八七話 希代の陶芸家
「…………まったく、何を考えているんだ。孫娘が可愛くて仕方がないのは分かるが、常識的に考えれば誤解だと分かるだろう」
俺はご老人に説教していた。
最初は大恩のある相手という事で敬意を払っていたが、いきなり刀で斬りかかってくるような相手を敬うのは難しい。もはや遠慮なく接するのみだ。
「いや、しかし、ユキから聞いた話では……」
爺さんは言い訳がましく弁明する。
ちなみに誤解とは他でもない、俺がユキの『恋人』だと思われていた事だ。
ユキは十ニ歳の中学生。普通に考えればあり得ない話だと分かりそうなものだが、爺さんは孫娘を溺愛するあまり盲目的になっていたのだろうと思う。
「爺さんはこう言っているが、ユキはどのように俺の事を説明したんだ? さぁ、一言一句違えることなく白状するがいい」
「それは、その……」
なぜか顔を赤らめて俯いてしまうユキ。
家族との会話内容を話すことに照れているのかも知れないが、いかがわしいワードを言わせようとしているかのような反応は止めてほしい。この場にカリンが居たら『セクハラ!』と理不尽な糾弾を受けていたはずだろう。
「貴様っ、ユキに何を言わせるつもりじゃ!」
「それは俺が聞きたいんだが……」
案の定と言うべきか、爺さんから理不尽な怒りの声が飛んできた。
危うく『切り捨て御免!』とされそうになったのだから理由を聞く権利くらいはあるはずだが、この真星家は圧倒的なアウェーなので致し方ない。
助け舟を出してくれそうなユキはもじもじしているので完全に孤立無援である。
「そもそもだ。仮に孫娘が恋人を連れてきたにしても、いきなり刀で斬りかかるのは言語道断の蛮行だろう」
理不尽な扱いを受けていても言うべき事は言っておく。将来的にユキの恋人が斬り捨てられてしまったら目も当てられないのだ。
この爺さんは無駄に腕が立つので、素人では太刀打ちできないはずだろう。
「ふん、儂に抜かりはない。腕の一本でも斬り落としてやろうと思ったまでよ。儂の一刀であれば、斬り落としても繋げられるから何も問題は無い」
不敵に鼻を鳴らして告げる老人。
色々と問題だらけの発言ではあるが……実際のところ、この爺さんに害意は見えていても殺意は見えていなかった。無茶苦茶であっても嘘は言っていない。
「おじいちゃんッ! 繋がればいいとか、そういう問題じゃないでしょ!」
「い、いや、前に斬り落とした時は……」
もちろんそれでユキが納得するはずもない。
自分が連れてきた人間が襲われたのだから『また繋がるから大丈夫じゃ!』と言われても腹立たしいだけだろう。さりげなく爺さんが前科を匂わせているのも気になるのだが……まぁ、今日のところは聞き流しておく。
「ところで爺さん、俺のパーティー参加の件は聞いているな?」
この爺さんの所業を追求していると日が暮れそうなので話題を変える。
ご隠居が乱心したせいで中身のある話をしていないが、もう三日後には爺さんの誕生パーティーが迫っている。この状況で怪盗よりもユキの恋人疑惑を優先するとは信じられない老人だ。
「そう、そうじゃ。儂が刀を振るったのはお主の腕試しだったのじゃ。怪盗は並々ならぬ相手だと聞いておるでの」
「子供でも分かる嘘を吐くんじゃない」
理由を後付けしていたので断罪しておく。
目を血走らせて『この外道がぁぁっ!』などと叫んでおきながら腕試しとはよく言ったものだ。腕試しで腕を落とされてはたまったものではない。
孫娘から責めるような視線を受け、爺さんはゴホンと咳払いをして話を続ける。
「まぁ、そうじゃな。それなりに腕が立つことは認めてやろう。後でパーティーの招待状を渡してやるから感謝するがよい」
どうやら爺さんの一刀を躱したことで力量を認められたらしい。
傷害未遂犯に偉そうな口を叩かれて思うところはあるが、無関係の立場で誕生パーティーに参加すると思えば、少々の理不尽も受け入れざるを得ない。
「一応聞いておくが、三日後のパーティーを中止する気はないんだな?」
「無論。怪盗から逃げたとあっては真星の名を汚すことになるからの」
これまでの事件では死傷者も出ていると聞いたが、やはり引く気はないようだ。
まぁしかし、歴史のある真星家として威信を重要視するのは分からなくもない。
それに脅迫の類に屈すると禍根を残すという問題もある。一度でも前例を作ると『前回は脅迫に屈したのに今回は強行するのか?』という面倒な話になるのだ。
「それなら仕方がない。個人的にはユキだけでも欠席してほしいところだが……」
「……ありがとうございます。でも、私も真星家の人間ですから」
不安を滲ませながらも気丈に告げるユキ。
素直に見えて妙なところで頑固なのは困ったものだ。爺さんの方もユキの参加を快く思っていないようだが、その意思を尊重しているのか口を挟もうとはしない。
もっとも、俺がパーティーに参加する限りはユキに手出しなどさせないが。
「ときに、お主の報酬については前金で……」
「――待て、報酬は不要だ。俺とユキの仲に金銭が入り込む余地はないからな」
爺さんは当然のように報酬の話を始めたが、その言葉を遮って即座に断った。
自分からパーティーに参加したいと立候補しておきながら、その上で利益を得るなど許されるはずがない。俺は営業活動で申し出たわけではないのだ。
「ぇ、っ……」
友人の想いが嬉しいのかユキはあたふたしていた。気持ちを落ち着けようとしているのだろう、湯呑みを両手でくるくる回すという奇行を取っている。今回はユキの為であり趣味の一環でもあるので、陶芸家のように喜ばれると複雑な心境だ。
「やはりユキを狙っておったか……! 絶対にユキは嫁にやらんぞッ!」
またしても意味不明な事を言い出す爺さん。
恋愛脳のカリンでもあるまいし、純粋な友情を恋愛事に結び付けるとはどうかしている。……まぁ、刀で斬りかかってくる老人が正気であるはずもないが。
「爺さん、ユキはまだ十二歳の子供なんだぞ? どう考えても恋愛対象にはならないだろう。これが氷華なら分からなくもないが」
「ぅぇっ!?」
急に素っ頓狂な声を上げる氷華。
年齢的な例えとして名前を挙げたまでだが、氷華は自分の名前が出てきた事にびっくりしたのか顔を赤くしている。しかし、これは珍しい反応だ。
氷華は従者としての自責からか感情を抑えている節があったので、これほど動揺を露わにする姿は見たことがなかった。そんな付き人に、ユキがぼそりと呟く。
「……氷華さん、嬉しそうですね」
「ち、違います、誤解ですっ! ただただ不快でしかありません!」
ひどいっ……!
例え話で名前を出しただけでここまで言われるとは……。よく見ると嫌悪感が見えないので照れ隠しなのだろうが、心が弱い者なら自殺しかねない暴言である。
爺さんは爺さんで「月守まで毒牙にかけておったか!」と耄碌した事を口走っているので踏んだり蹴ったりだ。……まぁそれでも、怪盗に狙われながらも家人が気に病んでいないので悪い事ではないのだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、八八話〔パーティーの光〕




