四八話 砕かれた主従の絆
「――もう絶対にルカとはソリに乗らないわっ!」
主従の絆には亀裂が入っていた。
二人が下山した直後、カリンによる絶交宣言ならぬ絶ソリ宣言である。
一方のルカはニコニコしているので友情崩壊の危機は感じないが、ここは共通の友人として口を挟んでおくべきだろう。
「まぁまぁ、落ち着けカリン。ちょっとソリが暴走してしまっただけだろう」
「なにがちょっとよ! だから上級者コースなんて無理だって言ったのよ!」
幼女を宥めようとすると矛先が飛んできた。
だが、カリンの言い分も分からなくはない。ルカが『上級者コースに行こうぜっ!』と言い出した時点でカリンは難色を示していたのだ。
スキーやスノーボードならともかく操作性に難のあるソリ。そんなもので崖のような急斜面に挑むのか? と俺も傍から怪しんでいたが、ルカが自信満々で『大丈夫に決まってるだろっ!』と豪語したのでカリンも渋々了承したのだ。
その結果は言うまでもない――そう、全く大丈夫ではなかった。
ルカは足でブレーキをかけながら滑るのかと見守っていたが、猪突猛進な少女は速度を緩めるどころか曲がる素振りすら見せなかったのだ。
楽しそうな野生児と悲鳴を上げる幼女を乗せたソリ。その弾丸のようなソリはコース外へと直進し、大木に砲弾を撃ち込むように衝突してしまった次第だ。
「それにビャクも! 他人事みたいにスマホで撮ってないで止めなさいよ!」
まだ収まりがつかないのか、カリンは更に俺を糾弾する。
事故現場を撮影するマナーの悪い現代人のように言われてしまったが、しかし雨音から撮影を頼まれているのだから仕方がない。
むしろそこは上級者コースで撮影しながら滑走する技量を褒めてほしかった。……わざわざカリンを怒らせる趣味はないので口にしないが。
「俺が手を出さなかったのは、ルカに任せておけば問題無いと考えていたからだ。現にカリンを抱えて脱出していただろう?」
大木に衝突する直前、ルカはカリンを抱えたまま雪面へ脱出していた。
かなりの速度が出ていようともルカが躊躇するはずもない。カリンを抱えたままゴロゴロと転がる姿はアクション映画さながらの大迫力である。
「だがしかし、カリンの主張にも理がある事は認めよう。結果として無事であってもカリンを怖がらせた事は事実だからな」
「わ、私は怖かったなんて言ってないわよっ!」
せっかくカリンの言い分を認めたのにこれだ。
悲鳴を上げる幼女という証拠映像まで残っているのに否認するとは……。
しかし、幼女を相手に『この動画が目に入らぬかっ!』と責め立てるのも大人げない。ここは大人の対応として聞き流してやろう。
「そしてカリンを怖がらせた事より罪深いのは――そう、ソリを壊した事だ!」
レンタル品のポリエチレン製のソリ。
それなりの耐久性はあるはずだが、しかし猛スピードで大木に衝突するという過酷な使用用途には耐えられなかった。ソリは見るも無惨にバラバラである。
「なんで私よりソリの方が重大性高いのよっ!」
おっと、またしても幼女が面倒臭いことを言い出した。
数秒前には怖くなかったと言っていたはずなのに、早くも前言に反するような発言だ。まぁいつもの事なので例によって聞き流す。
「さて、罪深きルカよ。カリンを怖がらせてソリを壊した事について、何か反省の弁があるなら俺が聞いてやろう」
厳粛な裁判長のように被告人の弁を聞く。ルカの無鉄砲さに問題があったのは明白だが、自ら非を認めて被害者に謝罪するなら許されなくもない。
俺の言葉に思うところがあったのか、ルカは一つ頷いてから幼女に顔を向ける。
「カリン、悪かったなっ!」
「あんた全然反省してないでしょ!」
ルカがニッコニコの笑顔で謝ると、カリンから叱責の声が飛んだ。これほど嬉しそうに謝られては無理もなかった。
事あるごとに突っ掛かる幼女と、全てをまるっと受け流してしまうルカ。
この主従の相性が抜群である事は間違いないが、旅行中にぷんぷんしては勿体ない。ここは俺の方から口添えしておくべきだろう。
「まぁ待てカリン。とても信じ難いだろうが、確かにルカには反省の感情が存在していた。この俺が保障しよう」
普段は心が見えても言及しないが、ルカの為にもカリンの為にも開示しておく。
もちろんそれは大きな感情ではない。吹けば飛ぶような……というか、既に消えてしまった糸くずのような罪悪感だったが、ルカは反省の心を持っていたのだ。
「とてもそうは見えないんだけど……」
俺の言葉を聞いてもカリンは懐疑的だ。
既に反省心は欠片も残っていないので正しい認識ではある。
カリンを怖がらせて申し訳ないという気持ちが存在していたにしても、ルカには楽しかったという気持ちの方が遥かに大きいのだろう。
この満面の笑みを見れば一目瞭然だ。
「ともかく、カリンを怖がらせてソリを破壊した罪は重い。今回の罰としてルカは一回休みだ。俺とカリンがまた下りてくるまで待機を命じる」
「なんでだよっ!」
流石は反省心が完全に消えているルカ。
なぜ自分が罰を受けるのか全く理解していない様子なので逆に感心する。
失敗を引き摺らないのでストレスが溜まらないという羨ましい精神性だが、しかしカリンを怖がらせたのだから無罪放免とはいかない。
活動的なルカにとっては『待機』が一番の罰となるはずだろう。
「よし、では行くぞカリン。今度は中級者コースをゆっくり滑るとしよう」
「それはいいけど……」
悲しそうなルカを気遣わしげに見るカリン。
さっきまで怒っていたとは思えない態度だが、基本的にカリンは負の感情が少ないので怒りも消えやすいのだ。
ルカがカリンを好きだと公言しているのも、この甘過ぎるほどに優しい性質を好んでいるからなのだろうと思う。
そんな中、黙って裁判の成り行きを見ていたカラスが声を出す。
「カァッカッ、ちょうど休憩したいと思ってたところだ。ちょいとオレ様がルカの嬢ちゃんに付き合ってやらぁ」
黒い翼をはためかせ、ラスはルカの肩に滑るように着地した。
これで気遣いに長けたカラスなので、このままルカを一人にさせておくのは可哀想だと考えたのだろう。共通の友人として微笑ましい限りである。
「へへっ……アタシの肩にとまるのは珍しいな。ビャクとカリンばっかだから」
「普段は肩が剥き出しだからなぁ……」
むくれていたルカはあっという間に笑顔だ。
どこか安堵しているようにも見えるのは、友人と遊んでから一人に戻ることに抵抗があったからなのかも知れない。
最初から何も持っていないという状態と、持っていた物が無くなったという状態。最終的な結果は同じでも精神面では大きく異なるという事だ。
実を言えば最初からラスにルカの事を頼むつもりだったのだが……先んじて動くあたりは、流石の相棒と言ったところだろうか。
明日も夜に投稿予定。
次回、四九話〔幼女と旅館の夜〕




