六五話 増えていく犠牲者
一階が駐車場、ニ階が殴暴組の事務所。
結果的にはこの建物の構成に救われた。
ルカが殴った男は路上で酔っ払いのように寝ているが、二階の事務所から慌ただしい気配は感じられない。そう、ルカの蛮行は気付かれていないのだ。
事務所が一階にあったら即座に露見していたはずなので実に幸運だった。
「焼き鳥のタレを床に零してはいかんぞ」
「ん、んん」
階段を上りながらルカに注意を促しておく。
俺とて自分の探偵事務所を汚されたら面白くないので、訪問先の事務所を汚さないように配慮してしまうのは当然だ。
この思いやりの気持ち、この気持ちがあれば作戦の成功は約束されている。俺は自信満々で階段を上り、知人の家を訪ねるかのように事務所の扉を開ける。
「――失礼するぞ。ああ、警戒は無用だ。俺たちは怪しい者ではないからな」
事務所の扉を開けた途端に警戒の視線が飛んできたので、安全性をアピールするように悠然と笑みを作っておく。
今回の目的は情報収集。通行人に道を尋ねるかのように『暗殺者一族の拠点はどこだろう?』と自然な流れで情報を得たいところだ。
「ところで、ちょっと聞きたい事が……」
「テメェらっ、どこのもんじゃい!」
おっと、いきなりの怒号が飛んできてしまった。せっかく紳士的に尋ねているにも関わらず、最初からこちらの話を聞こうともしていない。
世間的には反社会的勢力であっても、一応は『会社』という体裁を取っているのだから来客者の話を聞かないのは問題だ。……いや、もしかすると会社だけあってアポイントが必要だったのかも知れない。
「アポなしで訪れた非礼は謝罪しよう。だが、俺たちは争いに来たわけではない」
「――カ、カシラぁっ! うちの若いもんがやられてまっせ!!」
俺の言葉は秒で説得力を失った。
外の様子が気になったのか、組員の一人が窓から路上を見てしまったのだ。大量の鼻血を流して倒れている男の姿には弁明の余地がなかった。
しかし、それでも俺は諦めない。
一見すると衝突は免れないが、ここは巧みな話術で平和的に収めてみせる。
「おおっと、勘違いするなよ。あの男は俺たちを恫喝してきたのだ。よく考えてみろ、強面の男が気弱な人間を脅したんだぞ? 生命の危険を感じて攻撃してしまうのは当然ではないか? ――そう、その通り。至極当然!」
「ちょけとんのかッ! よくもたかしを……たかしぃぃっ!!」
完璧な理論武装によって正当性を主張してみたが、血気盛んな組員たちに聞き入れられる事はなかった。そして文脈からすると路上で倒れている男が『たかし』なのだろうが、なにやら俺がたかし呼ばわりされている感があるのは否めなかった。
ともあれ、不穏な空気が漂っているので荒事に備えておかねばならない。
俺は同行者の様子を横目で確認する。ルカに関しては問題無い、まだ焼き鳥が残っているので積極的に応戦する事はないはずだ。
そしてライゲンは……ん、んんっ?
この男、剣呑な空気を気にすることなくスマホを弄っているではないか……。
確かに定時報告の時間になってはいたが、この状況で堂々とスマホに集中しているとは恐ろしい逸材だ。このマイペースぶりはルカの兄らしいとも言えるが。
まぁ、それはそれとして。たかしの友が襲い掛かってきたので――「ぶごぉっ!?」とフックで顎を砕いておく。
矢継ぎ早に他の組員たちも迫るが、こちらもボコッボコッと床に沈めてしまう。
またたく間に地を舐める三人の男。一連の応酬で危機感を覚えたのか、今更ながらに組員たちの目の色が変わった。
「こいつ、頭は狂っとるが腕はエゲツないで……。道具や、道具使えや」
息をするように言葉の暴力を振るう非人道的な男。地元では俺の事を『狂った死神』などと呼ぶ不心得者が存在するが、まさか旅行先でも狂人扱いされるとは。
人の心を平気で傷付けるとは人道に背く悪行。丸腰の相手に銃まで取り出しているのだから手の施しようがない。
組員たちは俺に銃口を向け、自分たちの勝利を確信したようにニタリと嗤う。
「――天針。この名に聞き覚えはないか?」
そのタイミングを狙い澄まして聞いておく。
どのみち俺の目には嘘が通じないが、相手の意識が弛緩している時、油断している時の方が大きな反応を引き出しやすいのだ。そして、俺の狙いは成功していた。
「……カシラ、だったか。どうやら天針の名を知っているようだな」
「ッ……!」
部屋に居る組員たちは顔に疑問符を浮かべていたが、その中でもリーダー格の男だけは異質な反応を示していた。
負の感情が見えずとも一目瞭然の反応。
俺の口から『天針』の単語が出た直後、カシラだけは緊張が走ったように顔を強張らせていた。これは明らかに暗殺者一族を知っている者の反応だ。
「ふふ……そう怯える必要はない。正直に洗いざらい吐いてくれるなら危害を加えないと約束しよう。俺は平和主義者だからな」
得体の知れない闖入者から暗殺者一族の名前が出たことが不安だったのだろう、カシラの身体から不安と恐怖が滲み出ていたので安心させておく。
ちょっとしたすれ違いから殴暴組の組員を何人か昏倒させてしまったが、俺たちの目的は情報収集であって殴暴組の撲滅ではないのだ。
しかし、俺の温かい気遣いは逆効果だった。
「舐め腐りよって、うちにカチコミ掛けといて何が平和主義者やッ!」
怒りの声によって場の殺意が膨れ上がる。
激昂する事で不安を紛らわせているような節はあるが、集団から殺意を向けられてしまったからには穏便な話し合いはここまでだ。
対話には対話、暴力には暴力。
あまり気は進まないが、まずは組員を無力化してから尋問に移るとしよう。
明日も夜に投稿予定。
次回、六六話〔マフィア狩りの名探偵〕




