八二話 強制されないアップデート
働かなければ生活を維持できない。無条件で養ってくれる家族が存在すればその限りではないが、俺にそのような存在は居ないのだ。
工事現場、引っ越し、肉体労働を中心に働くこと二週間。持ち前の体力を駆使して働いた結果、俺は月の生活費と孤児院への仕送り分を稼ぎ出していた。
早朝に新聞配達をして昼間に肉体労働というハードスケジュールではあったが、基本的に働くことは好きなので苦にはならない。
そして久し振りの休日が訪れ、待ちに待ったとばかりに子供たちが顔を出した。
「えっ、ラスちゃんって唐揚げが好きなの? それって共食いなんじゃ……」
「カァーッ、何言ってんだ。ユキ嬢だって同じ哺乳類のクジラを食らうんだろ?」
ユキたちがデリケートな話題に踏み込んでいるのを聞き流しつつ、俺は黙々とネットサーフィンに勤しんでいた。来客の相手が不十分なのは申し訳ないが、最近は働き詰めで情報収集が滞っていたのだ。
ただ幸いにも、最近は超能力絡みの事件はめっきり少なくなっている。
特に注目を集めていた『ジャンプ』や『アシッド』などを終息させた事もあって、明らかに超能力を用いたと思われる凶悪犯罪は見つからない。
世間を騒がせていた『ボム』などは未解決のままなのだが……こちらに関しては数年前から音沙汰がないので大丈夫だと見ている。ボムは派手に動いていたので新興勢力などに消されたのではないだろうか。
俺は超能力の影を追いながらニュースに目を通していたが、その間にもラスたちはわいわいと騒がしい。ユキやカリンは毎日のようにラスとチャットをしているだけあって、飲み物やお菓子まで持ち込んでオフ会のようになっている有様だ。
ここが一般客の訪れる事務所である事を忘れているのだろうか? と思いながら見守っていると……ふと、一人の人物が目に留まった。
「むむ……」
ぺらぺらと口を回すカラスをじっと観察しているのは、ユキの付き人。
前回のユキ来訪時には席を外していたので、俺がユキの付き人――月守氷華と会うのは、カリンの進級祝いパーティー以来という事になる。
「でも、ラスちゃんの場合は――」
「――失礼。ラスさん、あなたの身体を触っても構わないでしょうか?」
会話の流れを無視してボディタッチを求める付き人。穴が開くほどカラスを観察していると思っていたが、ラスの知能よりも丹念に手入れされたボディが目当てだったとは侮れない。しかも主人の話を一方的に断ち切るという貪欲さだ。
「そいつはいただけねぇなぁ。オレ様の身体は相棒だけのもんだからよ」
当然と言うべきか、気位の高いラスはあっさりと断ってしまった。
俺を言い訳にされると氷華からヘイトを向けられてしまうのだが、ラスが愛玩動物扱いを嫌がる事は知っているので甘んじて受け入れるのみだ。
「ごめんねラスちゃん、氷華さんは珍しい動物に目が無くて。自宅でも沢山の動物を飼ってるんだよ? 鳥のトッキーちゃんとか猫のイリオーモちゃんとか」
ふ、ふむ、なるほど……。
ネーミングに絶滅危惧種的な雰囲気を感じなくもないのは気になるが、珍しい動物が好きとなればラスに心惹かれているのも納得がいく。
そう言われてよく見てみると……氷華の眼差しは愛玩動物に向けるような目ではなく、動物学者が珍獣に向けるような学術的な眼差しだ。この様子からすると、ラスに触りたかったのも知的好奇心によるものだったようだ。
まぁいずれにせよ、ラスは他人に触られる事を嫌うので結果は同じだ。俺はラスの意思を尊重しているので口添えするつもりはない。
そんなこんなで、氷華から嫉妬の視線を受けながらネットサーフィンをしていると――静かにしていた幼女がソファから立ち上がった。
「ビャク、出来たわよ!」
「出来たぞっ!」
今日のカリンはノートパソコンを弄りながら会話に参加していたが、この様子からすると俺に関係のある作業をしていたようだ。
なぜか黙々とお菓子を食べていたルカも声を張り上げているが、こちらはカリンの言葉に乗っかっているだけだろう。なにしろカリンもルカに驚いているのだ。
「それでカリン、何が出来たんだ?」
やはりと言うべきか、ルカは不思議そうな顔でカリンに詳細を尋ねていた。
意味も分からずに同調するのはどうかと思うが、しかしカリンの方も慣れたもの。すぐに気を取り直し、ふふんと偉そうな態度になった。
「ここのホームページのリニューアルよ。まだ一件も依頼が来てないんでしょ? 私が作ったホームページなのに集客効果が無いなんて認められないわ」
んん? ホームページのリニューアル……?
慌てて目の前のパソコンを操作してホームページを覗くが、そこにあったのは以前にカリンが作ったものと変わりがない。望んでもいないパソコンのアップデートのように強制的に執行される事はなかったようだ。
しかし現状のホームページで充分に満足していたのだが……と思ったところで、ラスが俺の思考を読んだように答えを告げる。
「最近は相棒が仕事漬けだったろ? ここに来れなくて嬢ちゃんは寂しか……」
「ち、違うわよっ!」
なるほど、そういう事か。
探偵業の仕事が無いので最近は外へ働きに出ていたが、探偵事務所を閉めていた事でカリンに寂しい思いをさせてしまったようだ。
ここは歓談の場になっているのでカリンが不満を覚えてもおかしくはない。せめてメールくらいはマメに返しておくべきだったと反省せざるを得ないだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、八三話〔迷走してしまう看板〕




