村への帰還
俺たちは龍の里に帰還した。
コクロウとルカが先頭に立って深部を進み、その途中でカリン救出に動いていた龍の一族と合流を果たし、わいわいと騒ぎながら樹海を抜けて帰ってきた。
ちなみに……神王樹が亡くなった事で謎生物や謎植物に変化があるかも知れないと考えていたが、表面上はこれまでと何も変わっていなかった。
つまるところ謎生物や謎植物は独立した存在。おそらくは神王樹の能力――『創造』といった能力で生み出された存在なのだろうと思う。
そう考えれば謎生物の不可思議な生態にも説明がつく。洞窟の地底深くという劣悪な環境で生きている謎生物だが、あらかじめ高温多湿な環境を好むように創られたと考えれば納得がいくのだ。
それだけではない。俺が誘拐犯に追いつけなかった事から、樹神教団の関係者が謎生物に襲われなかった事は明白だが、その理由に関しても見当がつけられる。
なぜか謎生物はコクロウを積極的に襲わなかった――そう、おそらく樹神教団のトレードマークである『白色の服』を襲わないように創られている可能性が高い。樹海調査に白い服を着てくる変人はいないので誰も気付かなかったという訳だ。
そしてその変人のコクロウは、一年振りに帰還した故郷で大歓迎されていた。
「――皆の者ッ! どれだけ腕を上げたか、我が直々に手合わせをしてやろう!」
村中に響き渡るような大音声を放つコクロウ。
村人の腕試しではなく自身の戦闘欲求を満たす為である事は明らかだが、戦闘狂な村人たちは推しのアイドルが現れたかのように大盛り上がりしている。そんな俺の呆れた視線に気付いたのか、コクロウはこちらを見て不敵な笑みを浮かべた。
「フフン、そう案ずるな。ビャクには一人目を務める栄誉をくれてやろう」
「そんなものはいらん」
どんな思考回路をしているのか『俺が一番最初に戦いたかったのに!』と思われている節があったので一刀両断しておいた。俺はこの村の人間のようにバトルジャンキーではないのだ。
「グァッ、グアッッ!」
「ちょっと待て、ルカ。とりあえずは俺たちと一緒に屋敷に帰るんだ」
喧嘩祭りに大興奮しているルカを止めておく。
ルカもコクロウと戦いかったのだろうが、まだツバキやライゲンに無事を報せていないので遊んでいる場合ではない。一応はカリンの護衛なのだから屋敷まで同行するのが筋というものだろう。
俺はカリンを背負ったまま海龍家の門を潜り、衛星電話でツバキたちにカリンの無事を報せた後、そのまま流れるように海龍家の庭に集合した。
「これで大きな問題は片付いたが……まだ、俺たちには重要な問題が残っている」
「……そうね」
もちろんカリンには俺の言いたい事は伝わっていた。カリンを無事に救出して戻ってきても、それで全ての問題が解決したわけではない。本件の副作用で生じた問題は、今も俺たちの眼前に残り続けているのだ。
「グァッ?」
そう、ルカ。ルカドラゴンとして普通に馴染んでいるルカだ。
これはルカの超能力――『龍化』だと分かってはいるが、俺やカリンが心配してしまうのは仕方ない。なにしろ俺たちは超能力のデメリットを実感している。
アクティブ系の能力はともかく、パッシブ系の能力は止めたくても止められない。俺やカリンの読心能力は当人の意思でもオフに出来ない――つまり、ルカの龍化も一度発動したら解除出来ないという可能性があるのだ。
「カァッ、ルカ嬢は元に戻れんのか?」
ラスがルカドラゴンに直接切り込んだ。
ルカに直接尋ねれば早いと分かってはいたが、否定的な答えが返ってくる事が恐ろしくて聞けなかった。そこにラスが切り込んだのだ。
「グアッ、グアアッ、グアッグアッ!」
何を言ってるのか全く分からない……!
ルカドラゴンが何かを訴えている事は分かるが、龍言語では肯定しているのか否定しているのかも分からなかった。俺とカリンはラスと共に困惑していたが、しかしそこで意外な人物が声を上げた。
「ふむ。自分でも無自覚の内に変身していたか」
落ち着いた声で返したのはルカの父親。
ルカドラゴンの鳴き声を聞き取れるのか? と驚愕させられたが、これはルカの父親の能力――『動物との会話能力』によるものだろうと思い至った。
こんな形で会話能力が役立つとは予想外だったが、この場にルカの父親が居たことは僥倖と言えよう。ちなみに母親の方は喧嘩祭りに参加しているので居ない。
「無自覚での龍化か……。これまで街中で変身しなかったのは幸いだったな」
巨大な身体をぽんぽん叩きながらしみじみと呟く。このサイズの生物が都市部に現れたら大混乱になっていたはずなので、ルカが街中で能力に目覚めなかったのは幸運と言わざるを得ない。或いは無意識化でそれを避けていたのかも知れないが。
そんな穏やかな空気の中、カリンが急に指を突きつけてきた。
「ちょっとビャク、どこに触ってるのよ!」
んん? と一瞬だけ考えたが、ルカドラゴンに触っている事を問題視されていると気付いた。まさかティラノサウルス的な身体に触っている事でセクハラ判定されるとは思わなかった。もはやカリンのセクハラ意識の高さには感心してしまう。
「どこと言われても……強いて言えば、ルカの脇腹という事になるのか?」
「グアッ!?」
改めて意識したのか動揺するルカドラゴン。
この硬い表皮では触られている感覚も無いはずだが、なんとなく気分的な問題で羞恥を感じてしまったのだろう。しかし巨体でバタバタすると周辺被害が著しいので大人しくしてほしい。
「まぁ、それはともかく。無自覚の内に変身したのは分かったが、自分で意識すれば元の姿に戻れるのか?」
ルカドラゴンが落ち着いたのを見計らって本題に戻った。カリンのせいで脱線してしまったが、これは重要な問題なので確認しないわけにはいかない。
「グアッ、グアアッ」
「戻り方が分からない、と言っている」
くっっ、なんてこった……。
もしかしたらと不安に思ってはいたが、胸中の悪い予感が的中してしまった。
唯一の救いは、ルカドラゴンに悲壮感が見えない事だろうか。……というか、このままドラゴン生活を送ることになるかも知れないのに平然とし過ぎだ。
「それでいいのか、ルカ? このまま人間の姿に戻れないという事は、商店街で買い食いが出来なくなるという事なんだぞ?」
「グアッ!?」
よしよし、ようやくルカも危機感を持ってくれたようだ。
純真な子供の不安を煽るのは心苦しかったが、ルカはドラゴン形態でも問題無いと考えている節があったので仕方なかった。カリンが責任を感じて泣きそうな顔になっているので尚更に捨て置けない。
超能力の制御には当人の意思が必要不可欠。ルカには強い意思で『人間に戻りたい!』と思ってもらう必要性があったので脅すしかなかったのだ。
そしてルカの変化は劇的だった。
人間に戻りたいと強く意識した事がトリガーになったのだろう、ルカドラゴンの巨体はあっという間に小さくなっていく。
「――おっと」
ルカの裸身が見えてきたところで上着を投げる。紳士的な名探偵に隙は無い。ドラゴン形態からの回帰で全裸になる事は想定内だ。……だが、ルカの龍化には予想外の弊害も存在していた。
「ル、ルカっ!?」
俺はその光景に動揺を隠せなかった。
ドラゴン形態から人間形態に戻ったルカ。いついかなる時も元気なルカが、今は見る影もないほどに痩せ衰えていた。この悲惨な姿に慌てるのは当然だ。
「ルカ、これを飲め!」
即座に手持ちのバッグから飲み物を取り出し、ガリガリに頬が痩けているルカにあてがった。今のルカは明らかに飢餓状態。おそらく龍化で膨大なエネルギーを消費してしまったのだろう。
「んく、ん……ぶぼぉっ!?」
「コーラを一気飲みさせるのは止めなさいっ!」
これはいかん、焦り過ぎて炭酸飲料を一気飲みさせてしまった……!
すぐにカロリーを摂取させなくてはと動揺していたので、バッグから取り出した飲み物を確認していなかったのだ。
このバッグに収納されている飲食物は、子供たちが攫われた直後に用意された代物。急ぎだったので何が入っていても不思議ではない。
「悪かったな。ほら、ゆっくり飲むといい」
「んくんく……」
お詫びがてらヨシヨシしながら飲み物を与えると、ルカは目を細めながら吸い込むように飲んでいった。これなら固形物も大丈夫だろうという事で、バッグに入っていたチョコバーも与えてみると、電動鉛筆削りに鉛筆を入れたかの如くモグググと食べてしまう。この様子ならすぐに元気になるはずだろう。
それにしても、一時はどうなる事かと焦ってしまった。俺も念動力を使うと頭痛を覚えたりするが、ルカの龍化は強力無比な能力だけあって代償が凄まじい。
龍化が長時間に渡ったのが良くなかったのか、変身時間に関わらず飢餓状態になるのかは分からないが、今後はルカの能力使用は控えておいた方が無難だろう。そもそも龍化を必要とする状況になるとは思えない。
「よしよし、とりあえず一安心だな。今の内に晩飯の支度をするとしよう」
手持ちの食料で凌いでいる内に食事の支度だ。ルカにはまだ栄養が足りていないという事もあるが、今日は一年振りにコクロウが帰還した日でもある。
今夜は村を挙げての宴会になるはずなので、数少ない村の料理人の一人として食事の支度をしておくべきだろう。今日は人数が多いのでルカの父親だけに任せるわけにはいかないのだ。
「……仕方ないわね。私も手伝ってあげるわ」
「そうかそうか。自分から率先して手伝いを申し出るとは偉いぞ、カリン」
「ふ、ふん、子供扱いしないでよね」
海龍家に滞在している間に家事を覚えたカリン。何もしないまま長期滞在している事に後ろめたさを覚えたのだろうが、カリンの生活力が高くなっている事は素直に喜ばしい。流し台に手が届かなくてワタワタしている姿も微笑ましい。
ルカがバッグ内の食べ物を貪っている姿に安心しつつ、村のどこかから聞こえてくる戦闘音を聞き流しつつ、俺たちはルカの父親と一緒に台所に向かうのだった。
次回、〔男たちの鍋会〕




