九一話 スマートな解決策
心配そうなカリンに不敵な笑みを送り、悪意を放つ警備員へと足を進める。
しかし、なぜか余計な人間まで付いてきた。
「おい、待っててくれと言っただろうが」
「お主に指図される筋合いはないわ」
当然のような顔で付いてくる爺さんに注意すると、悪びれもしない態度で開き直られてしまった。どうやら容疑者について言及したのは失敗だったらしい。
「たしかに爺さんの行動を強制する事はできないが……しかし、万が一という事もある。爺さんにはなるべく後ろで控えてもらいたい」
「ふん、儂の身を案じているつもりか?」
「当たり前だ。爺さんに怪我でもされては夢見が悪いからな」
反抗的な爺さんを抑えるべく本音を吐露すると、爺さんは意外な言葉を聞いたかのように目を見張った。俺が心配しているとは想像もしていなかったような顔だ。まったくもって失礼な反応である。
「ふ、ふん、生意気な……よかろう、そこまで言うなら儂が見届けてやろう」
そう言いながら、爺さんは半歩だけ後ろに下がった。カリンたちと一緒に待機してほしかったところだが、あくまでも俺と一緒に付いてくるつもりのようだ。
まぁ、爺さんの気性を考えれば上出来の部類だと言えるだろう。
「――ご苦労さん。あんたが家宝の警備を任されているらしいな」
俺は堂々と正面から話し掛けた。
本来の予定では間接的に容疑者を探っていく予定だったが、疑わしいと思っていた人間が家宝の警備となれば回り道は無用だ。ここは直截に攻めるべきだろう。
「はい、左様でございます」
角張った顔の男は話し掛けられた事で戸惑いを見せたが、俺の背後で見守っている爺さんに頭を下げてから、慇懃な態度でこちらに応えを返した。
俺の事については爺さんから聞いているのか素性を怪しむ様子はない。
「そうかそうか。しかし怪盗ロスターはどんな手を打ってくるんだろうな? 停電させて暗闇に乗じるのか、招待客に紛れ込んで力技で強奪するのか。――そこのところ、あんたはどう考えている?」
「私には皆目見当がつきません。何が起きようとも微力を尽くすのみです」
ふむ、なるほど……。
この回答を爺さんはどのように受け止めているのかと視線を向けると、ご隠居様は満足そうに頷いていた。予断に頼らない無骨な答えが爺さん好みだったようだ。
ともあれ、これで俺の方針は決まった。
「それは心強いな。家宝の守護は任せたぞ」
俺はニッコリと爽やかな笑みを浮かべ、護衛の男にスッと手を差し出した。
友好的な握手の誘い。その誘いを断るはずもなく、男は頬を上げて握手に応じる。俺はその手を掴んだ瞬間――男の手首をボキッと折る!
「ぐがぁッ!?」
よしよし、我ながらスマートな手際だ。
握手と同時に捻り折られるとは予想出来るはずもなく、男は手を押さえてうずくまっている。なるべく乱暴な真似は避けたかったが、これは必要な事なのだ。
俺はこの男を『クロ』と断定した。
だが現段階では証拠は何も無いし、爺さんはこの男を信頼している様子だった。
本来であれば犯罪の証拠を掴むまで泳がせるのが正攻法なのだろうが、もしもそのせいで親しい人間が傷付けられたら、俺はひどく後悔する事になる。
だからこそ、予防措置を取らせてもらった。
とりあえず手首を折っておけば行動に制限が掛かる。この物理的制限があれば安心してパーティーを楽しめるというものである。
「おのれは、おのれはぁッッ……!」
もちろん爺さんは激怒していた。
自分の信頼する者が危害を加えられたので無理もないが、守るべき相手から敵意を向けられるのは困ったものだ。
だが、俺は自分の正義を確信している。
その根拠は、目の前にある。
「気を静めるんだ爺さん。この男は、本当に爺さんの知っている男か?」
「なにを……ッ!?」
爺さんは憤りながらも男に視線を向け、自分の目に映った光景に絶句した。
しかしそれも無理はない。そこにうずくまっている護衛の男、角張った顔の男が――別人の顔になっていたのだ。
「怪盗ロスター。化けの皮が剥がれているぞ」
上段から見下ろしながら終幕を告げると、男はハッとして自分の顔に触れた。
そこにあるのは角張った顔ではない、その顔は満月のような丸々とした顔だ。
これはもはや変装という域を超えている――つまり、この『変身』こそが怪盗ロスターの超能力という事なのだろう。
正直に言って、ここまで上手く事が運ぶとは思っていなかった。
軽く会話を交わした事で怪盗ロスターだと分かったが、爺さんが違和感を覚えていなかったので、この男の正体を暴くのは難しいと考えていたのだ。
怪盗の手首を折って戦闘力を削ぐくらいのつもりだったが、まさかその痛みで正体を現してくれるとは好都合という他ない。
爺さんに襲われて戦闘になる可能性も考えていたので実に運が良かった。
「チッ――!」
そして怪盗ロスターの判断は早かった。
正体が露見した直後、しゃがんだままの姿勢で弾かれたように跳んでいた。
そのバネは尋常ではない。
変装だけが取り柄とは思っていなかったが、これは予想以上の身体能力だ。
「ッ、待ていッ!!」
我に返った爺さんの怒声が飛ぶが、怪盗は脇目も振らずに庭園へ駆けていく。
騒然とするパーティー会場。俺が手首を折った直後から騒々しかったが、怪盗ロスターが人混みを駆け抜けているので会場内はパニック状態だ。
そんな混乱の中、俺はその場に悠然と立っていた。もちろん怪盗ロスターを見逃すわけではない。好き勝手に超能力を悪用していた者を許すはずがない。
俺が動いていない理由は一つ――もう既に『猟犬』が獲物を追っているからだ。
「テメェッ、テメェのせいでッッ!!」
ルカは弓から放たれた矢のように駆け出していた。しかもなぜか激昂している。
まるで親の仇を見つけたかのような剣幕だが、もちろんルカは怪盗ロスターとの関わりはない。おそらくは食事を制限させられた逆恨みだろう。
しかし怒りの正当性はともかく、獲物を追う猟犬としては極めて優秀だ。
なにしろ会場内の人混みを全く問題にしていない。視野が広いのか判断速度が早いのか、人混みが存在していないかのように接触することなく駆け抜けている。
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!」
そして残されたのはカリン。
ルカを追い掛けるように、俺の傍らに寄り添うようにパタパタと走ってきた。
他でもない、俺が怪盗ロスターを追わなかった要因はここにある。
ルカが護衛任務を放り出してしまったので代わりに残らざるを得なかったのだ。……おそらくは俺の存在を当てにしてカリンを置いていったのだろう。
もちろん、このままルカに怪盗ロスターを任せるつもりはない。
「爺さん、カリンの事を頼めるか? 俺も怪盗ロスターを追跡する」
「……よかろう。おめおめと逃がすでないぞ」
よし、この爺さんに任せれば安心だ。
爺さんを荒事に関わらせたくはないが、カリンの護衛を任せるだけなら問題は無い。この爺さんの戦闘力は相当なものであるし、ここには信頼の置ける者が少ないので爺さんに任せざるを得ないという事情もあるのだ。
明日の投稿で第三部は終了となります。
次回、九二話〔迷いなき鉄拳制裁〕




