六六話 マフィア狩りの名探偵
「タマ取ったらぁっ!」
俺が方針を決めたと同時、血の気の多い組員の一人が引き金を引いた。
もちろん難なくヒラリと身を躱す。……だが、今回は射線が多いのでこのまま単純に躱し続けるというわけにはいかない。
それに俺が全ての銃弾を回避したとしても、ライゲンがスマホに集中しているので不安が残る。この男は歩きスマホならぬ戦場スマホをしているのだ。
よし、ここはあの手でいこう。
最初の一人に続いて更なる銃撃が襲い掛かるが、既に俺は『それ』を手にしていた。飛来する銃弾、その直後に聞こえたのは――カンッ、と響く金属音だった。
「ど、どうなっとるんじゃあっ!?」
「ふふ、そう驚くことはない。見ての通り、この『灰皿』で銃弾を弾いただけだ」
これは超能力でも何でもない。
殴暴組の事務所に置いてあった灰皿を拝借して銃弾を弾いただけだ。
薄いステンレスの灰皿なので正面から銃弾を受け止めるのは難しいだろうが、絶妙な角度で当てて銃弾を逸らすくらいなら支障は無い。
この程度であれば射線が見えている俺にとっては児戯に等しい。……そういう意味ではこれも超能力だと言えるだろうか。
「ッ、マグレに決まっとるっ……!」
組員たちは諦め悪く銃撃を繰り返すが、当然の如く結果は変わらない。
連続する銃撃音に合わせてカンカンと小気味良い音が連続して響いていく。なにやら卓球プレイヤー気分でちょっと楽しくなってきた。
だが、そんな膠着状態も長くは続かなかった。
「ぐっ、は、腹ぁやられた……」
室内を跳弾が飛び交っていれば銃撃している側にも危険が及ぶ。弾いた跳弾が組員を傷付けたのは、ある意味では必然的な流れだった。
俺に撃たれたような言い草をされているが、もちろんこれは俺の責任ではない。これは殴暴組の銃によるものであるし、その銃を撃ったのも殴暴組の人間なのだ。
むしろ善良な一般市民としては『人殺しーっ!』と警察を召喚してやりたいところだが、まだ目的を達成していないので今は見逃しておく。
「ビャク、それ面白そうだなっ!」
くっ、これはいかん……!
大人しくしていたルカが絡んできたので違和感を覚えたが、気が付けばルカは焼き鳥を平らげてしまっている。これは一刻を争う事態だ。
こちらに殺意を向けている殴暴組の組員、敵に容赦しない事には定評があるルカ。このままでは殴暴組の組員が、組員が、皆殺しにされてしまう……!
「く、狂っとる、狂っとるでこいつら……!」
組員たちも本能で身の危険を察したのか恐怖の感情を発していた。
なにやら俺まで恐怖の対象にされているのは納得いかないが、新しい灰皿を手に取って上機嫌になっているルカが異常である事は認めざるを得ない。
新しいスポーツ感覚で銃撃を心待ちにしている姿は確かに狂っている。
「うおぉッ、死にさらせやぁッ!」
銃弾に倒れる仲間、銃撃を娯楽扱いしている少女。それらの重圧に堪えかねたのか、組員の一人が自分を奮い立たせるような絶叫を上げた。
そして男はルカに銃口を向け、非道にも無邪気な少女へと狂弾を放つ――が、ガンッと鈍い音が響いただけでルカは無傷だった。
ルカなら一撃くらいは問題無いだろうと考えていたが、まさにその通りの結果だ。銃弾を灰皿で捉えるところまでは俺と同じだったが、銃弾を受け止める角度が悪かったので一撃を凌いだだけで灰皿が壊れてしまった。
「ああっ、壊されたっ!? ――許さねぇッ!」
そしてルカは激昂した。
お気に入りの玩具を壊された子供のような怒り。壊された灰皿は殴暴組のものだったのだが、しかしルカに道理が通じるはずもない。
まばたきの間に銃撃犯へ詰め寄ったかと思えば、荒れ狂う野生児は掬い上げるような怒りの鉄拳を放っていた。
「うごっっ!?」
天に召されたように舞い上がる男。しかしその行き先は天国ではなく、天井。
バキッと破砕音が響き、男の首がズボッと天井に突き刺さってしまった。反射的に『イン!』と叫びそうになるほどの芸術的な光景である。
常軌を逸したスピードとパワーに呆然とする一同。その隙を俺が見逃すはずもなく、するりと距離を詰めてゴスゴスと組員たちを血祭りに上げてしまう。
最後に残った一人は、カシラだ。
「おどれら、ふざけよって……殴暴組に手ぇ出してタダで済むと思うなや」
お決まりのような脅し文句。
報復を恐れる者には効果があるのだろうが、もちろん名探偵たるもの脅しには屈しない。そもそも徹底的に心を折っておけば報復される心配もないのだ。
俺は脅し文句を軽く聞き流していたが、しかし短気なルカは黙っていなかった。
「なんだとテメェッ!」
無意識に後顧の憂いを断つことを考えたのか、目にも留まらぬルカの殺人パンチが飛ぶ――が、俺は咄嗟に手を当てて軌道を逸らした。
これも灰皿で銃弾を弾くのと同じだ。直接受け止めるのは困難であっても、その殺人的な軌道を逸らすだけなら難しくないのだ。
軌道の逸れた一撃は、事務所の壁をドゴンッと豪快に粉砕した。俺が手を出さなかったらカシラの頭蓋骨が粉砕されていた事は明らかだろう。
「こらこら、話を聞きたいから殺すなと言っておいただろうが」
油断も隙もないとはこの事だ。
敵意を向けられて厳しい対応を取るのは間違いではないが、武器を手放した相手にも容赦しないのは行き過ぎている。
だが、しかし……コンクリートの壁が粉々になった事で、虚勢を張っていたカシラの心も粉々になっているのは事実だ。カシラは恐怖に震えているので尋問がやりやすくなった事は認めざるを得ない。
「まったく、困った奴だ。……いいか、ルカ。いつも言っているが、戦意を失った相手に酷い事をしてはいかんぞ」
ルカの蛮行は目に余ったが、それでも功績を評価しないわけにはいかない。
わしわし撫でるのは過剰という事で、フワッと頭を撫でておく。叱られてムスッとしていたルカもあっという間に「分かったっ!」とニッコリである。
返事が良くても次回に活かされないのがルカクオリティなのだが、裏のない笑顔で真っ直ぐに言われてしまうと悪くは思えない。
「まぁ、それはそれとして。すぐにでも天針の話を聞きたいところだが……とりあえず、全員の手足を折っておくのが先だな」
殴暴組の組員は全員が倒れているが、それでも油断は禁物だ。
尋問している最中に背後から撃たれては目も当てられない。人を傷付けるのは心苦しくとも妥協するわけにはいかないのだ。
「ああ、ライゲンも手を貸してくれるか?」
お嬢様への定時報告が終わったらしいライゲンに声を掛けると、無口ながらも気の良い大男は小さく頷いた。
そしてライゲンは手際良くポキポキと骨を折り始める。それはまるでベテラン農家が野菜を収穫するかのような無駄のない動きだ。
これを作業動画としてネットに投稿すれば熱心なファンが付きそうだが、しかし組員たちの絶叫が耳に残ってしまうのが玉に瑕だろうか。
なにはともあれ、不本意な荒事は終わったので次は対話の時間だ。どれだけ情報が得られるかは分からないが、さっさと片を付けて観光を楽しみたいものである。
明日も夜に投稿予定。
次回、六七話〔炙り出した異分子〕




