百十一話 そびえ立つ名探偵
「……能力が八つか。しかし、オリジナルと比べれば能力の格が落ちているようだな。本家のボムなら手首が焼け落ちるほどの火力があったはずだからな」
「ッッ!」
俺の言葉が痛いところを突いたのか、少年の顔が初めて怒りに歪んだ。
自慢のオモチャを侮辱された子供のような反応。この様子から察するに、自分の思い通りにならない事が許せない未熟な精神性なのだろう。
「ああ、そういえば。そちらが能力を教えたら俺も教える約束をしていたな。約束をしたからには守らねばなるまい」
俺は少年の怒気を受け流して話を進める。
道を踏み外した少年ではあるが、俺は子供の可能性を信じているので見捨てたりはしない。一般的な倫理観を植え付ける為にも約束は果たさなくては。
「俺の能力は二つ。負の感情を視認する読心能力と、もう一つは念動力だ」
俺の言葉を聞き、少年の顔から表情が消えた。
何を聞いたのか分からないかのように動きを止め、しばらくすると胸中で疑心が芽生えていくのが見えた。どうやら俺の言葉を疑っているらしい。
「ギフトが二つ? それに、念動力?」
念動力は超能力者の代名詞のような能力ではあるが、絶対数が多いとされている自己干渉型や他者干渉型には当て嵌まらない。おそらくは希少な物質干渉型の能力という事になる。少年は俺の言葉を疑いつつも、自分の肌で強力な能力を感じ取っているので否定し切れないでいるようだ。
「俺の言葉が信じられないか? ならば実際に見せてやろう」
少年は俺を怯えさせる目的で能力を見せつけた節があったが、結果として自分の能力を実演してみせた事は事実だ。ならばこちらも能力を見せるのがフェアというものだろう。……というわけで、護衛の落とした警棒を念動力でクイッと動かす。
「……ハハハ、ハハハハハハッ! 最高だ、最高だよおじさん! ぼくは前から物質型のギフトが欲しかったんだよ!」
少年は狂ったように嗤っていた。
俺の能力を知ることで戦意を失ってくれればと期待していたが、残念ながら能力を自分の物にすることしか考えていないようだ。
まぁ、こうなれば是非もない。歪んだ少年を更生させるべく、自信の拠り所を――自慢のギフトを正面から打ち砕くしかあるまい。
複数の能力を持っている厄介な相手ではあるが、もちろん勝算はある。
そもそも俺はフェア精神だけで自分の手札をさらけ出したわけではない。自分の手の内を見せる事で少年の能力を探る、という狙いもあったのだ。
少年を相手にする上で警戒すべきは超能力。本来の能力である『ドレイン』も強力だが、まだ判明していない能力が五つも残っている状態だ。
自分に変化を及ぼす自己干渉型、他者に接触する必要がある他者干渉型、これらの能力なら害意を読み取れば問題にならないが――しかし、物質干渉型が問題だ。
ミスミの転送能力もそうだが、俺の意識外からの攻撃を可能とするタイプは危険過ぎる。転送能力を例に挙げれば『毒物を相手の頭上に転移する』という手段もあるので、その手の攻撃を初見で躱すのは困難と言わざるを得ないのだ。
だからこそ、少年が物質干渉型の能力を持っている事を警戒していたが……少年は無自覚に『ぼくは前から物質型のギフトが欲しかったんだよ!』と、ジョーカーが存在しない事を自白してくれた。唯一の懸念が消えたとなれば、あとは予定通りに少年を更生させるまでだ。
「世の中には手の届かない存在がある事を教えてやろう。――ああ、あんたも銃で援護するのは構わないが子供を撃つんじゃないぞ」
少年は絶対的な自信を持っているようだが、キツネ男の方は緊張が見えたのでアドバイスを送っておく。我を失って矯正計画を台無しにされては堪らないのだ。
そんな行き届いた配慮が気に障ったのか、俺を屈服させる事を楽しみにしているのか、少年は悪意を漲らせて踏み込んできた。
「アハハハッ、おじさんがぼくに勝てるわけないじゃん!」
なるほど、意外にも動きが素早い。
見かけによらず大の大人に匹敵する瞬発力。身体強化などの超能力によるものなのかは不明だが、これに『ドレイン』が加わっては並大抵の人間では歯が立たないはずだ。なにしろ身体に触れられただけでアウトなのだ。
「アハハッ――!」
柔道家のように掴み掛かると見せて、少年はその手から『火』を発現させた。
パイロキネシスと呼ばれる発火能力。少年が取り込んだ自己干渉型の能力のようだが、その火力は他者干渉型のボムよりも明らかに弱い。
一瞬で大火傷を負わせるボムと比較すれば火遊びのようなものだ。
少年としても攻撃手段ではなく威嚇の為に使ったのだろう、俺の服に引火させる事もなく、即座に火を消して身体に掴み掛かってきた。
「――おっと」
もちろん俺に小細工は通じない。
少年の害意は完全に読み切っているので、突然の炎にも眉一つ動かすことなくスパーンと少年の足を払ってしまう。
「っぐ……!」
「そんな大道芸が通じるとでも思ったのか? 他にも能力があるんだろう? 俺に全てを見せてみるがいい。――その全てを俺が否定してやろう」
俺は心を鬼にして厳しく立ちはだかる。
言葉に殺気を乗せているので心が弱い者なら耐え切れない重圧であるはずだ。現に小悪党のキツネ男は額に汗を滲ませている。
しかし、それでも少年に揺らぎは無かった。
「そんなに見たいなら見せてあげるよ!」
完全に格下扱いされているのに心が折れていない。自分が負けるはずがないと固く思い込んでいるのか、たまたま足を滑らせて転んだかのような態度だ。
「ほらァ――!」
少年の次なる手は、文字通りの『手』。間合いの外で手を伸ばす動作に入ったかと思えば、その手が物理的に伸びてきた。
伸縮式の竿のように伸びる腕。その非現実的な光景に驚かされたが、何らかの攻撃が飛んでくる事は予見していたので軽く回避する。
俺はそのまま一気に踏み込み、先程の焼き直しのように少年の足を払った。
「全く話にならん。手を伸ばしただけの安直な攻撃が当たるものか」
初撃の時点で察していたが、この少年は実戦経験が圧倒的に足りていない。
これまでは護衛が弱らせたところを蹂躙していただけなのか、明らかな格下だけを相手にしていたのか、俺が相手では戦いにすらならないお粗末な技量だ。
「クッ、これならどうだぁ!」
少年は悪意と憎しみに顔を歪め、新たなる能力を発動させた。
その能力は『光』。暗い夜道も安心とばかりに少年の全身が煌々と輝く。
眩しい光で視界を奪うことが目的なのか、全身の発光で動揺を誘うことが目的なのか、どちらにせよ俺に通用するはずもない。
愚直に手を伸ばしてきた少年をあっさりと床に転がしておく。
「この程度の能力に頼るという事は、もう使える能力はタネ切れか?」
本来の発光能力は失明しかねないほどの光量だったかも知れないが、少年のそれは蛍光灯に毛が生えたような眩しさだ。俺でなくとも対処は容易だった事だろう。
そして倒れた少年に探りを入れてみると、もう少年には実戦向けの能力が残っていない事が分かった。元より実戦向けの超能力は少ないと言われているし、ボムなどの他者干渉型となるとドレインの方が有効という事もある。少年がタネ切れとなっていても不思議ではないだろう。
明日の投稿で第四部は終了となります。
次回、百十二話〔疑ってしまう現実〕




