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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍

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六七話 炙り出した異分子

 雑多な人々が利用しているホテルのロビーラウンジ。商談をしているビジネスマン、歓談に花を咲かせている女性陣、その利用用途も多岐にわたっている。


 そんな喧騒の中、俺は静かにコーヒーを(すす)っていた。この場にはラスも居なければ海龍兄妹も居ない、俺一人だけだ。


 一見すると待ち合わせをしている体であるが、それはある意味では間違っていない。俺は待ち人の訪れを――天針家の使者が訪れるのを待ち構えているのだ。


 これは素直になった殴暴組のカシラから『過去に天針家へ仕事の依頼をした事がある』と証言を得られた事が切っ掛けだ。

 仕事の依頼時には天針家の使者と顔を合わせているとの事だったので、カシラに協力してもらってロビーラウンジでの会談の約束を取り付けたという訳だ。


 ちなみに天針家の使者の顔は分かっていないが、この場にカシラを同行させる事は考えなかった。顔を見分ける方法には当てがあるので手間を踏むまでもない。


 それに、今のカシラはそれどころではないはずだ。殴暴組の事務所で非合法な品々を大量に発見してしまったので、善良な市民として匿名で警察に通報しておいたのだ。今頃は警察に踏み込まれて対応に追われているはずだろう。


 殴暴組の末路に思いを馳せつつ、近くの喫茶店で待機しているルカたちの動向を不安に思いながら待っていると、天針家との待ち合わせ時間になった。


 ロビーラウンジは多くの人々で賑わい、現時点では目標の相手が誰なのか判明していない。しかし、既に天針家を判別する為の手は打ってある。


『――天針様、殴暴様よりお電話が入っています。フロントまでお越しください』


 待ち合わせ時間になった直後、ロビーラウンジにアナウンスが響き渡った。

 これこそが俺の秘策――ラスに電話を掛けてもらっての呼び出しだ。


 もちろん、当然の事ながら『はい、暗殺の天針です』と相手が電話に出るとは思っていない。この電話の目的は別にある。


 俺はふらりと自然な動作で立ち上がり、ゆっくりとした足取りでロビーラウンジを歩き、ある一人の若者の前で足を止めた。


「――――()()()?」


 最終確認がてら出し抜けに『天針』の名前を出した途端、その若者は一瞬の迷いもなく逃亡態勢に移る――が、俺はそれをさせない。


 鳩尾に拳を突き込み、すかさず男の首筋に手を伸ばす。的確に頸動脈を押さえれば時間は掛からない。若者は抵抗する間もなく意識を手放した。


 俺は怪しまれないように自然な笑みを浮かべて周囲を見回すが、周囲の気配を見計らっていた事もあって目撃者は見当たらなかった。


 しかし、それにしても……この若者の反応には驚かされた。


 不測の事態が起きたと判断するや否や、こちらを攻撃するわけでもなく迷わず逃亡を図っていた。腕が立つ若者に見えたので武力に頼らなかったのは予想外だ。


 アナウンスが流れても眉一つ動かさないという優秀な若者だったが、今回は相手が悪かった。外面を取り繕っていても、俺の目には若者の動揺が見えていたのだ。


 だが、それも無理はない。後ろ暗い稼業をしている天針が白昼堂々と呼び出された形だ。表情に出さなくとも内心の動揺まで抑え切れるはずがないのだ。

 しかもその呼び出し相手が反社会的勢力の殴暴となれば尚更の事だろう。


 ともあれ、標的を眠らせてしまえば後は簡単だ。

 俺は苦笑を顔に貼り付け、泥酔した友人に肩を貸すような形で男を運ぶ。

 得意の自己暗示によって『まったく、だらしない奴だなぁ……』と本気で思い込んでいるので犯罪性は感じられないはずだ。


 事前にホテルの一室を取っておいたので運搬先も抜かりはない。

 そう考えると、天針家の使者が男だった事は運に恵まれていた。意識不明の女性をホテルの部屋に運んでいたら犯罪臭が著しかったところである。


 しかし今回は想定以上に上手くいってしまったが……これは事前にルカたちを遠ざけたからなのか、俺の日頃の行いが良いからなのか。


 前者だとすると最初から最後まで俺一人でやった方がいい気がしてしまうので、ここは後者だという事にしておくべきなのかも知れない。


 ――――。


 ホテルの客室のベッドでは、若者がスーツを着たままの恰好で横になっていた。

 これは無作法ではなく意識を取り戻していないだけなので仕方ない。いつものように手足を折っていない事もあって安らかな寝顔だ。


 本来であれば手足を縛るくらいの事はしておくべきなのだが、今回は思うところあって何も手出しをしていない。


 今の俺の状態は『待ち』。ホテルの客室に呼び寄せた海龍兄妹の到着を待ちつつ、意識を失っている若者の目覚めを待っているという形だ。


 果たしてどちらが早いだろうか? と考えながら、ラスとチャットをしながら静かに待っていると――不意に、俺の目が変化を捉えた。


「どうやら意識が戻ったようだな」


 若者は身じろぎもしていなければ呼吸の変化もないが、横になった身体から困惑や警戒の感情が漏れ出している。この若者の意識が戻った事は明白だった。


 狸寝入りをしている間に現状を把握する魂胆なのだろうが、こちらの時間は限られているので付き合うわけにはいかない。


「…………」


 俺の断定的な声に観念したのか、天針家の使者は静かに身を起こした。

 柔和な顔立ちをした若い男。内心で困惑が渦巻いているのが見て取れるが、この若者が戸惑っているのも無理はない。


 殴暴組の依頼に出向いてみれば突然に昏倒させられ、ホテルの客室で目覚めたかと思えば拘束もされていないという状況だ。これで混乱しない方がおかしい。


 ちなみに、この若者を拘束していない理由は大きく分けて三つある。


 一つ目の理由は、天針家と和解する可能性を残しておきたかったという理由だ。

 ルカの父親から和解は不可能だと言われているが、しかしその言葉を鵜呑みにして平和的解決を諦めるわけにはいかない。だからこそ外傷は最小限に抑えたのだ。


 そして二つ目の理由。これは俺の心情的なものになるが、俺よりも年下と思われる若者を傷付けたくなかったという理由だ。

 いざとなれば子供が相手でも容赦はしないが、それでもこちらから手を出すような真似はしたくない。子供が相手なら基本的には正当防衛に限るべきなのだ。


 最後の三つ目に関しては、単純な理由だ。

 この若者が攻撃を仕掛けてきても、ここから逃亡を図ろうと試みても――俺にはそれを完全に抑えられる自信があるのだ。


「……あなたは何者ですか?」


 こちらの隙を探りながら押し黙っていた若者だったが、このままでは埒が明かないと判断したのか静かに口を開いた。

 殴暴組とは大違いの理性的な対応だ。俺への敵意も意外なほどに弱い。


「俺は東の名探偵、千道ビャクだ。しかし、相手の名を尋ねる時は自分から名乗るものだぞ。これは常識だから覚えておくといい」


 名探偵の名乗りを上げつつ、若者の非常識な振る舞いを(たしな)めておく。

 礼節を知らない子供にマナーを教えるのは大人の役目。それが敵側の人間であっても俺のやる事は変わらないのだ。


「……天針死鷹(しだか)と申します」


 若者は何か言いたそうな顔をしながらも名を名乗った。

 俺に礼儀を説かれるのが釈然としない様子だが、それでも嘘を吐かずに本名を名乗っているあたりは好感が持てる。

 年を聞けば「十八歳です」との答え、やはり俺より年下だったようだ。


 それにしても……意外な感が拭えない。天針家の使者だと分かっていたが、まさか天針の姓を持つ者だとは思わなかったのだ。


 思い起こすのは龍の里。あの村はアットホームな気風だったが、それでも海龍の姓は一目置かれているような節があった。


 そう考えると『天針死鷹』が暴力団との連絡役を務めているのは不可解だ。

 何か問題が起きた時にはトカゲの尻尾切りのように切り捨てられそうな役目なので、天針の姓を持つ者には不釣り合いな気がするのだ。


「……私は一族の出来損ないです。聞き出せる情報も高が知れていますよ」


 俺の内心の疑問が伝わったのか、これから尋問を受けることを察したのか、死鷹は自嘲するように呟いた。そして俺はその言葉に引っ掛かりを覚えた。


「一族の出来損ない? それは『特別な能力を持っていない』という事か?」


 特別な能力、つまり超能力の事だ。

 ルカの父親から超能力は遺伝によるところが大きいという話を聞いていたが、それでも完全に遺伝するものではないとの事だったのだ。

 死鷹は口を開かないが……心を読み取る限りでは、推測は的を射ていたようだ。


「超能力を持たずとも自分を卑下するな。俺の目から見て、死鷹は相当に優秀……ちょっと待て、話の続きは後だ。俺の仲間が到着したらしい」


 自己評価の低い若者を褒め殺しにする直前、部屋の外から気配を察した。

 この猛々しい気配は、間違いなくルカだ。ライゲンは気配を殺しているのか存在を読み取れないが、普通に考えればルカと行動を共にしている可能性が高い。海龍兄妹が到着したのなら、詳しい話は合流してからの事だ。


明日も夜に投稿予定。

次回、六八話〔落ち着かせる心〕

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