男たちの鍋会
俺たちは平和な生活を取り戻していた。
先の事件が世間に与えた影響は大きかったが……具体的には神王樹の分体だった政府要人が活動を停止して大騒ぎになったが、国を揺るがす大混乱も時間の経過と共に落ち着きを見せつつある。
樹神教団についても同様だ。組織のトップだった伝達者は失踪という形になったが、樹神教団は巨大組織だけあって一個人に依存していたわけではない。現在も変わらず国内最大手の宗教団体として君臨している次第だ。……今回の件で過激派が消えたので、今後は穏やかな自然保護団体になるのではないかと思う。
なんにせよ、俺たちの身の周りに大きな変化はない。カリンも無事に復学したという事で、これまで通りの生活に戻っただけだ。
身の周りで変わった事と言えば、新しい友人が加わった事くらいだろう。
「――ほほう、ライもここに来たのか」
上機嫌に鍋をつつく白髪の男、海龍コクロウ。この男が慣れない場所で委縮するはずもなく、俺のホームである探偵事務所でも自分の家のように寛いでいた。
「おうよ、たまに三人で飲んでるんだぜ!」
コクロウの言葉に応えたのはカンジ。龍の一族でもトップ層に入るほどの実力者だが、先の事件のようなトラブルには関わることなく毎日を楽しそうに生きている。今日も今日とてコクロウとの再会にご機嫌だ。
「カァッ、しかしコクロウさんよお。訪問前には事前に連絡をするもんだぜ?」
「フハハハ、我は何者にも縛られぬからな!」
社会常識を教えるラスに、高笑いを返してしまうコクロウ。全てをポジティブに受け止める一族なので、ラスに褒められたと勘違いしているのかも知れない。
「……まったく。もっと早く連絡をくれればライゲンやルカも誘えたんだぞ?」
カンジの時もそうだったが、コクロウが都会に出てきたのも突然だった。
なにやら強烈な気配を感じたので窓の外を見てみれば、繁華街に似つかわしくない白い和服姿の男が雑居ビルの前に立っていたのだ。……どうやら以前に渡した名刺を頼りに訪ねてきたらしい。
まぁしかし、探偵事務所を見せびらかすのは満更でもない。コクロウを歓迎すべく友人に連絡を回し、探偵事務所で鍋パーティーを開催するに至ったという訳だ。
「ルカが寝ている時間だったのはともかく、ライゲンが仕事で都心を離れていたのは残念だった。家族の再会は次の機会だな」
「なぁに、しばらくはオレの家に居るからな。これからいつでも会えるぜ!」
そう、コクロウはカンジの家に滞在する事になっている。あの高級マンションは部屋を余らせていたし、海龍家当主は一族の人気者なのでカンジの両親も大喜びで受け入れたのだ。探偵事務所に泊まらせるスペースは無かったので一安心である。
「無計画に突然訪問するのはどうかと思うが……海外旅行中もそうだったのか?」
武者修行の如く世界各地を回っていたコクロウ。龍の一族の中には村を出ている者もいるという事で、海外に在住している縁者の元を回っていたらしい。言うなればヒモのエキスパートのような男である。
「フフン、子細無い。一族の者は諸手を挙げて歓迎していたぞ」
つくねを口に運びながら自信満々の様相だ。
確かにコクロウの人気が高いことは認める。特徴的な容姿を抜きにしても存在感が強いというか、自然と人を惹きつけるカリスマ性があるのだ。しかも龍の一族は強者を尊ぶ傾向があるとなれば、この男が大人気になるのも当然と言えるだろう。
「相手に歓迎されたから問題無いというわけではないが……まぁいい。それはそれとして、コクロウは嫁探しをしているのか?」
村を出て伴侶を探すのが龍の一族の伝統。龍の一族は血が濃いので血族は恋愛対象にならないのだろうと見ているが、いずれにせよコクロウも一族の当主として無関係な話ではない。この機会に友人として婚活事情を確認しておくべきだろう。
「愚問だぞビャク。我は一族の長、次代に血を繋ぐのは責務であろう」
「そ、そうか。コクロウのような人間にもそんな意識があったんだな……」
コクロウに正論で返されるとモヤらないでもないが、今回ばかりはコクロウの意識の高さを認めざるを得なかった。戦闘にしか興味の持てないバトルモンスターだと思い込んでいたので反省するばかりだ。
「それで、良い相手は見つかったのか?」
「フフン、異国の地に目を掛けている者はいるぞ。今はルカと同程度だが、まだまだ伸び代がある女だ。いずれは我に拳を届かせるやも知れぬ」
「それは嫁候補じゃなくて戦闘相手の候補だろうが…………ん? ちょっと待て、ルカとまともに戦えるような女がいるのか?」
恋バナをしているつもりが戦バナになっていたので突っ込んだが、さりげなく聞き捨てならない情報だったので思わず問い返した。
あのルカと同程度の実力者。さすがに龍化を抜きにしての判断だろうが、それでもルカと戦闘が成立する女など考えられない。
とても人間とは思えないので『ウホッウホッ!』なゴリラっ娘が脳裏に浮かんだが、コクロウは更に予想外の言葉を続けてきた。
「そうだな。ビャクに似ている女だ」
俺に似ている女……?
それはつまり『貴方が犯人よ!』といった名探偵的な女という事だろうか?
コクロウは犯人寄りの性質だから相性は良さそうだが、俺に似ている女をお気に入りと言われても反応に困る。……いや、ルカと同程度の実力者となると俺の血族という可能性もあるか。俺は捨て子なので他国に血族が存在する可能性はあるのだ。まぁ、広い世界でそんな偶然があるはずもないが。
「カァッッ。相棒と似てるってのは、鋭い目つきが似てたりすんのか?」
「そいつは人を殴るのが好きそうか?」
俺と似ているという情報が気になったのか、ラスとカンジが興味津々な様子で口を挟んできた。しかし両者共に的外れだ。コクロウが人の容姿を気にするはずがないので、俺と似ているのは雰囲気だろうと察せられるし、俺と雰囲気が似ているのなら暴力を好むはずがないのだ。……だが、それはそれとして。
「こらこら。知らない人間の個人情報を聞き出そうとしてはいかんぞ」
俺はプライバシー意識が高い名探偵。面識のある人間ならともかく、知らない人間の情報を根掘り葉掘り聞くのは失礼というものだ。
話の内容からすると恋愛対象ではなく好敵手として見ているようだが、コクロウに女の影があると分かっただけでも充分と言えるだろう。
「ところで……目を掛けているという事は、次に会う約束もしているのか?」
「うむ。別れ際に『お前は絶対にこの手で殺してやる』と言っていたな」
明らかに別れの言葉がおかしい……!
殺意しか感じられない不穏過ぎる別れ文句。この男は一体何をやらかしてしまったのか……。そしてなぜこんなに嬉しそうな顔でそんな事が言えるのか。
コクロウにも結婚の目があると少しだけ思っていたが、最後の情報で全てが台無しになってしまった。まぁしかし、殺し合いを切っ掛けに結婚を決めたという両親の前例もある。少なくともコクロウは好感を持っている節があるので、友人として陰ながら応援させてもらうとしよう。




