覇王的新聞配達
世界が凍りついたような深闇の街。
夜の冷気と闇の深さは徘徊老人の存在を許さず、しかし等間隔に道を照らす街灯が闇夜の不審者を牽制する。そしてそんな中、我らが新聞販売店には新しい熱風が吹き込んでいた。
「――――フハハハ! ここがカンジとビャクの根城か! 甘いぞビャク、我の目を誤魔化せると思ったか!!」
犯罪者の秘密を暴いたかのように高笑いしているのは白髪赤眼の男、海龍コクロウ。なにやら普段以上にテンションが高いのは、夜中に友人と会うという非日常的な状況に高揚しているからだろう。
「こらこら、夜中に大声を出すのは止めろ。それに俺とカンジは夜遊びをしている訳ではない。俺たちは仕事に来てるんだ」
マイペースが過ぎる友人に懇々と常識を説く。
この男は海龍家当主という名の無職王。当然のようにカンジの家に居候している身上で、今日も今日とて興味本位でカンジに同行しているが、俺とカンジは真面目に新聞配達している社会人だ。
無関係な人間が混じっていても咎められないユルユルな職場でも、一人の友人として苦言を呈さずにはいられなかった。
まぁそれでも、限りなく非常識であってもコクロウの人受けは非常に良い。
中性的かつ整った容姿で常時ニッコニッコな外面もそうだが、尊大ながらも不快感を感じさせない天真爛漫な性質は、曲者ばかりの新聞販売店でもあっという間に溶け込んでいた。
「ふふん、我がビャクと初めて相見えた時には容赦無く命を狙ってきたぞ。我でなくば確実に落命していたであろう」
「マジかよ、やばすぎだろ……。そいやオレが初めて会った時もアゴ割られたな。なんでまだ捕まってねえんだ、ビャクの野郎」
むむっ、これはいかん。
コクロウとガブリフが共通の友人の話で盛り上がるのは仕方ないし、不幸な行き違いで起こった事実なので全くのデタラメではないが、話を漏れ聞いている主婦グループから犯罪者を見る目で見られている。
というか、よりにもよって『ミスター暴力』のようなコクロウから粗暴者扱いされるのは非常に納得いかない。これは不名誉を払拭せねば……と声を上げる直前、カンジが友人の名誉を守るように口を挟んだ。
「ビャクはそんなに殴ったりしねえぜ! オレは鍋にキノコを入れた時しか殴られた事ないからな!」
くっっ、俺を擁護しているようで無自覚に背中から刺している……! 確かにそんな事はあったが、あれはカンジがその辺に生えていた紫色のキノコをぶち込んできたからだ。暴力的鍋奉行のような誤解を招くのは心外極まりない。
「こらこら、人聞きの悪過ぎる言い方は止めろ。あの時はカンジが……おっと、もうこんな時間か。トークタイムはここまでだ」
「ふふん、よかろう。我はビャクに付いてやろうではないか」
頼んでもいないのに同行を表明するコクロウ。まぁ、この男を野放しにすると近所迷惑になりそうなので妥当な選択かも知れない。
「いいかコクロウ、今は夜中だからな。決して騒がず、暴れずだ」
「フハハハ! 我に任せるがいい!!」
明らかに分かってなさそうなコクロウに不安を抱きながらも出発する。普段通りにバイクを走らせると、当然のようにコクロウも足で追走だ。もちろん、この程度で息を切らす男でもないので自然と雑談の流れになる。
「――――なんだ、次の野球にはコクロウも参加するのか? それ自体は歓迎するんだが……カンジの家に居候してるから出雲町入りなのがな。カンジとコクロウとかレギュレーション違反が過ぎる」
緩い雑談をしながらシュッシュッと新聞を配りつつ、屋根に乗ったり番犬を怯えさせたりする非常識人に社会的指導も行う。誰もが更生不可能だと諦めても友人として匙を投げたりしないのだ。
そんなこんなで「声がデカいぞ」などと注意しながら走っていると、どこからともなく子供の教育に悪い――いや、子供のようなコクロウの教育に悪い爆音がヴォンヴォンと聞こえてきた。
「むっ、この音はなんだ。随分と五月蠅いぞ」
「……ああ、これは暴走族とか珍走団とか呼ばれる迷惑集団だ。一時期に沢山狩ったから鳴りを潜めてたはずなんだが……」
俺がまだ若かった学生時代、この地域の治安は今よりも遥かに悪かった。
大厄災による移民の大量流入がその背景にあるし、俺自身も移民二世のような感があるので複雑なのだが……その当時は、犯罪組織の万国博覧会とばかりにグローバルな無法集団が悪事を働いていた。
そこで立ち上がったのが正義の名探偵。
犯罪数の多さにキャパオーバーとなっていた警察の代わりに、ご当地マフィアや半グレ集団を狩り尽くし、無法地帯と化していたエリアに平穏を齎したのだった。
「せっかく静かな夜を取り戻したと言うのに……まったく、また道を踏み外した若者を教育してやらねばな」
「その勝負乗ったぞ、ビャクっ!」
なにっ、と思った時は遅かった。
挑んでもいない謎勝負を勝手に成立させたコクロウは、俺が止める間もなくヒュッと軽やかに跳び上がり、ここが最短ルートとばかりに民家の塀を越えていった。
…………ま、まずい、まずいぞ。
俺は自身の迂闊さを呪う。あの男は常に闘争の口実を探しているバトルジャンキー。そんな超危険人物の前で、殴っても許される獲物の話をしてしまった。
暴走集団の多くは更生の余地がある若者なのに、このままでは血に飢えたコクロウに皆殺しにされてしまう。……そうだ、間違いない。やる。あの男は、きっとやる!
俺は処刑人を追って即座にバイクを走らせた。
事態は一刻を争う。たとえ暴走集団を皆殺しにしても権力で揉み消せる――政財界に顔が効くカンジの父親が揉み消せるが、それは正義の敗北だ。
前途ある若者をアスファルトの染みに変える訳にはいかないし、友人の手をこれ以上真っ赤に染め上げる訳にはいかない。名探偵の誇りにかけて、凶行を未然に防いでみせよう。
続きは1月6日(火曜日)に投稿予定。
次回、〔粛清的新聞配達〕




