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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第三部 守護する真星

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八六話 危機管理意識の欠落

 コーン、と一定の間隔で聞こえる澄んだ音。

 ししおどしの音を聞くと心が洗われるような錯覚を受け、自然に溢れた庭園を眺めているとその心が清浄に保たれる思いがある。これが自宅の庭とは贅沢な事だ。


「うむ、いい庭園だな。庭を散歩するだけで日頃のストレスが霧散しそうだ」

「えっ、千道さんでもストレスが溜まったりするんですか……?」


 風流な気持ちで呟くと、無自覚に毒を吐くユキが不思議そうに聞いてきた。

 俺には読心能力があるので意識して嘘を吐かないようにしている、という事ではなく、これが真星ユキの自然体なのだ。


「――間もなくご隠居様がお出でになります」


 失礼なユキを窘めようとすると、それを察したように付き人が口を挟んできた。

 雨音もカリンに甘いが、この氷華もお嬢様に甘過ぎるところがある。主人の至らぬ点を指摘するのも付き人の役目であるはずなのだが。


 だが、雑談しながら人を迎えることが失礼であるのも事実。しかもその相手がユキの祖父となれば、尚更に礼を失するわけにはいかないだろう。


 ――そう、俺は真星家を訪問していた。


 今日が怪盗の予告日というわけではない。怪盗との対決は三日後になる。

 俺はユキの友人枠として三日後のパーティーに参加するつもりだったのだが、なぜかユキの祖父――真星冬一郎が俺と会ってみたいと言い出したらしいのだ。


 しかし、これは俺にとって悪い話ではない。

 なにしろ俺は冷凍食品メーカー『マジ吉』のヘビーユーザー。毎日の食生活を助けられているので、前々からメーカー側にお礼を伝えたいと思っていたのだ。


 そして真星冬一郎はマジ吉の先代社長。これほどの大人物に直接感謝を告げる機会が訪れたのだから願ってもない好機だった。

 俺が礼儀正しく静かに待っていると、不意に部屋の襖がバーンと開かれた。


「この男か、この男がユキの……!」


 髪もヒゲも真っ白に染まった老人。

 その冬一郎さんと思しき人物は、部屋に入るや否や感情を昂らせていた。


 その荒々しい感情は、敵意。

 なぜか初対面の俺がギラギラと敵視されているという不可解な展開だ。


 俺が味方である事は孫娘から聞いているはずなのだが……もしかすると、ユキが無自覚に毒々しく伝えたのかも知れない。このメガネっ娘ならあり得る話だ。


「お初にお目にかかります、千道ビャクです。冬一郎さんには前々からお礼を申し上げたいと思っておりました」


 俺にとって冬一郎さんは大恩ある人物。

 誤解から敵意を向けられているとしても、こちらは礼儀正しく振る舞うのみだ。

 そんな俺の態度が意外だったのか、冬一郎さんはまじまじと訝しむような顔だ。


「……お礼じゃと? 一体どういう事じゃ」


 おっと、これは天下の冷凍食品メーカーの先代社長とは思えない言葉だ。

 冷凍うどんや冷凍そばなどの主力製品を筆頭として、数多くの人々を魅了してきた歴史ある冷凍食品メーカーの『マジ吉』。


 消費者から感謝の声が届くことなど珍しくもないはずだが……いや、大企業の経営者ともなると現場の声が届かないのかも知れない。ならば、ここは俺の出番だ。


「いつも美味しく頂いている、つまりはそういう事ですよ。はははっ……」


 消費者として朗らかに感謝を告げてしまう。

 冬一郎さんは「なっっ!?」と驚愕を露わにしているが、この様相からすると自社製品が愛食されている事が予想外だったようだ。


「お、お、美味しく頂いているじゃと……!」

「ふふ、その通りです。もちろん毎日というわけではなく、たまには浮気をしてしまう日もありますよ。いくらなんでも毎日では飽きてしまいますからねぇ……はははっ、はーはっはっはっ!」


 ついつい軽快なジョークまで飛ばしてしまう。

 日頃から大変お世話になっているので俺が上機嫌になってしまうのも致し方ない。しかし、テンションが上がっているのは俺だけではなかった。


 冬一郎さんも自社製品が褒められて嬉しいらしく、顔を真っ赤にして唇を震わせていた。心なしか敵意が増しているようにも見えるが……いや、これは高揚感で俺の目が曇っているだけだろう。冬一郎さんが怒る理由など存在しないのだ。


 冬一郎さんが大喜びなのでユキも「はわわ……」と頬を上気させている。祖父の喜びは孫の喜びという事なのだろうが、まったくもって微笑ましい限りだ。


 氷華だけは何かを言いたそうな顔をしているが、従者が口を挟むわけにはいかないと考えているのか黙して語らずだ。おそらくは一緒に喜びたい気持ちを我慢しているのだろう。名探偵は人心の機微に聡いのでお見通しである。


 そんな温かい空気に包まれている中、おもむろに冬一郎さんが立ち上がった。


 トイレかな? と思いながら自然と目で追っていると、なぜか冬一郎さんは床の間に飾ってあった刀を手に取り――「この外道がぁぁっ!」と斬りかかってきた!


「うおっ!?」


 突然のご乱心に驚きつつもサッと身を躱す。老人らしからぬ鋭い太刀筋だったが、明確な害意が見えていたので回避は難しくなかった。


 しかし、これは一体どうした事なのか?

 世間の噂で冬一郎さんは変人だと聞いてはいたが、仲良く談笑している最中にいきなり斬りかかってくるとは常軌を逸している。まさにマジキチな所業である。


「ご隠居様、お止めくださいっ!」


 そこで前に出たのは氷華。

 気の触れた老人の前に身を投げ出すという暴挙。俺は咄嗟に氷華を引き倒そうとするが、しかし意外にもご隠居様は動きを止めていた。


「ぐぬぅぅ……」


 氷華は斬れないという理性が勝ったのか、悔しそうに刀を納めるご老人。

 どうやら無事に嵐は去ったようだが、それでもこれで良しとするわけにはいかない。良識ある大人として一言言っておくべきところだ。


「歳を取って気が触れてしまうのは仕方がない――が、それなら刀を遠ざけておくべきだろう。危険な武器を手元に置いておくとは何事だッ!」


 本人の意図しないところで不始末をしでかすのは致し方ないにしても、その認識の甘さで他人に迷惑を掛けてしまうのは大問題だ。


 これは自動車免許の返納問題に近いと言えるが、しかし今回のケースは比較にならないほど酷い。なにしろこの老人は情緒不安定なのに凶器を飾っていたのだ。


 来客者を殺すつもりとしか思えない危機管理意識の低さ。この体たらくでは俺が厳しく叱責してしまうのも当然だった。


「き、貴様、この儂を気狂いじゃと……!」

「おじいちゃんッ!」


 俺の諫言にご隠居は激昂しかけたが、孫娘の声を聞いてピタリと静止した。

 祖父の蛮行にユキは珍しく怒っている。普段は怒らない人間が怒ると妙な緊張感があるので、なんとなく俺まで背筋を正してしまった。

 なにはともあれ、これでようやく落ち着いて話が出来そうなので一安心である。


明日も夜に投稿予定。

次回、八七話〔希代の陶芸家〕

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