五十話 二人きりの映画鑑賞会
俺がカリンの前で酒を飲むのは初めてだが、しかし毎晩のように飲んだくれていると思われるのは面白くない。一応は補足説明をしておくとしよう。
「別に毎晩飲んでるわけじゃないぞ。俺が酒を飲むのは月に一回、それも夜だけだ。カリンが俺と酒の組み合わせを初めて見るのも当然だろう」
「ふぅん……」
自分から話を振っておいて気の無い返事。
おそらくは『名探偵ポロリの事件簿』の方に意識が集中しているのだろう。
正直に言えばタイトルに若干の地雷臭を感じなくもないが……いや、『名探偵』の名が付く作品に駄作が存在するはずがない。存在してはならないのだ。
俺とカリンが自然と息を詰めて見守る中、期待の映画が幕を上げる。
『――わいは佐藤ポロリ。どこにでも居る普通の高校生探偵や』
くっ、初っ端からブチ込んできたぞ……!
いきなり突っ込みどころの嵐。ポロリが本名なのも中々のものだが、高校生探偵と言いつつ外見が中年にしか見えないのだ……!
「なんなのこれ……」
当然のようにカリンも困惑していた。
学生服を着たオッサンのモノローグから始まっているのだから、映画評論家でなくとも文句を言いたくなるというものだ。
中年の高校生という主人公には企画物のいかがわしい動画のような雰囲気を感じなくもないが、しかしまだ諦めるのは早い。
「お、落ち着けカリン。まだゴミ映画だと判断するのは早計だ。この映画は名探偵の看板を背負っている作品なんだからな」
「私はゴミ映画なんて言ってないわよ。ビャクがそう思ってるんでしょ」
おっと、これは痛いところを突かれてしまった。ミステリー物の映画を選んだつもりが理解不能なジャンルだったので動揺が隠せなかったようだ。
「話はここまでだ。適当に観ていると事件のヒントを見逃すかも知れない」
「そこまで集中して観なくちゃいけない映画には見えないんだけど……」
カリンの文句を聞き流しつつ、俺たちは真面目な映画鑑賞に入った。
推理物の映画で雑談は禁物。重要な手掛かりを聞き逃しておいて『こんな情報は無かった!』と叫ぶような恥知らずな真似はできないのだ。
だが、しかし……話が進めば進むほどに俺の困惑は深まっていった。
『モロ子、ここはわいに任せて先に行くんや!』
『頼むでしかし!』
くそっ、登場人物のキャラが濃すぎて内容が頭に入ってこない。
紅一点であるモロ子のヒロイン力の低さも異常だ。どこの世界に『頼むでしかし!』と言いながら主人公を置き去りにするヒロインが居るのか。
「――ねぇビャク、ちょっと部屋が寒いから暖房つけてもいい?」
壊滅的な映画から逃げるように杯を重ねていると、カリンから声を掛けられた。
言われてみると少し肌寒いような気もする。俺の感覚的には問題無いが、これはカリンに対して配慮が足りなかったと言わざるを得ないだろう。
「気が付かなくて悪かった。俺は昔から暖房の空気がどうにも苦手でな、普段はあまり暖房をつける習慣がないんだ」
「そうなの、なら別につけなくていいわよ」
おっと、カリンに気を遣わせてしまった。
普段は傍若無人な発言を繰り返しているが、これでカリンは他人を優先してしまう傾向がある子供だ。自分が寒さを我慢すればいいと考えても不思議ではない。
もちろん、そんな事は俺が認めない。
「妙な気を遣うんじゃない。……いや、そうだな。それではこうしよう」
「――きゃっ!? なっ、ななにを……」
暖房がなくとも温まる手段はある――そう、人肌で温めてやればいいのだ。
なにやらカリンは言語不明瞭に陥っているが、俺の手元にすっぽり収まっているおかげか体温が上昇してきた気がする。まさに目論見通りだ。
「な、な、なにして……」
「どうした? 抱き締められるのは嫌なのか?」
「…………ぃ、ぃやじゃない、けど」
途切れ途切れの言葉を漏らすカリン。
後ろから抱き締められるのが恥ずかしいのか心臓も早鐘を打っている。
一般家庭では珍しくもない光景なのだが、予想以上に過剰な反応だ。
いや、もしかすると……神桜家では家族間の交流は皆無だと聞いているので、カリンにはこのような触れ合いの経験が欠けているのかも知れない。
ならば、ここはカリンの家族の代わりに俺が甘やかしてやるとしよう。
「よしよし、カリンは可愛いやつだな」
「ぅ、ぅぅっ……」
後ろから抱き締めたまま顎で頭をぐりぐりしてやると、カリンは言葉を忘れたように呻き声を漏らすばかりだった。
しかし俺に余計な言葉は必要ない。俺の目にはカリンの負の感情が見えないので嫌がっていないのは分かっている。
むしろ『もっとや、もっと甘やかすんや!』というカリンの心の叫びが聞こえているくらいだ。……いけない、心の叫びがモロ子の影響を受けてしまった。
『ポロリ、ポロリ、今日も事件がポロリ――そう、わいが名探偵ポロリや!』
なんとも言えない気持ちで映画を鑑賞していると、ふと違和感に気付いた。
カリンが妙に静かだと思ったら、知らない間に腕の中で寝息を立てている。
この映画は贔屓目に言ってもゴミ映画なので、昼間の疲れもあって睡魔に襲われてしまったのだろう。最初は慣れないのか腕の中で緊張していた様子だったが、今はすっかりリラックスして穏やかな寝顔だ。
普段は人に甘える機会が無さそうなので、人の温もりに安心したという事もあるのかも知れない。俺がカリンの寄る辺になれたという事なら喜ばしい限りだ。
仕方ないから部屋まで運んでやろうと思いながら無防備な頭を撫でると……夢の中で褒められたかのように、溶けそうな柔らかい笑みを浮かべた。
明日も夜に投稿予定。
次回、五一話〔弾圧する迷推理〕




