百一三話 黒幕系付き人
病院は特有の匂いがすると言われているが、それは全ての病院には該当しない。
一般人が利用する病院ならともかく、上流階級向けの病院となると医療機関を訪れているという感覚すら希薄になる。
入院患者には広々とした個室が与えられ、医療従事者もあまり表に顔を見せないので、一流企業のオフィスを訪れているかのような感覚になるのだ。
そんな場違いな場所であっても、俺は気にせず友人のお見舞いに訪れていた。
「――久し振りだな、雨音。順調に快復しているようで何よりだ」
「ええ、千道さん。お嬢様はお健やかに過ごしておられますか?」
ベッドで寝ている患者に声を掛けると、恒例の如くカリンの近況を尋ねられた。
空柳雨音。カリンの付き人であり、過去に重傷を負った事で入院中の女性だ。
肩口で切り揃えられた髪はキッチリとした印象を与えるが、これで機知に富んだ柔軟性のある才女なので敵に回すと大変な事になる――『たまらねぇなぁ!』
そう、雨音を敵に回すとダム太郎のような目に遭ってしまうのだ。
「カリンは相変わらず騒がしいぞ。些細な事でも二言目には『セクハラよっ!』と冤罪を着せようとするほどだからな」
「……それは詳しくお聞きしたいですね?」
おっと、これはいけない。
理不尽な言い掛かりへの愚痴を漏らしただけで目を細めているではないか。
カリンを溺愛しているだけあって雨音の判定は非常に厳しい。このままでは『ダム、転生!』の裁定を下されてしまうので話を変えなくては。
「しかしこの病院は本当に人を見かけないな。そこかしこに看護師らしき気配はあるが、これまで病院関係者と鉢合わせた記憶がないぞ」
「ふふっ、大丈夫です。容態が急変すれば隠し扉から駆けつけてきますよ」
「なんだその無駄ギミックは……」
前々から妙な病院だと思ってはいたが、俺の想像以上におかしな事になっていたようだ。なぜ病院を忍者屋敷のような造りにしてしまうのか。
雨音が満足そうな事も度し難い。
「……まぁ、それはともかく。今日は雨音に聞きたい事があってな」
「あら、なんでしょうか」
雨音は朗らかに応えながらも、その瞳は油断のない理知的な光を宿していた。
悪く言えば計算高いと言える性質。若かりし頃の俺なら、度量が狭かった頃の俺なら受け入れられなかったタイプだが、今は素直に心強いと思えるようになった。
孤児院の副院長なども似通った性質を持っているが、善良な人間を支えるには小狡いくらいな人間の方が相応しいのだ。
「まずは根本的な事の確認だ。――綿貫ミスミ。光人教団絡みの少女をあの孤児院に送ったのは、雨音の差配だな?」
愚かにもカリンに手を出した光人教団。
その報いとして圧倒的な暴威で殲滅の憂き目に遭ったわけだが、光人教団の事後処理については雨音が辣腕を振るっていた。
そこで問題となるのは、光人教団の幹部に監禁されていたミスミだ。
身寄りのない未成年者として孤児院に入る事になったわけだが……しかし、その場所が俺と縁のある孤児院となると話が出来過ぎている。
これは雨音の意向でミスミの送り先が選ばれたと考えるのが妥当だろう。
「ええ、仰る通りですよ。何か綿貫さんに問題がありましたか?」
雨音は悪びれる事もなく笑顔で肯定した。
前々からそうではないかと見当はつけていたが、これほど堂々と認められてしまうと実に清々しい。俺に一言も告げていないあたりは貫禄の黒幕だ。
「その口振りからすると、何か問題が起きることを想定していたようだな?」
「お嬢様を狙った下劣な輩が囲っていた少女ですから、何かしらの問題を抱えている可能性は考えていました。たとえば、特別な能力を有している可能性などを」
なるほど、全ては雨音の想定内という事か。
光人教団に囚われていた少女。その少女が超能力者である可能性を考え、不埒な連中に目を付けられるかも知れないと予想していたのだろう。
「万が一の事態を想定したのだろうが、あの孤児院を送り先に選んだことは英断だったな。俺の方から礼を言っておこう」
トラブルを予想していたのなら守ってほしかったと思わなくもないが、それは甘え過ぎというものだろう。雨音からすればミスミに便宜を図る理由はないのだ。
俺の庇護下に入っている孤児院に送っただけでも良識的な対応と言える。
「千道さんがそう仰るという事は、どこかの組織から接触があったのですか? 参考までに詳細を教えていただきたいのですが」
「選ばれし救世聖者の会という新興宗教団体だ。もっとも、色々あって組織の中核を失ったから遠からず自壊するはずだろう」
雨音の優先順位は常にカリン。
カリンの為に超能力者集団を把握しておきたいという事なのだろうが、救世聖者の会は象徴的存在を失っているので長続きはしない。
雨音の警戒対象になるまでもないはずだ。
「救世聖者の会……『奇跡の子』を崇めている宗教団体でしたか。脅威度は低いと考えていましたが、そうではなかったようですね」
やはりと言うべきか、雨音は救世聖者の会という宗教団体を知っていた。
過去にカリンは超能力を見込まれて誘拐されている。雨音ならカリンの為に『超能力者の気配がする組織』を調査しているだろうと予想はしていた。
「そうだな。救世聖者の会は能力者にとっては危険な組織だった。まぁ、雨音が脅威判定を低く見積もっていた理由は分かるが」
救世聖者の会は『奇跡の子』を象徴とした組織。その組織体系から考えれば、カリンが超能力者として勧誘される可能性は低いと考えるのも無理はない。
ともあれ、俺の本題はここからだ。
「雨音は超能力者関係と思われる組織をマークしているのだろう? 俺がそれらの組織に探りを入れるから全て教えてくれ」
救世聖者の会を把握していたくらいなので、他にも雨音が目星を付けている組織が存在すると考えられる。それらの組織を俺の眼で見極めるという訳だ。
これはカリンの為でもあるが、どちらかと言えばミスミの為という要素が大きい。常時護衛が付いているカリンはともかく、ミスミはノーガードに等しいので、前もって不安要素を取り除いておきたいのだ。
「ふふっ、それは願ってもない提案ですね。これがその組織の資料になります」
「や、やけに手回しがいいな……」
全てを見越していたように手元から資料が出てきたので引いてしまった。
あらゆる可能性を想定していただけだとは思うが、雨音の手のひらの上で躍らされているような錯覚を覚えてしまう。……ミスミを俺の庇護下に送った時点でこの展開を想定していたのではないだろうか?
まぁしかし、これでカリンやミスミの安全性が高まるなら文句はない。
軽く恐怖を感じてしまうほどに詳細な資料なので、疑わしい組織の関係者に探りを入れることも難しくはないはずだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、百一四話〔決まっていたバイト〕




