百十二話 疑ってしまう現実
「どうした、もう諦めたのか? もう少し抵抗して見せるがいい。もっとも、どう足掻いたところで結果は同じだろうがな、フハハハハハ……!」
少年の絶望感を煽りながらも俺は困っていた。
俺の目的は歪んだ少年の更生。その為に圧倒的な実力差を見せつけ、自慢の超能力を一つずつ叩き潰していったのだ。
だが、この期に及んでも少年は折れていない。
これだけ徹底的にやり込められれば自信を失いそうなものだが、不屈の悪意を宿しているのか周囲に撒き散らしている悪意に陰りがない。
このままでは処断せざるを得ないと悩んでいると――唐突に、異変が起きた。
「ぼくのドレインををぉ……ぉ、ぁぁっッ!?」
それは突然の出来事だった。
悪意に塗れていた少年の感情が、前触れもなく苦痛と恐怖に染まっていた。
少年の身体が見る見るうちに膨れ上がっていき、全身の血管が悲鳴を上げているように浮かび上がっていく。思わずゾッとするような光景だ。
「っな、なんだよこれぇ!? いたい、いたいぃぃ……!!」
風船のように膨張していく少年の身体。
少年はのたうち回りながら悲鳴を上げていたが、それも長くは続かなかった。
苦悶の絶叫を終わらせるボンッという恐ろしい音。その音の後に残ったのは、木っ端微塵となった少年の残骸だった。
……これは、一体何が起きたんだ?
俺は状況が理解出来ずに混乱していた。突然に少年の身体が膨らんだかと思えば、そのまま粉々に爆発してしまったのだ。本当に全く意味が分からない。
もしかすると、キツネ男が子供に爆弾でも仕込んでいたのだろうか?
子供を制御する為の保険が暴発してしまったという可能性はある。……爆弾という感じではなかったが、それくらいしか理由が思い付かないのだ。
「ひっ、ああ、あああっ……」
答えを求めるように視線を向けると、キツネ男は恐怖に染まった顔で悲鳴を漏らした。それはまるで凶悪犯を見る目。次の犠牲者は自分だと思い込んでいる目だ。
これは間違いない、完全に俺がやった犯行だと思われている……!
「いやだっ、いやだぁぁぁ!」
キツネ男は錯乱状態で懐から銃を取り出す。
俺を撃つつもりなのかと思いきや、その銃口は自分の頭に向いていた。
――パン、と乾いた銃声音。
狙いが外れるはずのない銃弾。その銃弾は、キツネ男の頭を撃ち抜いていた。
身体が爆発するという凄惨な死を避けたかったのか、宗教団体の象徴を失った事に絶望したのか、結果的として俺以外の全員が死んでしまったという形だ。
可能ならば話し合いで解決したかったが……しかし、終わった事を後悔しても仕方がない。俺が考えるべきは、過去ではなく未来だ。
このまま場に留まっていると殺人犯扱いされるのは明白。少年の爆発死には大きな謎が残るが、部屋の惨状を発見される前に引き上げるべきだろう。
信者との遭遇を避けて帰るべく、俺は外の気配を探ることに集中する。
「…………ん?」
そして扉越しに気配を探った直後、俺は自分自身の感覚を疑っていた。
感じ取れた気配は二人。この近辺は一般信者の立ち入りが制限されているが、組織の幹部は出入りしているので、人の気配があるのは異常な事ではない。
問題は、その感じ取れた気配の種類だ。
まだ爆発ショックの混乱が残っていたのか、ここに居るはずのない人間の気配を感じ取ってしまった。どう考えてもあり得ないので単なる勘違いだろう。
俺は内心で自嘲しつつ、改めて扉の外に意識を集中していく。
『……ちょ、ちょっとルカ』
ん、んん?
これはおかしい、気配どころか幻聴まで聞こえてきたではないか。
こんな場所で幼女の声が、カリンの声が聞こえるはずもないのに。色々あったので心が疲れているのかも知れない。……まぁ、それでも一応は確認しておこう。
俺は嫌な予感を抱きながら扉を小さく開ける。
「――――ビャクだっ!」
くっっ、やっぱり現実だった……!
扉を開けてみれば、ニッコリ笑顔のルカと背中に背負われたカリン。
なぜこんな場所にルカとカリンが……いや、今はそれどころではない。ルカが普通に大声で喋っているので信者に見つかってしまう。
「と、とりあえず部屋に入るんだ」
理解不能な状況に混乱しながらも部屋に招き入れる。疑問は山のようにあるが、とりあえず落ち着いて話が出来る状況を作ることが先決だ。
しかし、この時の俺は冷静さを欠いていた。
「な、なによこれ。ビャク、あんたまさか……」
そう、部屋の中の惨状を失念していた……!
スーツを着ているミイラ。現状を留めていない爆散死体。拳銃で自殺したと思しき男。そのような凄惨な現場から出てきたのだから、カリンが俺の関与を疑ってしまうのも無理はなかった。なにしろ部屋には生存者が存在しないのだ。
「ち、違うぞカリン。あのミイラは仲間割れの結果で、あれはなぜか身体が爆発して、あの男は勝手に自殺したんだ!」
「そんなわけないでしょ!!」
全く信じてもらえなかった……!
紛れもない真実しか口にしていないのに、見苦しい言い訳をしているかのような扱い。やはりミイラとミンチがまずかったのか。
「ま、まぁ、そんな事はどうでもいい。それよりなぜカリンたちがここに居る?」
この部屋の状況は不可解極まりないが、カリンとルカの存在も相当に不可解だ。
なにしろここは救世聖者の会の本拠地。しかも幹部以外は立ち入り禁止という不可侵の区画でもある。どれだけ道を間違えても偶然に迷い込む場所ではない。
「えっと、それは……その、私が通ってる道場が近くにあるのよ」
「ああ、合気道の道場か。隠居した老婦人に教えを受けてるんだったな」
「そう、それよ。ここから徒歩五分くらいの場所なんだけど、今日の稽古が終わって帰る途中に『ラスの匂いがするぞ!』って、ルカが……」
「――分かった。もう充分だ」
俺は話の途中で全てを察してしまった。この二人が現れた時点で小さな予感はあったが、やはりルカに全ての原因があったのだ。
「この施設の近くでラスを発見して俺の存在を聞いた。当然のようにルカが侵入を図ろうとして『ここに嬢ちゃんを置いていくのか?』とラスに窘められた結果、カリンを背負って不法侵入するという暴挙に及んだのだろう?」
「…………その通りよ」
やはりそうだったか……。
おそらくラスやカリンにとっては不本意な展開だったに違いない。
ラスとしてはカリンを理由にしてルカを止めようとしたのだろうが、斜め上の発想力を持つルカは『カリンを連れて不法侵入する』という信じ難い行動を選んでしまったのだ。カリンが強引に背負われてしまった事は想像に難くない。
「こらルカ! カリンを危険な事に巻き込むんじゃない!」
「いでっ」
ニコニコ顔のルカに手刀を叩き込んでおく。
嬉しそうなルカを叱りつけるのは心苦しいが、悪い事をした時には注意してやらないと道を踏み外してしまうので仕方ない。
護衛対象を背負って不法侵入とは言語道断だ。
「ほら、もうこんな事はしないと約束するんだ」
「しあい……」
頬をむにーっと引っ張って反省の弁を強要すると、ルカはどこか嬉しそうに素直な声を出した。この素直さが憎めないところである。
なんだかんだで甘いカリンから「ルカの顔から手を離しなさい!」と制止されたところで、ルカへの教育的指導を終わらせる。
「とりあえず場を離れるぞ。このままでは殺人犯だと誤解されかねないからな」
「そ、そうね……」
俺は気を取り直して周囲の気配を探り始める。
この部屋の惨状についてカリンから疑念の眼差しを感じるが、後ろめたさを感じさせない堂々とした態度で受け流す。実際に俺は誰も殺害していないのだ。
そして実を言えば……少年の爆発死に関して、俺は一つの仮説を立てていた。
あの少年は俺と出会った時に『痛いくらいに身体がビリビリしてる』と言っていた事から、超能力者の存在を肌で感じ取れる能力を持っていた可能性が高い。
そしてその少年は、身体の痛みを訴えながら謎の爆発死を遂げた。爆発の直後に現れたのは、規格外の能力者だと言われているカリン。
そう――つまり、少年が爆発した原因は『規格外の能力者が接近した事による過負荷』という可能性が考えられる。
光人教団の情報では、カリンは類を見ないほどに強力な能力者という話だった。少年の能力特性を考えれば仮説が当たっている可能性は充分にある。
もちろん、このような仮説は口にしない。
自分の存在が人の命を奪ったとなれば、カリンが気に病んでしまう事は明白だ。わざわざ無益な推理を披露する必要性はどこにもないのだ。
それに仮説が当たっていたとしても、今回はカリンだけでなくルカも居た。
これでルカも何らかの能力者らしいので、二人の相乗効果で木っ端微塵になったという可能性もあるだろう。必殺技風に言えばシナジーアタックである。
なにはともあれ、全ては終わってしまった事だ。更生すべき少年が爆発的フィナーレを迎えてしまった事は痛ましいが、ここはポジティブにミスミの安全が確保された事を喜ぶべきだろう。……そんな前向きな事を考えながら、俺たちは終焉を迎えた組織からこそこそと去っていった。
第四部【消失する綿貫】終了。
明日からは第五部【飛翔するランバード】の開始となります。
次回、百一三話〔黒幕系付き人〕




