百五一話 正義の襲撃犯
とある高級マンションの地下駐車場。自然と車間距離を取ってしまうような高級車が並んでいる中、さりげなく一台の不審車が駐車場に混じっていた。その不審車とは他でもない――そう、天下無法の空柳警察の車だ。
「ここが標的の住むマンションか……。よく駐車場にまで入り込めたものだな」
樹神教団の関東支部長。この国でも上から数えた方が早いくらいの大物だけあって、本来ならば近付くことさえ難しい相手だが、俺と空柳警察を乗せたワゴン車はあっさりと標的の身近に入り込んでいた。恐るべきは雨音の手腕である。
「間もなく標的が現れる時間です。まずは手筈通り、我々が全員を無力化します」
「ああ、標的が一人で護衛が三人だったな」
空柳警察とは事前に段取りを打ち合わせているので隙はない。彼らは光人教団事件の後始末で顔を合わせている連中であり、超能力者の疑いがある人間を調査した時にも絡みがあったので、俺たちの打ち合わせは手慣れたものだった。
「しかしそれが麻酔銃か。麻酔薬を封入した注射筒を撃ち出すと聞いたが、それで標的が無力化されるまでの時間はどれくらいなんだ?」
人里に現れた野生動物などに使用される麻酔銃。一見すると便利な代物のようだが、相手が大型動物となると注射針を刺しても無力化まで時間が掛かると聞いた。
しかも射程距離が十五メートル程度という事もあるので、クマなどの大型動物が相手では安全面から射殺が選択されがちだが……今回の相手は人間だ。本来なら未知数のはずだが、この実働班には実績があるので効果時間を確認しておきたい。
「無力化までの時間ですか……そうですね、ターゲットの体重や撃ち込む場所によっても異なりますが、基本的には数秒で意識を喪失していますね」
「そ、そうか。かなり強力な麻酔薬だな」
専門医による全身麻酔や静脈麻酔ならともかく、麻酔銃で注射針を刺す局所麻酔で数秒とは尋常ではない。それほど強力な麻酔では後遺症が心配になるレベルだ。
今回の標的はグレーであってクロと確定しているわけではないので、個人的にはあまり無茶な真似はしてほしくないのだが……。
「……まぁしかし、万が一の際には俺が片付けるから任せてくれ。俺専用の装備を支給してもらった事でもあるしな」
今回の標的は大物という事で、標的に付いている護衛も一流だと聞いている。
麻酔銃での制圧が失敗した際には射殺も辞さない構えだったようだが、俺が作戦に参加しているからにはそんな真似はさせない。わざわざ俺専用の装備まで用意してもらったのだから、その好待遇に応えて不殺で制圧してみせよう。
――そしてそう、俺専用の装備。
作戦に万全を期す為という名目で支給された装備だが、雨音が取り揃えただけあって俺好みのアイテムばかりだ。
銃弾も防げる長袖の下に隠された手甲。コンクリートも砕けてしまう高硬度な靴。日常生活でも使用出来る目立たない代物だが、雨音セレクションだけあって性能は折り紙付きだ。しかも自然に優しい非金属製である。
平常時であれば友人から受け取れないような高額な物品だが、作戦の成功率を高めるという名目で渡してくるあたりは流石の雨音と言えるだろう。
「エレベーターでの移動を確認。――千道様、これをお願いします」
別働の仲間から標的接近の報告を受け、車内の空柳警察に静かな緊張が走った。
作戦決行前という事を考えれば程よい緊張感だと言えるが……それはそれとして、俺は差し出されたアイテムに困惑していた。
今回の作戦では秘匿性が重要だ。この襲撃に空柳家の関与を疑われてはならないので、襲撃犯の身元が露見しないように細心の注意を払う必要がある。
だから、顔を隠す為のアイテム――目出し帽を渡されてしまう事は致し方ない。
だがそれでも、強盗が被るような目出し帽を被るのは正義の名探偵として一線を越えている気がしてならなかった。これは名探偵の装備として許されるのか。そんな内なる葛藤を察したのだろう、雨音の部下は俺を安心させるように口を開く。
「――千道様、ご安心を。目出し帽の内面にはシルク素材を使用しています」
俺は肌荒れの心配などしていない……!
空柳警察は雨音がメンバーを選んでいるので真面目な人間ばかりだが、やはり雨音の部下だけあって感性がどこかおかしいのだ。
「そ、そうか、それは安心だ」
しかし純粋な善意を無下にはできない。
身元を隠さなくてはならないのも事実なので、俺はプライドを捨てて目出し帽を被らざるを得なかった。……うむ、本当に肌触りが良い。
俺たちが話している間にも、空柳警察の面々は配置に付いていた。
標的は護衛を含めて四人。空柳警察が駐車場内の各所に潜み、タイミングを合わせて一斉に麻酔銃で狙撃するという計画だ。
予定通りに行けば俺の出番は生まれないはずだが……と、一緒になって息を詰めて見守る中、エレベーターの扉が開いた。
エレベーターホールに降り立ったのは白い和服姿の男が四人。死装束のような恰好の男たちだ。樹神教団の正装は白い和服だと聞いてはいたが、この近代的なマンションに死装束姿の集団が歩いているのは違和感が著しかった。
ともかく、写真で確認した顔――『樹神教団の関東支部長』の顔は確認した。
情報通りに腕の立ちそうな護衛を引き連れているが、それでも空柳警察の一斉射撃に対応出来るほどとは思えない。龍の一族のような脅威は感じないので計画に支障はないはずだ。全員で時間を合わせた時計を見ながら、その刻を待つ。
十、九、八……標的と護衛はこちらに気付いていない。この様子なら難なく成功するはずだ――――が、残り五秒を切った時点で異変が起きた。
「――ッ、警戒ッ! 周囲に気を払えッッ!」
護衛の一人がハッと何かに気付き、護衛仲間に大声で叫んだ。その直後には標的を取り囲むように護衛たちが動き、またたく間に標的を守る陣形を形成している。
一連の反応を受け、空柳警察は襲撃直前に一斉射撃を止めていた。この警戒下で麻酔銃を撃ったところで手練れの護衛に防がれていたはずなので英断だ。
だが、これはどういう事だろう……?
空柳警察は完全に気配を殺していた。その明白な証拠として、護衛たちは周囲を見回しながらも薄暗い駐車場に潜んでいる襲撃者に気付いていない。これはどこかチグハグさがある不可解な反応だと言わざるを得ないだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、百五二話〔壁を超えた能力者〕




