七三話 解き放たれた大罪人
なにやら長老会が議論を交わす様子を見守っていると、一人の老人が苦渋の決断をするように重い口を開いた。
「――『斬鬼』を地下牢から連れてこい」
その言葉を受け、道場内にざわめきが生まれた。漏れ聞こえる声からすると否定的な声が多いので、天針衆の多くは長老会の決定を快く思っていないようだ。表立って反発しないのは長老会の威光がまだ残っているからなのだろう。
地下牢という単語からして不穏な予感しかしないな……と胸中で考えていると、死鷹が気を利かせて教えてくれた。
「斬鬼は私の父になります。とは言え、私が生まれる前から地下牢に幽閉されていたので会った事はないのですが」
おっと、闇の深い情報が出てきてしまった。
詳しく話を聞いてみると、死鷹の父は一族の掟を破った事で先代当主――ルカの父親によって地下牢に入れられてしまったとの事だ。
ルカの父親が当主だった頃となると二十年以上も前の話になるので、それが現在も幽閉され続けているとは中々に恐ろしい話である。
ちなみに幽閉している男に子供を作らせているのは長老会の方針らしい。
あまり面白いとは言えない方針だが、それで死鷹がこの世に生を受けたとなれば否定的な言葉は発せないところだ。
「実の弟を地下牢に幽閉か……。先代はそれほど苛烈な人間には見えなかったが、死鷹の父親は一体何をやったんだ?」
「標的以外の人間を、大勢の子供を虐殺したと聞いています。……子供の声が耳障りだったという理由で、仕事帰りに通りかかった孤児院に押し入ったそうです」
その言葉を聞いた瞬間、思わず怒りに呑まれそうになった。
温厚なルカの父親が厳しい措置を取っているのも当然だ。むしろ情状酌量の余地なく処断すべきだったと言えるだろう。
……だがしかし、一方からの情報のみで全てを判断するわけにはいかない。
伝聞の情報が事実と異なっているという可能性もあるので、本人に直接確認するまでは判断を控えねばならないところだ。
そして、その男は天針衆に連れられてきた。
手足を拘束された男。長期間に渡って幽閉されていたという話だが、身体を拘束されながらも動作が洗練されている。これは鍛錬を欠かしていない者の動きだ。
地下牢生活で子供を作っていたという一事からしても、俺の想像よりは自由を与えられていたという事なのだろう。
「……よくぞ参った。斬鬼よ、貴様に自由を得る機会を与えてやろう」
地獄に救いの糸を垂らすような老人の声。
話の内容からすると投獄されていた男に交換条件を持ち掛けるつもりらしいが、そこまでの事をするくらいなら素直に白旗を上げてほしいものである。
「あの狼藉者どもを殺せ。あれらは、貴様の兄の血を引く者どもだ」
「ほう、クソ兄貴のガキか……」
斬鬼が先代にネガティブな感情を持っている事は予想通りだが、しかし長老会の言葉は聞き捨てならないものだった。
次戦の相手は、長老会が軽視している余所者の俺。その相手に大罪人を連れてきた時点で違和感があったが、長老会は俺だけではなく海龍兄妹も倒させるつもりでいるようだ。ライゲンの力を目の当たりにして危機感を抱いたのかも知れない。
「……ハッ、いいだろう。ちょうど地下の生活にも飽いていたところだ」
その斬鬼の答えに、老人はニタリと顔を歪めた。天針衆が不安そうに見守る中、長老会の面々は嬉々として斬鬼の拘束を解いていく。
そして、手枷と足枷が外れた直後――長老会の老人の首が宙を舞った。
状況が飲み込めずに「えっ?」と硬直した老人も袈裟斬りに斬り捨てられる。ほんの一呼吸の間に、長老会の老人が二人も仕留められた形だ。
「なっ、な、なにをするか斬鬼ッ!」
「なに、ちょっとした肩慣らしだ。地下牢生活で勘が鈍っていたからな」
返り血に塗れた姿で凄惨に嗤う男。
長老会の面々は思わぬ反逆に動転しているが、その間にも斬鬼の『刃』が老人たちを血祭りに上げていく。
幽閉された恨みを晴らしているかのようだが、しかし憎悪の感情は見えない。
そこにあるのは愉悦。俺に正の感情が見えずとも、人間を斬り裂くのが楽しくて仕方ないという感情が伝わってくる。
「うっ……」
気が付けば死鷹の顔が真っ白になっていた。
調子が悪そうなのは死鷹だけではなく、道場の隅で固まっている天針衆も長老会を助けることも忘れて青くなっている。
しかし、彼らが蒼白になっているのも無理からぬところではある。
指導者的存在である長老会が次々に昇天しているし、斬鬼の殺気は一般人が失神しかねないほどに強烈なものなのだ。
平常時ならいざ知らず、ライゲンに心を折られた直後の状態では耐え切れるものではない。……ともあれ、ここは若者を安心させておくとしよう。
「これでは勝負どころではないな。まったく困った困った、はははっ……」
笑う門には福来たる。
沈み込んでいる死鷹の為にも、あえて朗らかに笑っておくという訳だ。
それにこの展開は悪くない。
当初の予定では俺とルカが圧勝して長老会の心を折るつもりだったが、老人たちが諦めていなかった時には、死鷹の面目を潰してでも処断するつもりでいたのだ。
この事態は目的に目が眩んだ長老会の自業自得でもあるので、俺としては温かい目で長老会討伐を見守るのみである。仕方ない仕方ない。
「せ、千道さん……」
俺の気持ちが伝わったのか死鷹の顔にも血色が戻ってきた。
しかも顔色が改善したばかりか、死鷹の座る位置がさりげなくライゲンに近付いている。もちろんこれは俺が距離を取られているわけではない、少し前まで恐れていたライゲンに近付く事で『もう怖くないですよ!』とアピールしているのだ。
ちなみにそのライゲンは全く動じていない。
戦闘が終わって俺からスマホを受け取った直後、もはや恒例となった定時報告モードに入ってしまったのだ。この様子では殺気に気付いているかどうかも怪しい。
ルカはルカで飴を口内で転がしながら上機嫌な様子だ。殺戮劇を笑顔で眺めているので将来が不安になるところだが、おそらくは手強い相手が現れたことに喜んでいるのだろうと思う。
明日の投稿で第二部は終了となります。
次回、七四話〔バタフライエフェクト〕




