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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第二部 躍動する海龍

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四五話 蹴球的新聞配達

 草木も眠る丑三(うしみ)つ時。

 春の夜風はまだ冷たく、深夜という事もあって外を出歩く者は見当たらない。


 ひと昔前には夜中に散歩やジョギングをする者も居たようだが、この国の犯罪率の上昇に伴って深夜に出歩く者は激減したとの事だ。


 それは悲しい変化だと言えるが……しかしこの場所だけは、いつの時代も変わることなく普段通りの温かい光を灯していた。


「急な代役で悪いなロマルド。その代わりと言ってはなんだが、お前の好きそうな野沢菜漬けを土産に買ってきてやろう」

「ノオ、構わないさ! でもお土産は貰うよ!」


 旅行の為に新聞配達の代行を依頼すると、予想に違わぬ返事が返ってきた。

 サッカー大国からの出稼ぎ労働者、ロマルド。快く代役を引き受けながらも土産の催促は忘れないという憎めない若者だ。


「しかしロマルドだけで配り切れるのか? なんだったら半分くらい誰か……」

「ノオ、野沢菜漬けはミーさ!」


 新人のロマルドに二人分の配達は大変だろうと思っての提案だったが、お土産を独り占めしたいロマルドには無用の配慮だったようだ。皆まで言わせずである。

 俺の担当区域は配達負荷が高いが、この意気ならやり遂げてくれるはずだろう。


 そしてそう、配達負荷。


 新聞配達の給与計算は一部当たりの計算になっているので、配達先が点在している区域と密集している区域では配達負荷に格差が生まれる事になる。

 大型マンションの集合ポストなどはまとめて軒数を稼げるのでお得なのだ。


 この職場は主婦グループと若手外国人グループに分かれているが、後者に配達負荷の高い区域が割り当てられているのは致し方ない。


 それに、若者が避ける夕刊の配達を主婦グループがやってくれている。


 昼の二時から四時という中途半端な時間を拘束されるのは、出稼ぎでガッツリ稼ぎたい若者にとっては鬼門の仕事となっているが、時間を持て余している主婦グループにとっては問題無いという訳だ。


「――オヤハヨ、ビャク!」

「チャイクルさん、おはようございます!」


 販売店に新聞が届くのを待ちながら雑談していると、若手外国人グループのリーダー的存在であるチャイクルさんがやって来た。


 彼は外国人グループの最年長になるが、年上だからリーダー的存在になっているわけではない。人を惹きつけるカリスマ性が自然と立場を押し上げただけだ。


 外国人グループと主婦グループの間には壁があるが、爽やかな好青年であるチャイクルさんに限っては主婦グループとの関係性も良好なのだ。

 ちなみに俺は何もしていないのに主婦グループに恐れられている。


「ノオ、チャイクル! オヤハヨじゃなくてオハヨウだよ!」


 おっと、流石はサッカー大国が生んだ逸材。

 チャイクルさんのゾーンディフェンスを中央突破とは中々にやりおる。


 神の如きチャイクルさんに気安い口を聞いている若者に思うところはあるが、しかしその発言内容は間違っていないので文句は言わない。


「ダヨウハ、ロマルド!」


 明らかに悪化している!?

 これはいけない。ロマルド、まさかのオウンゴール……!


「……ロマルド、そこまでにしておけ。何より大事なのは気持ちだ。言葉が多少乱れていようとも、気持ちが伝わればそれでいいんだ」


 愕然としているロマルドの肩に手を置き、先達としてアドバイスを送っておく。

 実を言えば、ロマルドの通った道は俺の通った道でもある。かつては俺もチャイクルさんに正しい言葉を教えようと試行錯誤した経験があるのだ。


 だが、その試みは失敗に終わってしまった。

 不思議な事に、レクチャーすればするほど言語が怪しくなっていったのだ。


 そこで俺は悟りを開いた――意味が伝わればそれで良いではないか、と。

 これは決して匙を投げたわけではないのだ。


「それはそうとチャイクルさん。俺は来週末にお休みするのですが、代役のロマルドが困っているような事があれば力になってやってください」

「ノオ、野沢菜漬けが旅行だよ!」


 リーダー的存在であるチャイクルさんに報告がてら若者の面倒を頼んでおくと、すかさずロマルドが口を挟んだ。


 自分のお土産が減ることを心配して焦っているのか、その発言内容は相当に意味が分からない。これでよくチャイクルさんの言葉にケチを付けられたものである。


「ハクサイ、買ッテキタネ!」


 更にチャイクルさんが謎発言を被せる……!

 分からない、これは分からないぞ……。ロマルドの発言は文脈で読み取れるのだが、チャイクルさんの発言は本当に何が何やら分からない。おつかいかな?


 しかし、ここで意味を聞いても『ハクサイ、野菜ネ!』と返ってきそうな気がするので、迂闊に聞く事もままならない。これは悩ましい問題だ。


 こんな時にはこの国の伝統芸――そう、笑顔で誤魔化すのみ。


 意味は分からなくとも笑みを浮かべて「うんうん」と頷いておけば全てが上手くいく。愛想笑いは悪く言われがちだが、笑顔が場を和ませるのは確かなのだ。


 俺とチャイクルさんの朗らかな雰囲気に感化されたのだろう、ロマルドもバロンドールを獲得したかのようにニカっと笑う。

 うむ、よかったよかった。今日もこの職場は温かくて何よりである。


明日も夜に投稿予定。

次回、四六話〔踏み入れた銀世界〕

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