七七話 目を配るべき家族
時間に縛られない自由業、探偵。それが依頼人を抱えていない零細事務所となれば輪を掛けて時間に余裕がある……というわけで、俺は孤児院を訪れていた。
前回の訪問からそれほど間を空けていないが、新しく加入したばかりの子供が居るとなれば放っては置けないのだ。
「そうかそうか。結局のところミスミは学園に行くことにしたのか」
「そうなんですよ~っ。ずっと学園生活には憧れてましたからね~」
これまでは座敷牢生活を送っていた少女、綿貫ミスミ。そんな少女の口から『学園生活に憧れていた』と聞くと重みを感じるものはあるが、しかしミスミは同情など求めていない。ここは気にすることなく自然に話を続けるまでだ。
「しかもミスミが通うのは偏差値が高い学園らしいな。ミスミはてっきりポンコツ枠だと思っていたから驚いたぞ」
「ひどいですーっ! 私は小さい頃は神童と呼ばれていたんですよ!」
正直な感想を漏らすと抗議の声が返ってきた。
どう贔屓目に見ても『神童』というタイプには見えないが、独学で編入試験をパスしているのだから優秀である事は確かなのだろう。
「軽く聞きかじっただけだが、編入試験は普通に受験するより難易度が高いと聞いている。よく頑張ったなミスミ、よしよし」
「えへへ~っ」
ポンコツ疑惑に不満そうなミスミの頭を撫でると、あっという間にだらしない溶けそうな笑顔だ。このような言動がポンコツ感を醸し出しているのだが、子供が成果を認められて喜んでいる姿は素直に微笑ましい。
「それにしても、新学期が始まって一カ月以上が経っているが……今からでも上手く馴染めそうか? 学園で苛められたら俺に相談するんだぞ」
ミスミは十五歳なので高等部の一年という事になるが、既に新学期が始まって一カ月も経過している。それだけ経てばクラス内のグループ分けも固まりつつあるはずなので、友達の輪に入れずに孤立してしまう可能性は充分にある。
それでなくとも浮世離れしている少女なのでイジメを心配するのは当然だ。ルカくらいの戦闘力を有していれば安心だが、ミスミは戦闘力皆無の少女なのだ。
「もし何かあっても安心しろ。俺はイジメの解決は得意だからな。右の頬をぶたれたら右腕を折ってやろう、はははっ……」
ミスミを安心させるべく爽やかなジョークを飛ばしてしまう。
もちろんただの冗談だ。子供の喧嘩に大人が出張るような無粋な真似をするはずもない。せいぜい戦いの舞台を整えてリングサイドで応援するくらいのものだ。
「ここの子供が苛められた報復で犯罪組織を壊滅させたって話を聞きましたけど、ビャクさんの感じだと本当の話っぽいですねぇ」
ふむ、孤児院の仲間から聞いたのだろうか。
孤児院の皆と打ち解けているようで喜ばしいが、俺が暴力的な人間だと誤解されている節があるのはいただけない。ここは当事者として弁明しておかねば。
「あれは新興マフィアのボスの子供がやんちゃをしていてな、少々目に余るところがあったから話し合いに出向いただけだ」
子供同士での争いであれば懇々と言い聞かせるまでだったが、その子供はマフィアの構成員に命令して同級生に暴力を振るわせた。
学園の同級生――俺の大事な家族、孤児院の子供を殴らせたのだ。
これは家族として文句を言うのは当然だ。
内心で腹を立てつつも名探偵として理性的な話し合いに出向いたのだが……最終的には、新興マフィアが壊滅するという結果になってしまったのだ。
「話し合いの結果としてマフィアは壊滅したが、しかし何も問題は無い。警察も手を焼いていた組織だったらしくてな、俺は正当防衛でお咎めなしだったんだ」
「なにをどうすれば話し合いで壊滅する事になるんですかねぇ……」
俺の交渉力の高さにはミスミも感心している。
やはり警察を味方に付けた合法的な行為だった事が良かったのだろう。
新興マフィアはよほど巧妙に悪事を重ねていたのか、普段は俺を目の仇にしている田所刑事――『貴様は絶対に強制送還してやる!』が口癖の刑事ですら黙っていたのだ。ちなみに俺はこの国で生まれ育っているので強制送還される国はない。
「そういえば、ミスミは学園生活で何かやりたい事とかはあるのか? 部活とか」
「ふふっ、もちろんいっぱいありますよ~。前々からモロ子ちゃんみたいな学園生活には憧れていましたからね」
うっっ、モロ子だと……。
モロ子と言えば、忌まわしき『迷探偵ポロリの事件簿』に登場するヒロイン。
セーラー服を着たオバちゃんが『ほんま学割は最高やで!』と嫌らしい笑みを浮かべている姿には詐欺の臭いしかしなかったが……まさかアレに憧れる者が存在していたとは。世も末とはこの事か。
「そ、そうか……うむ、学割はお得だな」
個人的に思うところはあったが、俺の価値観で子供の憧れを一方的に否定するわけにはいかない。なんとかして良いところを見つけて評価するのみだ。
だが、ミスミは学割の単語に顔を曇らせる。
「でも、先立つものがないんですよね。まずはアルバイトを探さないとです」
この孤児院は基本的にお小遣いが少なく、しかも働ける年齢になると支給が止まってしまうというルールがある。
ミスミはちょうど十五歳なので、自分で稼がない限りは女子高生の必需品であるスマホすら持てないという訳だ。
「――そうですっ! 私のアルバイトなら、ビャクさんに助手として雇ってもらえればウィンウィンじゃないですか!」
いきなり意味不明な事を言い始めたミスミ。
この提案を受け入れたとして、俺のどこに『ウィン!』があるのだろうか……?
そんな疑問が伝わったのか、ミスミは胸を反らせてアピールポイントを語る。
「ふっふっふっ、私は子供の頃は『ワタさん』と呼ばれていましたからね。探偵の助手にはピッタリの逸材ですよ」
こいつは何を言っているのか……と思ったが、どうやら『ワタサン』が世界的推理小説に登場する有名助手と一字違いだとアピールしているようだ。
姓が綿貫だからワタさんという訳だ。
しかし、よく考えてみれば元の名前は一字しか被っていない。そもそもなぜ語感が近いだけの事で得意げな顔をしているのか。
「語感だけで名探偵の助手が務まるものか。それに知り合いのところで働ければ安心という気持ちは分かるが、残念ながら助手を必要とするほどの依頼は無い」
名探偵に助手は必須なので将来的には欲しいが、現段階では時期尚早と言わざるを得ない。人を雇うどころか所長がバイトで稼いでいるような有様なのだ。
それからバイトについて適当に雑談したところで、頃合いを見て立ち上がる。
「そろそろお暇するとしよう。今日は行政の人間が視察に来ると聞いているからな、部外者は顔を見せない方がいいだろう」
ここの運営費用の大部分は院長先生の私財や寄付金などで賄われているが、些少ながら行政による補助金も受けている。今日の視察もそれに関連したものだ。
俺は孤児院の職員でもないので視察団と遭遇すると説明が面倒だ。視察団と顔を合わさないに越した事はないだろう。
名残惜しそうなミスミの頭に手を置き、先生に会うべく院長室へと足を向ける。
先生は老齢という事もあって少し体調を崩しているとの話だ。早々にミスミと出会ったので話し込んでしまったが、先生に会って容態を確かめずにはいられない。
明日も夜に投稿予定。
次回、七八話〔捏造してしまう証拠〕




