。
それでなくとも樹海に入る者として警戒されるはずなので、自衛軍への配慮という意味でも悪目立ちは避けるべきだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、九七話〔見えない目印〕




