八五話 ライバル的な存在
共通認識となった怪盗ロスターの存在。
俺が会話の波に乗れて安堵していると、カリンは深刻な顔で話を続ける。
「……公にはなってないけど、被害に遭った家では死傷者も出てるって話よ」
それは聞き捨てならない情報だった。
個人的には『怪盗』という存在に面白みを感じていたが、ユキに危険が及ぶ可能性があるなら話は別だ。名探偵のライバル的存在に高揚している場合ではない。
「だ、大丈夫だよ。警察には知らせてるし、私には氷華さんもいるから」
あくまでも心配無用をアピールするユキ。
確かにユキの言い分は間違っていない。警察は決して無能ではないし、付き人であり護衛でもある月守氷華、彼女の腕がそれなりに立つことは分かっている。
ラスに心を奪われている姿には一抹の不安を感じるが、俺がユキの頭を撫でようとすると『失礼』と音もなく割り込んでくるのだ。この無駄のない滑らかな動きは素人に出来るものではない、氷華に武術の心得があるのは明白だ。
ただそれでも、俺やルカと比較すると不安が残ると言わざるを得ない。
並大抵の相手ならともかく、問題の相手は予告状を出して盗みを成功させるような実力者だ。俺がユキを心配してしまうのは当然だろう。
「うぅ〜ん……」
カリンも怪盗対策に納得しかねているのか憂い顔だ。それでも面と向かって反対しないのは、ここで異議を唱えることは氷華の力量を疑うことになるからだ。
ともあれ、もう少し情報を得ておきたい。
「ところでユキ、怪盗は何を狙っているんだ?」
「えっと、真星家の家宝という事になっている金細工です。……その、端的に言えば食品サンプルのようなものになります」
ユキがもにょもにょと言い辛そうに語るところによれば、狙われている真星家の家宝は『丼に入ったうどん』との事だ。
真星家は冷凍食品で財を成した家。
その主力である『うどん』を金細工で作って家宝扱いにしたのだろうが、これはユキの声が小さくなるのも仕方がない。家宝と呼ぶにはイロモノに過ぎるのだ。
「祖父の誕生パーティーでは毎年家宝を展示しているのですが……その日を指定して、怪盗から予告状が届いたんです」
ユキの祖父と言えば、真星冬一郎。
俺もお世話になっている冷凍食品メーカー『マジ吉』の先代社長だ。
結構な変わり者と聞いた事はあったが……自分の誕生パーティーを毎年開いて家宝を見せびらかしているとは、ユキの祖父は噂に違わぬ人物らしい。
「毎年の恒例行事となれば家宝の存在も知れ渡っているという訳か。――よし、分かった。今年は俺もパーティーに参加させてもらう」
「えぇぇっ!?」
メガネっ娘は仰天しているが、これは別に驚くような事でもない。
ユキが直接のターゲットでないにしても、その身に危険が及ぶ可能性があるのだ。このまま座して待つわけにはいかない。
「どうだ、ユキの方から話を通してくれるか?」
「出来なくはないですが……でも、その」
この反応からすると俺を巻き込みたくないと考えているようだ。その気持ちは有り難いが、しかし俺に諦めるという選択肢は存在しない。
ここはユキが受け入れやすいように提案しておくべきだろう。
「おっと、勘違いするなよ。ユキが心配という気持ちもあるが、名探偵として『怪盗』と相対しないわけにはいかないからな」
これは全くの嘘ではない。
不謹慎ではあるが、個人的に『怪盗』の単語に心が踊っているのは事実だ。
名探偵として怪盗との対決に惹かれてしまうのは本能的に仕方ないのだ。
「クローズドサークル――猛吹雪の山荘、嵐の孤島などのように外界から隔たれた場所での事件にも憧れているが、やはり怪盗との対決は定番だからな」
「そ、そうですか……」
よしよし、ユキから遠慮の気配が消えている。
心なしか正気を疑われているような気がしないでもないが、目的達成の為を思えば些細な犠牲に過ぎないだろう。
「だからユキ、連続殺人事件が起きそうな場所に出向く時には俺を呼ぶんだぞ」
「ユキがそんな場所に行くわけないでしょ!」
ついでに魅力的な事件の先約をした直後、幼女が噛みつくように口を挟んだ。
ユキの安全は気掛かりでも俺が怪盗退治に出向くのは不安、という複雑な心境で黙っていたようだが、さりげなく旅行の約束をしたのが気に入らなかったらしい。
もちろんカリンの求めるものはお見通しだ。
「ふふ……安心しろ。クローズドサークルに出向く時はカリンも一緒だ。俺の推理ショーを特等席で見せてやろう」
「わ、私は一緒に行きたいって言ったわけじゃないわよ。……そもそも殺人事件の発生を想定してるのはおかしいでしょ」
自分も一緒だと分かった途端にトーンを弱める幼女。相変わらず素直な子供だ。
しかし、よくよく考えてみれば……光人教団や天針家、俺の行く先々で大量殺人事件が発生しているような気がしないでもない。
これも名探偵の宿命というやつなのか。
「どっかに旅行に出掛けるんなら、その時はアタシも一緒に行くからなっ!」
おっと、犯人役の大本命が立候補である。
驚くべき犯人率の高さを誇る少女、海龍ルカ。もはや殺人事件が発生する前から『犯人はお前だ!』と断定出来てしまうというものだ。
「よしよし。ならば夏の旅行は絶海の孤島にするか? ……しかし、そうなると被害者役に十人ほど欲しいところだな」
「殺人旅行を前提にするのは止めなさい! それに被害者の数が多過ぎるわよ!」
軽いジョークに声を荒げてしまう幼女。
これは夏の旅行を楽しみにしているが故の過剰反応なのだろう。信頼と実績のルカならやりかねないという不安もあるのかも知れない。
カリンの大袈裟な反応のせいで、ユキ主従から怪しむような視線を向けられているが……まぁ、怪盗を華麗に捕らえれば不穏な誤解も解けるはずだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、八六話〔危機管理意識の欠落〕




