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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第四部 消失する綿貫

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九三話 甘やかすべき存在

 悪名高い怪盗ロスターに狙われながらも撃退に成功した真星家。

 そこには俺やルカの活躍があったわけだが、その事実は公には公表されていない。真星家が内々で処理したという形になっている。


 どのみち俺やルカは名声を求めているわけではないので問題は無い。……むしろ怪盗ロスターの末路を公表されると困る事になるので好都合だ。

 そんなこんなで一難去った後、俺たちは事務所で穏やかな午後を過ごしていた。


「ほらルカ、このカステラをやろう。あ~ん」

「あむっ」


 ユキがお土産に持ってきたカステラを食べさせてやると、ルカは見るからに幸せそうなニコーッとした笑顔で甘味を頬張った。


 不愛想にせんべいをモシャモシャ食べるシカとは違う。ルカは食べ慣れた物であっても『こんな美味い物は初めてだ!』とばかりに食べてくれるので心が温かくなるのだ。……だがしかし、ルカの幸せを容認できない者も存在していた。


「……千道さんって、ルカさんを特別に甘やかしてるような所がありますよね」


 いつになく刺々しい声のユキ。

 自分の持参したカステラで甘やかしているのが面白くないのか、小姑が嫁に小言を言っているかのような様相を呈していた。

 そんなジトッとした言葉にルカが反応する。


「ア、アタシは甘やかされてなんかないぞっ!」


 なぜかルカは顔を赤らめていた。

 普段は照れることなどないので珍しい反応だ。ルカが羞恥心を感じるポイントは未だに謎が多いと言わざるを得ない。ともかく、ここは俺も口を挟んでおく。


「いや、俺は甘やかしていたぞ?」

「なっっ!?」


 当事者として正直に証言すると、ルカは信じられないとばかりに絶句した。

 これ以上なく甘やかされていたはずなのに、本人にはその自覚が無かったらしい。羞恥なのか屈辱なのか真っ赤になって顔を俯けている有様だ。


「ルカを辱めるのは止めなさいっ!」

 

 そこでカリンが我慢の限界を迎えてしまった。 

 ルカにカステラを食べさせている時から不機嫌そうにしていたが、ついに大義名分を得たとばかりに全力で糾弾だ。俺からすれば理不尽極まりない糾弾ではある。


 ちなみに、俺は気紛れでルカを甘やかしていたわけではない。今日の甘やかしの理由は他でもない、先日の『怪盗ロスター事件での功績』を評価しての事だ。


 想像以上の曲者だった怪盗ロスター。予防措置として手首を折っておいたにも関わらず、あの脅威的な逃げ足の速さだ。


 俺一人でも怪盗ロスターを逃がさなかったとは思うが、ルカの活躍のおかげで余裕を持って対処出来たことは間違いない。

 だからこそ、ユキたちの顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうほどに甘やかしていたのだ。


 しかし……それでも一人だけを甘やかしていたのは失敗だった。


 ここで求められている事は、平等性。

 もちろん上を下げて公平にするような卑劣な真似はしない。求められるべき平等とは、下を上げる事にある。つまりユキとカリンも存分に甘やかせばいいのだ。


 最初の標的は難易度の低いカリン。

 とりあえずヒュッと飴を撃ち込んでおく。


「もごぉーっ!」


 恒例のように怒りのモゴリ声を上げるカリンだが、これは甘味で誤魔化そうとしているわけではないので問題無い。

 この飴投げの目的は、素直になれないカリンの口を塞ぐことにあるのだ。


「しかし今回はルカのお手柄だったが、それはカリンの行動があってこそのものだ。カリンがユキを心配してパーティに参加していたからこそ、今回の結果が生まれたんだ。だからカリンも胸を張るといい」


 幼女を惜しみなく褒め褒めしつつ、ふわふわの金髪を梳くように優しく撫でてやると、カリンは「もごぉ……」と不満そうな声を出しながらも目尻を下げていた。

 これでカリンは大丈夫という事で、次なる甘やかし対象に視線を向ける。


「わ、私はカリンちゃんみたいに簡単に懐柔されませんからね!」


 俺の思惑を悟ったユキは、友人をチョロイ子扱いしながら虚勢を張っていた。

 カリンは異議を唱えるようにモゴモゴ言っているが、友人の口の悪さには慣れているのか悪感情は見えない。このメガネっ娘は外見に反して毒舌なのだ。


 しかしユキは虚勢を張ってはいるが、その内心では甘やかしを期待しているはずだ。ここは年長者として期待に応えるしかないだろう。


「――お嬢様に触れる事はご遠慮願います」


 そこで例によって防壁が立ちはだかった。丁重ながら一歩も引かない構え。

 主への甘やかしを断固として阻止してしまう難攻不落の盾、月守氷華だ。


 もちろん強引に守りを突き破って甘やかし攻勢に出ることは可能だが、氷華とて悪意を持ってやっているわけではないので力技は選べない。


 普段ならここで素直に諦めるところだが……いつまでもユキだけを甘やかし対象外にするのは可哀想だ。ここは名探偵らしく知性的に攻略を試みるとしよう。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。ここで俺が狙うべき標的は、氷華だ。


「あまり過保護にするのは考えものだが、その忠義心は見事だ。――よしよし」

「あっ、え、ななにをするのですか!」


 子供の頭を撫でるように氷華の頭を撫でると、冷静沈着な付き人に大きな動揺が生まれた。初動を消した無拍子での撫で回し。体術の真髄とも言える技法をもってすれば氷華であっても躱せるはずがなかった。


 氷華は慌ててバシッと俺の手を払うが、その顔は薄紅を落としたように赤らんでいる。まさか自分の頭が撫でられるとは予想もしていなかったようだ。


 これこそが俺の知性的策略。

 この行動によって氷華のカットインを自粛させるという策略である。


 なにしろ結果だけを見れば『お嬢様の代わりに撫でて下さい!』と割って入ったように見えるのだ。付き人として同じ轍を踏むことは避けざるを得ないだろう。


「…………氷華さん、顔が緩んでますね」


 おっと、これはいかん。

 撫でられカットインを受けたユキが不機嫌になっている。甘えたい盛りの子供なので、美味しいところを横取りされたような感覚なのかも知れない。


「カァーッ、こいつは見てらんねぇぜ!」


 そしてラスもやさぐれていた。

 結果として先日の怪盗事件に未介入だったラス。そんなところで友人たちが甘やかされているので面白くないのだろう。

 もちろんカリンも不満げにモゴモゴしているので完全に四面楚歌である。


 これは仕方ない……今日のユキ攻略戦はここまでだ。今回は氷華に布石を打っておいたという事で、ユキを甘やかすのは次回以降にしておこう。


明日も夜に投稿予定。

次回、九四話〔世界を変えた大厄災〕

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