九二話 迷いなき鉄拳制裁
カリンを安心させるべく小さな頭に手を置き、ユキの頭に手を置こうとして氷華に遮られた後、俺は怪盗ロスターを追って走り出した。
そして人混みを抜けて庭園に躍り出た直後、遠くから大きな破砕音が響いた。
遅れて聞こえるルカの咆哮。
この声から察するに、怪盗ロスターを仕留めきれずに苛立っているようだ。
ルカの高い能力を考えれば意外に思えるところだが、まだ怪盗ロスターを捕まえていないのは想定の範囲内だ。ルカは熱くなると動きが直線的になるので、怪盗ロスターの身軽さなら多少は凌げなくもないのだ。
しかし、それでも決着は時間の問題だ。
怪盗ロスターの逃げ足は相当なものだが、ルカは人外の域にいる。突出した身体能力と底無しの体力を持っているルカから逃げ切れるはずがない。
「――クソッ、化け物かこいつっ」
「ちょろちょろ逃げんじゃねぇッッ!」
夜の庭園の中に、その二人は居た。
追う者と追われる者。元気が有り余っているルカと、疲労の色が見える怪盗ロスターだ。怪盗は手に拳銃を持っているが、無手のルカに対して余裕が見えない。
ルカは父親仕込みの戦闘技術を有しているものの、この様子からすると力押しだけでも決着がつきそうな雰囲気だ。将来を考えれば好ましくない流れではある。
「こらルカ、カリンを置いていくんじゃない」
「いでっ!」
とりあえず護衛対象を放り出していたルカに手刀を放っておく。
少し頭が冷えたルカは「だってビャクもいただろ」と予想通りの言い訳をしているが、この直情的な性質は危ういので注意せざるを得なかった。
「さて、怪盗ロスター。お前には聞きたい事がある。諦めて大人しくお縄につけ」
「っ、お前は……! クソ野郎が、よくも舐めた真似をしてくれたな……!」
暗がりで顔が見えてなかったのか、俺が因縁の相手だと気付くや否や憎悪をぶつけてきた。しかし自分に非があるのに俺を恨むとは厚顔にも程がある。
盗っ人猛々しいとはこの事だ。
「はて、舐めた真似とはなんの事だ? もしかして、うっかりポッキリしてしまった事かな? これは失礼したな。はははっ、はーっはっはっはっ……!」
とりあえず恒例の如く挑発しておく。
これは俺の意地が悪いわけではない。相手の敵意が強い方がやりやすいので仕方がないのだ。うむ、仕方ない仕方ない。
「クソ野郎がぁッ……!」
激怒する怪盗ロスター。その怒りを叩きつけるように銃の引き金を引く。
もちろん俺はサッと軽やかに躱してしまう。怪盗ロスターはすかさず再射を試みるが――カチッ、と虚しい音が響くだけだった。
「無駄弾を撃ち過ぎたようだな。まぁ、残弾があったところで結果は変わらんが」
庭園から銃撃音が聞こえていたので残弾が少ない事は分かっていた。銃で牽制していたからこそルカを相手に時間が稼げたのだろうが、それももう終わりだ。
「まだやるのか? 片手で刀を振り回したところで勝ち目は無いぞ」
片手が使えないにしてはよく粘った方だ。
怪盗ロスターは警備員に化けていたので腰に刀を差しているが、片手で俺たちに挑んだところで結果は見えている。その事は自分でも自覚しているはずだろう。
だが、相手は一筋縄ではいかなかった。自分が平静さを失っている事に気が付いたのか、怪盗ロスターは気を落ち着けるように大きく息を吐いた。
「……この程度でオレを追い詰めたつもりか? このオレを甘く見るなよ。お前らとは潜った修羅場の数が違うんだよ」
飛び道具を失っても衰えのない戦意。
この絶体絶命の局面で冷静さを取り戻すとは油断ならない相手だ。
そして怪盗ロスターは、おもむろに片手で腰の刀を抜く。無謀にも片手で闘うつもりか、と思った瞬間――怪盗ロスターの顔が変化した。
「……っ!」
俺は思わず声を漏らす。
悪意は見えていたので変身の予想はしていたが、目の前に『俺の顔』が現れれば動揺は避けられなかった。俺の顔がニタリと嫌らしく笑っているので尚更だ。
怪盗ロスターは顔を変化させると同時、一気に距離を詰めて刀で斬りかかる――
「――ビャクの真似すんじゃねぇッ!!」
しかしルカには通じなかった。
顔を変化させて隙を作るという姑息ながらも巧妙な戦術だったが、ルカは全く躊躇うことなく「ぶごっ!?」と俺の顔を殴り飛ばしていた。
そこに容赦はない。迷いなく顔面を殴り飛ばした直後、まだ殴り足らないとばかりに倒れた男に猛ラッシュだ。……こ、これはいかん、レフェリーストップ!
「ま、まてっ、落ち着けルカ!」
あまりの事態に羽交い締めで制止してしまう。出来れば生け捕りにして余罪を追及したいところだったが、これはそれどころの話ではなかった。
なにしろ怪盗ロスターの顔は原型を留めていない。どこからどう見ても死んでいるのでオーバーキルも甚だしいのだ。情操教育的に見過ごすわけにはいかない。
「ほら、もう息をしていないぞ。というか人間の顔をしていないぞ。……それにしても、俺の顔を殴るのに抵抗感を覚えなかったのか?」
知人の顔に変身されれば殴りにくくなるし、それでなくとも少なからず動揺するものだが、ルカに限っては欠片も迷うことなく殴り飛ばしていた。
実は俺に恨みでもあるのだろうか? と複雑な気持ちになるのも仕方ない。
「ん? コイツはビャクじゃないだろ?」
ルカは快活にニッコリと笑う。
俺にモノを教えるのが嬉しいのか得意げな笑顔だ。なにやら釈然としない思いはあるが……確かに正論ではある。ここは割り切りの良さを褒めるべきだろう。
「……そうだな、確かにルカの言う通りだ。迷いのない見事な判断だったぞ」
「へへっ……」
頭をわしわし撫でながらハンカチで返り血を拭いてやると、ルカはくすぐったそうにモゾモゾしながらも上機嫌な様子だ。
ルカの顔を拭き拭きしていると幼児の世話をしているような感覚になるが、視線を下に向ければ和やかな気持ちも霧散する。そう、足元には凄惨な死体である。
理想としては生け捕りにしたかったところだが……しかし、怪盗ロスターの危険性を考えればそれほど悪くない結果なのかも知れない。
なにしろ怪盗は俺の顔に変化していた。
推理小説で名探偵の偽物が出てくるのはお約束のような面はあるが、現実世界に高クオリティで現れてしまうと相当に厄介だ。これなら冤罪を着せ放題なのだ。
ここで取り逃がしていれば面倒な事になっていた可能性が高いので、今回は厄介な能力者を片付けられた事を素直に喜ぶべきだろう。
残された問題は、この怪盗ロスターの残骸をどうするかだが……まぁ、爺さんに任せれば上手く取り計らってくれるに違いない。あの爺さんが死体に動じるとは思えないので大丈夫だ。なんなら俺が庭園に埋めるのもやぶさかではない。
もしこの庭園に埋めるとしたら、桜の木の下に埋めるのが望ましいだろうか? などと風流な事を考えつつ、一仕事終えてすっきりした顔のルカを連れ、カリンたちの待つパーティー会場へと足を進めた。
第三部【守護する真星】終了。
明日からは第四部【消失する綿貫】の開始となります。
次回、九三話〔甘やかすべき存在〕




