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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍

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五五話 狙われていた海龍

 獲れたての猪肉、村の畑で収穫した野菜。これらの品々は薄く切り分けられ、目の前の鉄板で焼かれるのを待つばかりとなっていた。


 そう、これは焼肉パーティー。

 ルカの帰郷を祝う肉の宴である。


「あんたがルカの騒いでたビャクって男だね。苦み走ったいい男じゃないか。もちろん、私のダンナには負けるけどね!」


 ルカの母親は想像通りの人物だった。

 俺はまだ二十歳なので『苦み走った』と言われると微妙な気持ちになるが、少なくとも歓迎されている事は間違いないだろう。


 ちなみに村人たちと違ってルカの両親は俺に偏見を持っていないが、これは家族だけあってルカから俺の事を詳しく聞いていたからのようだ。

 俺の人間性を聞いたのなら村人たちの誤解も解いてほしかったものである。


「それであんたがラスだね。黒いねぇ、真っ黒じゃないか。肉食べるかい?」


 カラス的に『黒いねぇ』と言われても返答に困るだろうが、この雰囲気から判断すると褒めているつもりらしい。そこで、猪肉を切っていた父親が口を開く。


「――それは生焼けだ」


 どうやらラスに生焼けの肉を差し出していたのが気になったようだ。

 初対面時の印象を覆すようなエプロン姿の父親。この家の家事全般を受け持っているとの話だが、料理の手際がいい事もあって家庭的な姿が板についている。……反社会的勢力の人間が板前に転職したような雰囲気があるのも否めないが。


「そっちの小さいのがカリンだったね。あんたの事も聞いてるよ、変な匂いがする小さい子だって。……なるほど、なるほどねぇ。なんだか懐かしい感じだよ」

「私は小さくないし変な匂いもしないわよっ!」


 当然のようにルカの母親は神桜家の娘に遠慮などしない。

 ルカのカリン評は護衛対象に対するものとは思えないが、なにかと気を遣われやすいカリンに遠慮しないのは喜ばしい事だ。初対面で懐かしんでいるのは謎だが。

 そんなカリンの声に気を引かれたのか、ルカの父親も幼女へと視線を向ける。


「あの『女帝』の孫という事になるのか。……確かに、少し似ているな」

「えっ、私がお祖母様に?」


 意外な言葉にカリンは驚いているが、その気持ちは俺にも分かる。あの女帝と似ていると言われて驚かないはずがない。


 女帝――神桜家の先代当主であり、カリンの祖母にあたる人物。俺でなくともこの国の人間なら誰もが知っている有名人だ。


 女帝とカリンは血縁的には似ていてもおかしくないが、金髪碧眼のカリンは神桜家では圧倒的に浮いている。お世辞にも似ているとは言い難い。


 外見的に似通ったところはないのでルカの父親の感性が独特なのか? と思ったが……しかし、その言い回しが少し引っ掛かった。


「もしかして、女帝と面識があるのか……?」


 俺からすればテレビの中の人物だが、上流社会で有名らしい海龍なら女帝と面識があってもおかしくない。そう思っての質問だったが、果たしてルカの父親からは予想外の答えが返ってきた。


「いかにも。命を狙って仕留め損ねた標的だ」

「えぇぇっ!?」


 さらりと告げられた言葉にカリンが驚愕した。

 困窮していたこの国を立て直したと言われているほどの偉人、それが女帝だ。


 結果として暗殺は失敗に終わっているようだが、あの女帝の命を狙ったとなるとタダで済む話ではない。海龍家が取り潰しになっていないのが不思議なほどだ。

 そんな俺の疑問を察したのか、ルカの父親は淡々と事情を説明する。


「かつての儂は暗殺を生業としている天針(てんばり)家で当主を務めていた。そして天針家当主としての最後の仕事が、あの女帝の暗殺であった」


 これは予想外の経歴だ。ルカの父親が暗殺者であった事は予想通りだが、まさか他家から海龍家に入った人間だとは思わなかった。


 暗殺を生業としている天針家。


 そのような物騒な一族の話は聞いた事が無いが、上流社会で海龍家が有名なように裏社会では知られている存在なのかも知れない。

 そんな俺の考えを裏付けるかの如く、意外なところから驚きの声が上がる。


「カァァッ、まさか西の天針かよ。こいつぁとんだ大物じゃねぇか」


 それはまさかのラス。 

 考えてみれば、このカラスは初めてルカの事を話した時にも『戦闘一族の海龍か』と普通に知っていた。名探偵として悔しくはあるが、俺よりもラスの方が情報通である事は認めざるを得ないだろう。


「なるほどな、あんたは天針の人間だったのか。あの西の天針だな」


 とりあえず見栄を張って乗っかっておく。

 情報が乏しいので『西』くらいしか言及できないが、名探偵としては怯むわけにはいかないのだ。そんな中、ルカの母親が昔を懐かしむように語る。


「懐かしい話だねぇ……。もう随分前になるけど、あんたが襲撃してきたから殺し合いになって結婚する事になったんだよねぇ」


 くそっ、話の流れが全く理解できないぞ……。

 ルカの母親がどこから出てきたのかも分からないし、なぜ殺し合いから結婚の話になったのかも分からない。もしかして『血痕になった』の聞き間違えだろうか?


 死んだ人間を『思い出になった』と形容するようで詩的だな……と考えながら昔話を聞いていると、話の断片を拾っている内に詳細が分かった。


 なんでも女帝が襲われた時に護衛をしていたのがルカの母親だったらしく、暗殺者と激闘を繰り広げている内に親しくなって結婚に至ったとの話だ。


 殺し合いから結婚に繋がった流れは全く分からなかったが、ルカの両親の馴れ初めと聞くとなんとなく納得出来るような思いはある。

 カリンを見て懐かしんでいたのは女帝を連想していたからという事も分かった。


「それで天針家はどうなったんだ? あんたが当主を務めていたんだろう?」


 話しぶりからすると天針家は歴史のある家柄だ。当主が暗殺に失敗しただけならともかく、標的の護衛と恋仲になったとなれば問題にならないはずがない。


 ルカの父親は婿養子で海龍家に入ったようだが……もしかすると、暗殺者一族は解散して龍の里で暮らしているのだろうか?


「うむ。儂は天針家を出奔したが、天針家は今も儂たちの命をつけ狙っておる」


 どうやら火種は残ったままだったようだ。

 暗殺者一族に狙われながらも平然としているのは腕に自信があるからなのか、この村には手練れが揃っているからなのか。

 だがしかし、ルカの父親の発言には聞き逃せない言葉があった。


()()()という事は家族も狙われているのか?」

「いかにも。天針家は血脈が他家に流れる事を認めておらん。儂だけでなくルカたちも天針家の標的になっておる」


 ルカの父親は眉一つ動かすことなく子供が暗殺者に狙われている事を告げた。

 一見すると薄情ではあるが、子供に愛情を持っていないわけではないだろう。


 今もルカが焼肉を食べながら「やっぱり親父の作ったタレは美味いな!」と笑顔で称賛すると、ルカの父親は慈愛に満ちた目で「うむ」と応えている。……ルカに関わる話をしている最中なのだが、この父親は娘に甘過ぎるのではないだろうか。


「その天針家がどれほどの腕利きを抱えているのかは知らないが、あんたの子供たちの事を放って置いていいのか?」


 俺の見立てでは、この父親はルカを仕留められるほどの力量を持っている。

 ルカの父親は天針家でも上位の実力者だったとは思うが、今も天針家には実力者が揃っている可能性は高い。このまま悠長に構えているのは危険だろう。


「少なくとも兄二人に関しては問題無い。あれらは既に全盛期の儂を超えておる」


 その言葉に、思わず耳を疑った。

 ルカの兄たちとは面識がないが、二人とも三十歳に満たない年齢のはずだ。その若さでこの父親を超えているとは尋常ではない。


 次男のライゲンなどは俺と同年と聞いているので尚更に驚きだ。……それほどの男に嫁探しを依頼するカンジも中々の大物だが。


「それほどの実力者であれば心配は無用か。……だが、ルカの事はどうなんだ?」

「ルカは才あれども未熟。本人の希望で試しがてら外に出したが、当初の予定ではすぐに村へ戻す予定であった」


 当初のルカが護衛をしていたのはハム少年。

 護衛をクビになったら村に戻るという約束をしていたらしいので、やはりハム少年を殴り飛ばす事を事前に想定していたようだ。


 他家の子供を犠牲にする計画には文句を言いたくなるが、とりあえずそれは後回しだ。今は他にも気になる事がある。


「すぐに戻ってくるはずの予定が狂ったという訳か。それならば、なぜルカがカリンの護衛に付くことを認めたんだ?」


 ルカはクビになった直後、父親に護衛対象の変更を告げる為に村へ戻っている。

 村の外では天針家に狙われる可能性があるのなら、安全が保障されている村に留めておくべきだったはずだろう。……ルカがそれを受け入れたとは思えないが、特に反対もされなかったと聞いているのだ。


「ルカに土をつけた者がいると聞いたからだ。自分より強い者と出会った、とな」

「……それは意外な評価だな。俺は正面から堂々と戦ったわけではないのだが」

「ルカとお主が共闘したと聞いておる。その際にお主の力を見極めたのであろう。そして儂も直接会って確信した――今のルカではお主に歯が立つまい、と」


 俺は知らない内に高評価を貰っていたようだ。

 カリンなどは意外そうな顔で驚いているが、これは俺よりもルカの方が強いと考えていたからだろう。純粋な身体能力ではルカの方が上なので分からなくもない。


「子供に引けを取るわけにはいかんからな……まぁ、それはいい。俺がルカより腕が立つとしてもだ。それがルカを危険な場所に置いておく理由にはなるまい」

「お主の話は詳しく聞いておる。これでルカの目は節穴ではない。ルカが懐くような者が近くに居るなら心配は要らぬだろう」


 ふむ、なるほど。

 ルカが信頼している人間なら、敵に襲われた時に助けるだろうという事か。


 その楽観的な考えは純朴なルカの父親らしいと言えるが……しかし、愛娘を放任している理由はそれだけではないはずだ。


 なにしろ天針家の腕利きの話を出してもルカの父親には動揺が見えなかった。これは娘を溺愛する父親にしては不自然だと言わざるを得ない。


 そうなると考えられるのは『今の天針家にはルカの父親ほどの腕利きが存在しない』という可能性だ。それならば愛娘の危機に平然としているのも納得がいくし、ルカの父親クラスの怪物がひしめいていると考えるよりは現実的だろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、五六話〔見逃さない標的〕

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