八九話 後付けしてしまう名探偵
「それで、これからビャクはどうするつもりなの? このまま家宝を展示する時間まで待つの? ……なんでもいいけど、いつもみたいな無茶は駄目よ。ビャクが大立ち回りをするとユキに迷惑が掛かるんだから」
憎まれ口を叩きながらも、カリンの瞳は不安そうに揺れていた。相手が超能力者だと聞いて心配になったのだろうが、相も変わらず素直さに欠ける幼女である。
「ふふ、心配するなカリン。俺は頭脳派探偵だから暴れたりはしない。とりあえずは、邪な考えを持つ人間を平和的に揺さぶっていくつもりだ」
怪盗ロスターに関する手掛かりは少ない。容姿どころか性別すら分からず、その名前と鮮やかな犯行ぶりだけが噂になっている。
そこで俺の読心能力。
陰謀を企む人間には目星を付けているので、俺の能力を利用して自然な形で探りを入れるという訳だ。この平和的な手法ならカリンも安心出来るはずだろう。
「何人か怪しい人間がいるからな、その近くで怪盗ロスターの話をするとしよう。まずは…………あの青スーツの男だな」
「――分かったッ!」
えっ、と思った時には遅かった。
俺が呼び止める間もなく、ルカは弾丸のように疾走していた。暴走少女はパーティー会場の人混みを器用に避けていく。その行き先は、俺が示した青スーツの男。
「ぐぼぉっ!?」
そしてルカの猛拳が炸裂した!
見知らぬ人間を殴ることに疑問を覚えないのか、ルカの暴力に迷いはない。
年配の女性と話していた青スーツの男は、暴力の化身によって有無を言わさず殴り飛ばされてしまった。
「きゃあああっ!?」
この蛮行には話し相手だった女性も絶叫だ。いきなり目の前の人間が殴り飛ばされたのだから無理もなかった。
口論から暴力に発展するという流れなら心の準備も出来るが、全力疾走してきた少女にそのまま殴られるとは予想出来るはずもない。俺ですら予想してなかった。
暴力事件に会場が騒然となる中、ルカが雑音を切り裂くような大声を上げる。
「――ビャク、やっつけたぞっ!」
や、やめろ、俺が命令してやらせたかのように報告するのはやめろ……!
まずいぞ、ルカのせいで会場中の視線を独り占めしているではないか……。
名探偵の推理ショーのタイミングで注目を浴びるならともかく、この視線は明らかに――少女に暴力を命じた教唆犯への視線!
だが、しかし……俺にも少なからず責任があることは認めざるを得ない。
おあずけの状態で気が立っていたルカ。そんな状況下で、俺は不用意に標的を指し示してしまった――そう、ルカの暴威に指向性を与えてしまったのだ。
「やっつけたぞっ!」
嬉しそうに駆け寄ってくるルカ。
成果を褒められたいのか重ねての報告だ。
なぜ褒められると思えるのか不思議でならないが、しかし俺にも責任の一端があるので責めることはできない。
「うむ……とりあえずこのソーセージをやろう。まだ油断するんじゃないぞ」
なにはともあれ食べ物を与えておく。
気の緩みに繋がるので避けたかったが、ルカを飢えさせていると更なる犠牲者を生みかねない。見ようによっては褒美を与えているようにも見えるが仕方ない。
「へへっ……」
ルカは気の緩みを象徴するかのように顔を緩め、見るからに上機嫌な様子で「はむ」とソーセージに食らいついた。
挽肉を加工したソーセージ、塊肉を加工したハム。別種の加工肉を混同しているような言葉は気になるが、今はそんな事はどうでもいい。本当にどうでもいい。
今はこの事態を丸く収めるのが先決だ。
なにしろ会場中の視線が俺に集中している。傍から見れば少女に暴力を命じて成果を労っているように見えるからだろう。
とりあえず、俺が犯罪者扱いされているので誤解を解かねばならない。
ルカは神桜家の護衛という事で『神桜家に文句がある奴は前に出ろッ!』と神桜パワーで沈静化させる事は簡単だが、もちろんそのような解決策は論外だ。
今回の件は俺に責任があるのでカリンに面倒を押しつけてはいけないのだ。
それに、これは爺さんの誕生パーティー。
なんだかんだで爺さんの事は嫌いになれないので、権力を振りかざして会場の空気を冷え冷えにするのは心苦しい。ここはスマートに事態を収拾すべきだろう。
とりあえずパンッと大きく両手を打ち、会場内のざわめきに間隙を作る。
「案ずるな。ただ犯罪者を裁いただけの事だ」
俺が厳かに告げると、会場中にざわざわと困惑の空気が漂った。
あちこちから『犯罪者?』『まさか怪盗?』と疑問の囁き声が聞こえるが、まだ状況が飲み込めないのか全体的に戸惑っている様子だ。
そしてそう、これこそがスマートな解決策。理由もなく殴り飛ばしたとなれば大問題だが、その対象が犯罪者となれば正当性が生まれるという訳だ。
「どうやらあの男の罪状が分からないようだな。――よろしい、それでは本人の口から語ってもらうとしよう」
幸いにも、青スーツの男は一命を取り留めている。パーティー前に『なるべく生け捕りにするように』とルカに言い含めておいたのが功を奏したのだ。
男の罪状が分からないのなら、本人に聞けばいい。あの男が怪盗かどうかはともかく、胸中に悪意を秘めていたので、叩けば埃の一つや二つは出てくるはずだ。
あわあわしているカリンの頭に手を置き、俺は悠然とした態度で歩き出す。
「――さて。なぜお前が罰を受けたのか、その理由は分かっているな?」
「な、なっ、あ……」
青スーツの男は鼻血を流しながら混乱の極致にいた。問答無用でいきなり殴り飛ばされたのだから当然の反応である。
もちろん俺の方も混乱しながら尋問している。……果たして、この男はどんな罪を犯したのだろうか? そもそも本当に罪人なのだろうか?
それでも俺は自信満々の態度を崩さない。
「お前の罪は全てお見通しだ。素直に白状して反省心を見せれば、今後の対応を考えてやらないでもないぞ?」
俺は適当な言葉を並べつつ、被告人の反応をじっと観察していた。
それはまさに綱渡りの推理。先んじて罰を執行してしまったので、是が非でも罪状を見つけねばならないのだ。
下手をすれば悪巧みをしていただけで、まだ何も罪を犯していないという可能性もあったが――しかし、正義の天秤はこちらに傾いた。
「とぼけても無駄だ。――あのご婦人に話していた事を大声で言ってみろ」
「っ……!」
俺は小さな感情の揺らぎも見逃さない。
そもそも俺がこの男に目をつけた理由は、青スーツの男がなにかしらの陰謀を抱いている事を見抜いたからだ。尋問を受けて男の感情が揺れるのは当然だろう。
この男が怪盗ロスター本人であれば話は早かったが、さりげなく罪状の心当たりを尋ねたところで無関係だと分かった。
罰を受けた理由を尋ねた直後、男の意識は直前まで会話を交わしていた女性に向いた――つまり、この男の標的はそちらだ。
「……もしかして、積立投資の件なの?」
そこで不安げな声を上げたのは、青スーツの男と話していた年配の女性。その話によると、青スーツの男に海外積立投資の出資を持ち掛けられていたとの事だ。
俺は女性の話を聞きながら青スーツの男をじっくりと観察する。そしてその反応を見極め、自信に満ちた態度で結論を下す。
「――そう、それだ。最初の内は分配金を支払って信用させ、それなりに出資金が集まったところで雲隠れ。よくある投資詐欺の手口だな」
俺は最初から全てを分かっていたかのように後付けで罪状を確定させた。積立投資? と疑問に思った事などおくびにも出さない。
そして勢いに任せて厳しく責め立てる。
「ご隠居様のお膝元で詐欺を働くとは何事だッ! この者を引っ立ていッ!!」
こうなればパーティーの主役に丸投げしてしまおうという事で、爺さんの配下のような態度で警備に命令を下してしまう。こんな時は勢いが大事なのだ。
現時点で犯罪の証拠は存在しないが、この男が詐欺に関与していた事だけは確定的だ。投資話を綿密に調査すれば裏が取れるはずだろう。
ちなみに俺は爺さんに招待された立場なので、この場面で手下顔をしていても不自然ではない。爺さんの方も面白がっている雰囲気なので何も問題は無いだろう。……この状況を楽しんでいるあたりは流石のクレイジー爺さんだ。
あと三話で第三部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、九十話〔家宝の守護者〕




