五二話 現れた龍の一族
代わり映えしない森を疾走すること二時間強。
事前にルカからは『ちょっと走ればすぐだ!』というフワッフワな話を聞いていたが、一向に到着する兆しが見えないので引き返すことも視野に入れ始めていた。
そんな俺の心配を霧散させたのは、突然の大音声だった。
「――待てぇぃ! この先になんの用だっ!」
森を切り裂く制止の声。
俺たちが素直に足を止めた直後、声の主は彗星のように上から降ってきた。
大きな図体で軽やかな着地。かつてルカが木の上から現れた事があったが、その男も同じように上からの登場だ。
「……って、あれ? ルカじゃねぇか」
「おうっ、カンジか!」
やはりと言うべきか、現れた男はルカの知人だった。
精悍な風貌をした青年。名探偵的洞察力によると俺と同年くらい。直前まで気配を悟らせなかった技量からしても海龍の関係者としか思えないところだ。
「どうしたんだルカ、こないだ帰ってきたばっかだろ? やっぱりまた殴ってクビになっ……お、お前はっ!?」
会話の断片だけでもルカの日頃の行いが分かると思いながら聞いていると、快活に話していた男は急に血相を変えた。その視線の先に居るのは、俺。
……ふふ、こいつは中々分かっている。
「どうやら俺の事を知っているらしいな。察しの通り、俺が名探偵の千道ビャクだ。お前の事も知っているぞ、カンジよ」
自己紹介をするなら前フリがほしいと思っていたが、その点でカンジは完璧だ。
言うなればお約束のようなもので『あ、あれはっ!?』や『お、お前はっ!?』と話を振ってもらえると非常に気持ちが良いのだ。
「なんでオレの名前を知ってんだ!?」
ノリの良いカンジは名乗りの返しまで非の打ち所がない。ついさっきルカが『おうっ、カンジか!』と口にした事を完全に忘れているかのようだ。
「なんかルカに似てるわね……」
カリンがルカの背中から感想を漏らすと、ルカは自分が褒められたかのように「アタシのイトコだからな!」と嬉しそうな顔だ。
二人は仲の良い親戚なのか、カンジと似ていると言われた事が嬉しいらしい。
言葉のニュアンス的には称賛ではなく呆れの要素が強かった気もするが、本人が喜んでいるなら何も言うまい。美点である純粋な性質が似ているのは事実なのだ。
だが、そんな友好的なムードの中――唐突にカンジから敵意が発せられた。
「おめぇがルカの見つけたっていう男か。聞いてるぞ、ルカのおっぱいを……」
「――ああぁッ!!」
なにやら妙な話になりかけたところで、ルカが野獣のような雄叫びを上げた。
それは猛り狂った獣。話の続きを喋らせないかのように、次の瞬間には強烈な拳がカンジの顔面を捉えていた!
「ぐぇぁっ!!」
仲の良い親戚だったはずのカンジに対し、荒れ狂う猛獣は容赦しない。
鼻血を出して倒れたところにマウントポジション。そして息をつく暇もなく猛拳を矢継ぎ早に送り込む。……こ、これはいかん、レフェリーストップ!
「落ち着けルカ、いくらなんでもやり過ぎだ!」
突然の凶行に固まってしまったが、友人として止めないわけにはいかない。
おっぱい関係に弱いルカにとって鬼門の話だったにせよ、まさか照れ隠しで親戚をボコボコにするとは誰が予想出来るのか。
一応は背中のカリンに意識が向いていたのか腰の入っていない手打ちのパンチだったが、それでもルカの攻撃力は尋常なものではない。
これは流石に死んでしまったはずだろう、と被害者の冥福を祈りながら視線を向ける――が、思わぬ光景が目に映る。
「お前、生きているのか……?」
「なんだ……オレを心配してんのか? おめぇ、良いヤツみたいだな」
まさかと思って声を掛けた直後、ニカッと爽やかな笑みを返されてしまった。
龍の一族の善人判定の甘さは異常と言えるが、あれほどのラッシュを受けながら意に介していないのは殊更に異常だ。
俺が瞠目する中、カンジは何事も無かったように軽やかに立ち上がる。
「心配はいらねぇ。オレは山龍家の長男にして七光り、『鉄壁』のカンジだ。これくらいの攻撃ならスズメバチの群れに襲われたようなもんよ」
ふむ……なるほど。
突っ込みどころの多い自己紹介ではあるが、この曇りのない眼を見る限りでは突っ込み待ちの発言ではないようだ。
とりあえず、最も気になっている事だけは聞いておくとしよう。
「その『鉄壁』という通り名は、カンジの能力に由来しているものなのか?」
海龍家を筆頭とする龍の一族は超能力者集団だと聞いている。
本来ならば死亡していたはずの猛攻を受けてピンピンしているとなると、カンジの異常な耐久力は超能力由来ではないのか? と考えたのだ。
「おうよ、見ての通りだ。俺の鉄壁は三秒だけ身体が硬くなるんだぜ」
「そ、そうか……。しかしカンジ。その正直なところは個人的に好ましいが、初対面の人間にそこまで詳しく話すのは止めておけ」
予想通りにカンジが能力者だった事はともかく、鉄壁の弱点とも言える時間制限まで教えてもらえるとは思わなかった。
ルカもそうだが、このカンジも無警戒に過ぎる。都会に出てきたら詐欺に遭って丸裸にされかねないので、初対面の俺が苦言を呈してしまうのも当然だ。
「オレは鉄壁を使わなくても硬ぇから大丈夫だ。それに鉄壁が切れたってどうってことねぇ、殴られるのはちょっと気持ち良いからな!」
へ、変態っ……!
この男、さりげなくとんでもないカミングアウトをしてきたぞ……。
黙って聞いていたカリンが嫌そうな声を漏らしているのも仕方ない。なぜこんな事を清涼な笑顔で言えるのか。
「……まぁそれはともかくとして、村までの案内を頼めるか? ルカと積もる話もあるだろうが、それは村に着いてからだ」
「おっ、そうだな。行くかビャク」
快活な笑顔で気安く応えるカンジ。
会ったばかりなのに十年来の親友のような距離感だが、そんな気安い態度が不自然に感じられないのはカンジの人徳と言えるだろう。
個人的にこのような裏表の無い人間は好ましい。ルカとよく似ている性質だが、このカンジと出会えただけでも龍の里を訪れた甲斐があったというものだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、五三話〔湯けむりの結婚相談〕




