七八話 捏造してしまう証拠
「――それでは失礼します。また近い内に顔を出させてもらいますね」
思っていたより元気だった先生の姿に安心しつつ、颯爽と院長室を後にした。
真面目な先生が視察団の対応を職員に任せていると聞いて不安だったが、部屋で座って仕事が出来るくらいなら体調に問題は無さそうだ。
おそらくは孤児院の職員が先生に気を遣ってくれたのだろうと思う。
先生と会話を交わした事で心を癒され、俺は温かい気持ちになって廊下を歩いていく。しかし、その心に冷や水を浴びせるような声が届いた。
「ふん、生意気な小娘が。この儂に言い掛かりをつけるつもりか」
「何言ってるんですかっ! さっき私のお尻を触ったじゃないですか!」
これは事件の臭い。しかもこの声は、少し前まで話していたミスミの声だ。
あまり怒りの感情を見せない少女が怒っているとは穏やかではない。
「――おっと、そこまでだ。ミスミ、何があったのか俺に話してみろ」
「ビャクさん!? 聞いてくださいよーっ!」
廊下の曲がり角から顔を見せた途端、怒り心頭のミスミが縋りついてきた。
狭い廊下に居たのはミスミだけではない。孤児院の職員がおろおろしているばかりか、行政の視察団と思しき人間たちが居心地の悪そうな顔で佇んでいる。
そんな中、一人の男が不快そうに吐き捨てる。
「なんだお前は、孤児院の関係者か? 視察の邪魔だからとっとと消え失せろ」
俺を一方的に追い払おうとする脂ぎった顔の男。周囲の反応から察するに、この尊大な男が騒ぎの元凶になっているようだ。
同行している者たちが遠慮がちなので上位の役職者なのかも知れない。
「この人が通りすがりにお尻を触ってきたんです! それもガシッとですよ!」
「……ふん、でたらめを言うな小娘が。この儂を誰だと思っているのだ」
なるほど、とりあえず今の応酬でこの男がクロだと分かった。
俺の前で堂々と嘘を吐くとは愚かな真似をしてくれる。ミスミは子供ながらも発育が良いので手が伸びたと言ったところだろうか。
俺の妹分にセクハラをしておきながら開き直っているのは腹立たしいが……しかし、これは慎重に対応する必要性がある。
本来ならば警察に痴漢行為を訴えるのが正しいやり方だ。男の手に付着しているであろう服の繊維片、その痕跡がミスミの着衣と一致すれば言い逃れはできない。
だが、おそらくこの男は視察団のリーダー的存在。警察が絡むほどの大事になると孤児院の補助金に影響が出てしまう恐れがあるし、上級国民的な能力でセクハラ事件を揉み消されてしまう可能性もある。
この場では堪えて、後から個人的に制裁を加えるのが妥当な手段だろうか?
しかし悪をのさばらせておくのは不本意だな……と内心で葛藤していると、そんな俺の思いを察したのか「私に任せてください」とミスミが囁いた。
何をするつもりなのかと問い掛ける暇もない。
その結果は、即座に発現していた。
「……不埒な真似はしていない、あくまでもそう言い張るつもりなんだな?」
「当たり前だ。身体だけ育ったような小娘が生意気に言い掛かりをつけよって」
俺の最終確認を受けても、セクハラ男は強気な態度を崩していなかった。
既に詰んでいる事に気付いていないとは、どこまでも愚かな男だ。ここは名探偵として引導を渡してやるとしよう。
「言い掛かりだと? ならばそのポケットから飛び出している物はなんだッ!」
「ポケット? ……なッ、なんだこれはっ!?」
驚愕の叫びを上げるセクハラ男。
上司のセクハラ疑惑に苦々しい顔をしていた視察団にもどよめきが走っている。
しかしその反応も当然だ。なにしろ男のポケットから飛び出ているのは破廉恥の塊――そう、ピンクのブラジャーなのだ!
「それでよくも抜け抜けと言い掛かりなどと言えたものだな。通りすがりに下着を脱がしたのだろう? このド変態が、恥を知れぃッ!」
「し、知らんぞ、儂はこんな物は知らんぞ!」
見苦しくも言い訳をするセクハラ男。
ポケットからブラジャーが豪快に飛び出しているので狼狽を隠せないようだ。どう見てもポケットに収まっていないという大胆不敵な犯行である。
「なんて事を……孤児院の子供に手を出すとは」
これまで遠慮して口を挟まなかった視察団の人間も険しい顔付きだ。
視察団のメンバーもセクハラを怪しんでいたようだが、明らかな証拠が出てきた事でここぞとばかりに上司を糾弾している。
冤罪の可能性を考慮していないのは日頃の行いが悪いからなのか、前々から追い落とす機会を狙っていたからなのか。
しかし当然の事ながら、今回のブラジャー事件はセクハラ男による犯行ではない。これは間違いなくミスミの能力――そう、転送能力によるものだ。
あの大きなブラジャーがミスミのものである事は明らかだ。これは自分の着けていた下着を転送するという身体を張った荒業なのだろう。
「ミスミ……今回はともかくとして、もうこんな事をしてはいかんぞ」
とりあえずミスミを小声で叱っておく。
セクハラ男を懲らしめるという意味では有効な手段だったが、あまりにも危険な飛び道具なので注意しないわけにはいかない。
この力を使えば冤罪もやりたい放題なのだ。
「えへへ……」
ミスミも自身の能力の危険性を自覚しているのか素直に頷いた。なにやら顔を赤らめているのは自分の下着が『ブラジャーッ!』と存在感を主張している事が恥ずかしいからなのだろう。超高校級のサイズだけに注目度も抜群なのだ。
ともあれ、これでセクハラ事件は無事に解決だ。
今回の件を大事にするのは行政側としても孤児院側としても避けたいはずなので、おそらく警察を介入させずに内々で処理することになる可能性が高い。
落としどころとしては……行政側で下着窃盗犯に何らかの処分を下し、孤児院の補助金に色を付けるといったところだろうか。
純心な院長先生にはこの手の話は向いていないが、やり手の副院長に任せれば上手く事を収めてくれるはずだろう。
もちろん、後から個人的に懲らしめておくのも忘れない。俺の妹分に手を出したのだから内々の処分だけで済ませるつもりはないのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、七九話〔新しい客人〕




