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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第五部 飛翔するランバード

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百二六話 評価すべき勤勉性

 東南アジアの大国、シアポール連合王国。


 緑化による直接的被害を免れた島国の集合体だが、その国情はお世辞にも先進国と言えるものではない。車中から外を眺めれば車の屋根に人が乗っているほどの緩い空気感だ。……まぁしかし、道路交通法的には俺たちも偉そうな事は言えない。


「この車、定員オーバーじゃないんですか?」

「子供を含めても総勢八人だからな。なんだったらユキは俺の膝に座るか?」

「ダ、ダメに決まってるでしょ!」


 送迎の車にケチを付け始めたユキに提案すると、当然のようにカリンから止められてしまった。だが、カリンの言い分ももっともだ。


「うむ、カリンの言う通りだ。体格を考えればカリンが膝の上に座るべきだな」

「な、なにが言う通りなのよ! 私はそんな事言ってないでしょ!」


 素直になれないカリンは俺の提案を拒絶する。 

 それほど嫌そうな感じではないので強行するのも一つの手だが、しかし甘やかされ損ねたユキが不満を覚えそうだ。この場は大人しく引いておくべきだろう。


「場合によっては俺やルカが屋根に乗っても構わなかったが、そこまでする必要は無さそうだな。少し詰めれば充分に座れる」


 俺たちは後部座席にきっちりと収まっているが、氷華は涼しい顔で座っているし、ルカは異国の風景が珍しいのか窓に張り付いている。カリンやユキも非日常的な状態を楽しんでいる節があるので何も問題は無いだろう。


 ちなみに寿司詰めの後部座席と違って運転席側は余裕がある。運転席にはサティーラ、助手席にはチャイクルさん。そして、ダッシュボードにはラス。


 サティーラは不審なカラスを警戒している様子だが、もちろんチャイクルさんは全く気にしていない。あっさりと笑顔でラスを受け入れ、十年来の友人のように仲良く歓談している次第だ。ちょっと羨ましい。


「それにしてもカリンは凄いな。世界的にマイナーな言語まで覚えているとは」


 俺は改めて感嘆の声を漏らした。

 なにしろカリンがチャイクルさんと喋っていた言語は、シアポールの公用語ではなく亡国ブルネイアで使われていた言語だったらしいのだ。


 このシアポールの中でもマイナー言語という扱いらしいので、カリンの博識ぶりを褒め称えてしまうのは当然の事だった。


「そ、そんなに大した事じゃないわよ。準備期間が一週間もあったんだから」


 謙遜しながらも頬を緩めているカリン。自然と俺の方も柔らかい気持ちになるが……しかし、カリンの言葉には引っ掛かりを覚えた。


「……もしかして、チャイクルさんの事を聞いてから言語を覚えたのか?」

「そうだけど……? 地理的な距離が近ければ言語体系も近いから、近郊の言語を覚えていれば習得も難しくないわよ」


 もしやと思って聞いてみると、あっさり肯定されてしまった。ブルネイア出身の友人に会うと伝えていたが、旅行準備のついでのようにマイナー言語をマスターしたという事らしい。もはやスペック差が圧倒的過ぎて嫉妬すら感じない。


「いやいや。カリンは事もなげに言っているが、普通の人間は一週間で言語を覚えられないぞ。無用な嫉妬を買わない為にも発言には気を付けた方がいい」


 カリンの将来が心配なので善意で忠告しておく。俺やユキの前ならともかく、自分が賢いと自信を持っている人間の前で『この程度の事は誰だって出来るわ!』とブチ込んでしまったら敵を作りかねない。大事な友人だからこその苦言だ。


「っっ……」


 おっと、これはいけない。

 軽く忠告しただけなのにカリンが泣きそうな顔になっているではないか。


 なんという打たれ弱さなのか……いや、この反応からすると過去にも同様の失敗をした経験があるのかも知れない。優秀過ぎるが故に一般人とは感覚が乖離してしまうのだろう。ともかく、ここでカリンを泣かせるわけにはいかない。


「ちなみにユキは言語を覚えてきたのか? 会話レベルとは言わないが、挨拶の一つや二つくらいなら難しくないだろう?」


 泣きそうな時に慰められると余計に泣きそうになるという事で、あえてカリンの様子には触れずにユキに話を振っておく。

 こんな時はそっとしておくのが最善なのだ。


「マレー語なら少しだけ覚えてきました。国外追放とか簡単な単語だけですが」


 ふ、ふむ、なるほど……。

 本気なのか冗談なのか分からないワードチョイスだが、ユキの様子を見る限りでは本気で言っているようだ。なぜそんな単語をチョイスしてしまったのか。


「マレー語――シアポールの公用語か。その単語を使う場面は想像したくないが、それでも言語を覚えてきたのは大したものだ」


 とりあえずユキの勤勉性を褒めておく。

 不穏なワードチョイスに思うところはあったが、現地の言語を覚えてきたという成果は評価せざるを得ないのだ。


「ところで、カリンはマレー語も話せるのか?」

「……と、当然よ」


 カリンが落ち着いてきたところを見計らって話を振ると、弱々しくも尊大な返答が返ってきた。亡国ブルネイアの公用語を話せるくらいなのでマレー語も話せるだろうと思ったが、やはりそちらの言語も抑えていたらしい。


「そうかそうか、やっぱりカリンは凄いな」

「や、やめなさいよ……」


 ここぞとばかりに柔らかい金髪を撫で回すと、カリンは言葉では嫌がりながらも嬉しそうな顔だ。すっかり機嫌を取り戻してくれたようで何よりである。


 カリンだけがヨシヨシされているのでユキが面白くなさそうな気配だが、しかしユキを撫でるのは位置的に難しいので仕方ない。


 後部座席の席順は、俺、カリン、氷華、ユキ、ルカという並び。席決めに関しては特に意識していなかったが、結果的には護衛役で子供をサンドしているという態勢である。……もっとも、この国でトラブルが発生する可能性は低いはずだ。


「現在の政情は安定していると聞いていたが、確かに街の雰囲気は悪くないな。これなら落ち着いて観光を楽しめそうだ」


 一カ月前に亡くなったチャイクルさんの父親はブルネイアの元国王。

 ブルネイアがシアポールの一都市となってからは市長を務めていたらしいが、そのブルネイアの象徴的存在が亡くなった事で国内は荒れていたと聞いている。


「その……前市長が亡くなってから国内情勢は不安定になってたみたいけど、新しい市長が就任した事でひとまず落ち着いたらしいわね」


 カリンがなんとなく言い辛そうにしているのは、亡くなった前市長がチャイクルさんの父親だと知っているからだろう。


 友人の個人情報を漏らすのは避けている事だが、終わったはずの政争に巻き込まれる可能性もあったので、事前にチャイクルさんの出自を伝えざるを得なかったのだ。……ユキが『国外追放』という物騒な単語を覚えていたのはその影響だろう。


 もちろんチャイクルさんが国外追放を受けていたわけではないが、チャイクルさんの父親が現政権に配慮して国外に出したという可能性はある。いずれにせよユキが自然体で無礼である事には変わりない。


 ちなみに……前市長が亡くなった直後には『次期市長にチャイクルさんを』という声も多かったそうだが、チャイクルさんへの訃報を遅らせるように取り計らっていた事が功を奏した――そう、彼が帰国する頃には次期市長も決まっていたのだ。


 次期市長が選出される前に帰国していたら、周囲から担ぎ上げられていたかも知れないので、気運が高まっていた頃に帰国させなかったのは英断と言えるだろう。


「普通に観光する分にはトラブルに巻き込まれる事もないだろう。まぁ、国内情勢が劣悪であっても問題は無いがな」


 俺の目が黒いうちは悪事など働かせないし、ルカも悪意に敏感なので近くに悪人を寄せ付けない。氷華やサティーラも中々の実力者なので、今日はチャイクルさんのガイドという贅沢を存分に堪能するまでである。


明日も夜に投稿予定。

次回、百二七話〔消去法の平和的観光〕

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